148:迷宮の解放条件
進路指導終了後、艦治と司(まなみ)はそのまま下校した。
いつも通り校門の前で停車したミニバンに乗り込み、艦治が車内で待っていたまなみの胸に顔を埋める。
「……みんな、待ってる」
「もうちょっとだけ」
ミニバンが走り出しても顔を離さない艦治をまなみが急かすが、艦治はふにふにと感触を楽しみ続ける。
二人はこの後、鳳翔に飛んで侵略迷宮攻略の件で真美らと話し合う予定になっている。
「……仮想空間、行く?」
「行かない。アバターじゃなくまなみを抱きたいから。
……お待たせ、じゃあ行こうか」
艦治がまなみの胸から顔を離し、車の背もたれに身体を預ける。
それと同時に、車のシートに添ってワープゲートが開かれ、鳳翔内部の会議室へと移動した。
「うおっ!? 突然現れるなよ……」
正義が突然目の前の椅子に出現した二人に驚き、仰け反る。
「すみません。遅くなりました」
「いや、それは良いんだけどよぉ」
この会議室にいるのは、正義、穂波と真美、源と廻の五名だ。
廻にはまなみの判断で艦治とまなみの事情を打ち明けたので、こちらの会議にも出席させる事が決まった。
「何ですか?」
「いや、その……」
正義が艦治の顔をじっと見つめて来るので、どうしたのか尋ねたのだが、正義は何か言いにくそうな表情で目を逸らした。
≪いや何ですか? 気になるんですけど≫
≪んー、この場に輝ちゃんを呼んでも良いか?≫
正義は、自分と同じように輝も全ての事情を知っているのなら、この場にいても良いんじゃないかという趣旨の発言を艦治に聞かせた。
≪僕は良いですけど、輝さんの都合を確認してもらって良いですか?
僕は輝さんと連絡先交換してないので≫
≪分かった、確認しとくわ≫
自分の周りにどんどんカップルが増えていくなぁと、艦治は苦笑を浮かべた。
「さて、高校の終業式はいつだったかしらぁ?」
真美がこの場の進行を始める。
「十七日の金曜日です。
その日は終業式だけなので、午後から開始する事も可能です」
艦治が真美の問いに答える。
真美には事前に伝えられていた情報だが、皆に周知する為にあえてこの場で確認した形だ。
「そうねぇ。
源さん、午後からでも良いかしらぁ?」
「うちとしては構わんぞ。ワシも廻も亜空間収納が使えるようになったし、資材や道具の搬入が楽になったしのぉ」
源と廻、そして正義も全スキルのインストールが完了しており、熟練度も百パーセントに引き上げられている。
「こっちも参加希望者を募ったので、日取りを教えれば集まると思います」
<恐悦至極>の所属探索者に、正義から侵略迷宮の攻略に参加するかどうかの確認を行っており、参加意思のある者達からの返事は割と多く寄せられている。
「侵略迷宮の攻略に参加して下さる探索者には、侵略迷宮内で得た探索ポイントを使用したスキルガチャに限り、有用なスキルやレアなスキルが排出されやすくするようにナギに指示しています」
侵略迷宮では侵略者が妨害生物を捕食する事と、モンスターを倒した後に出現する戦利品もインベーダーが食べてしまうという設定にしているので、探索者にとって旨味が少ない迷宮だ。
そんな稼げない迷宮に集まってもらうのは忍びない為、他の迷宮とは違う旨味を用意する事を考えた。
「それは正式に公表しない、という事で良いのか?」
「そうですね。公表してしまうと、何でそんな事を知っているのかと疑問を持たれますし、ナギが排出スキルを操作出来ると知られると面倒な事になりそうですので」
ナギが自由にスキルを排出出来ると知られてしまうと、じゃあ何故全探索者にそれを行わないのかという疑問が発生する。
迷宮の解放、そして迷宮のどこかで繋がっているであろう艦橋もしくは艦長室を見つけてほしいはずなのに、ナギが探索者のスキル強化を積極的に行わないのは辻褄が合わない。
「噂レベルですぐに伝わるじゃろうな」
良いスキルをガチャから出す為に、侵略迷宮へ来る探索者が増えるかも知れないが、難易度が高い迷宮である事は周知の事実なので、当分の間は攻略や拠点構築の邪魔になる事はないだろうと結論付けた。
「で、何を持って攻略完了とするか、じゃが」
艦治の侵略迷宮攻略の目的は、一般探索者から見て、艦治がナギから特別扱いを受ける納得出来る理由を作る事だ。
明確に攻略完了だと分かる何かしらのイベントを起こす必要がある。
「インベーダーの繁殖方法は卵生で、どこかに女王インベーダーがいるという事にするのはどうかしらぁ?
艦治君がその女王インベーダーを発見し、駆除をする。それ以上インベーダーが繁殖しない状況を作ってやれば、それが迷宮解放になるのではないかしらぁ?」
女王インベーダーが倒せば、後は残ったインベーダーを殲滅する事で、侵略迷宮内にインベーダーが存在しなくなり、神州丸の艦内防衛システムである迷宮が解放され、消失するという流れだ。
「いっその事、侵略迷宮と艦長室が繋がっていた事にしても良いんじゃないかしらぁ?
艦治君が艦長室を見つけ、内部で亡くなっている艦長を発見。その後艦治君が神州丸の艦長権限を引き継いだという事にすれば、神州丸は宇宙に帰る理由がなくなって、駿河湾に停泊し続ける事に出来ないかしらぁ?」
「……そうなると、僕が世界中から注目を集める事になりません?
僕は救世主にも、世界の敵にもなりたくないんですけど」
真美の提案に、艦治が嫌そうな表情で答える。
「神州丸内の物資はこれから先、どれくらい保つ計算なんだ?」
正義が迷宮から得られる資源がどれだけ得られ続けるのかを質問した。
「現在目星を付けている銀河系が複数ありますので、数万年から数百万年は問題ないと思われます。
仮に地球文明の科学技術が急発展したとしても、数万年は資源がなくなる事はないです」
妖精ナギの途方もない回答を聞いて、一同は神州丸を当分このままにしておいても良いのではないかという結論に達した。
先延ばしにしたとも言う。




