142:加見里まなみ
七月九日 火曜日
本日はテスト休み二日目。
恵美からまなみへ連絡が入った。みんなで鳳翔で遊ばないかと提案があり、朝から集まる事になった。
「ごめんねー、頼らせてもらってー」
「全然構わないよ。僕がいなくても使ってくれて良いから」
艦治は集合場所に浜辺を指定し、それぞれの家からワープゲート経由で一同が集まった。
この場にいるのは恵美と亘、良光と望海、そして艦治とまなみの三組のみ。
砂浜にビーチテーブルを置いて、とりあえずお茶をしている。
前回いた輝は正義とデート。彩は良光の判断で声を掛けていない。
「あいつは出禁で良いぞ。邪魔しかしねぇんだからな」
「まぁまぁまぁ。彩ちゃんも悪意がある訳じゃないからさ」
良光を宥める望海だが、まなみとしては悪意があろうがなかろうが、人の恋人にベタベタされるのは誰でも嫌なのでは? と思っている。
「……この場だから言うけどさー、のぞみんからしたら彩ちゃんは彼氏の妹な訳じゃん。
付き合いたての彼氏に言い寄られるリスクがない訳じゃん。
私とまなみんからの見え方とは違うんだよねー」
恵美が申し訳なさそうな表情で、本音を語る。
「……そっか。ごめん、安易な事言って」
「いや、悪いのは彩だから! 望海は彩を庇ってくれただけで、みんなを不快にするつもりはなかったはずだ!!
ホントにスマン!! もう来させないから!!」
望海が謝ったのを見て、慌てた良光が立ち上がって皆に頭を下げる。
「いや、彩ちゃんと一緒に遊ぶのは楽しいんだよ。明るくて素直で可愛い子だと思うもん。全然いてくれても良いし、また輝ちゃんも含めてみんなで遊びたいなって思うよ。ただ、かんちが盗られるかもって思っただけで怖いって言うか、かんちが彩ちゃんと一緒に笑ってるだけで、嫌だと言うか……」
まなみが近くに控えていた家事ヒューマノイドを遠隔操作し、自身の心中を語る。
途中、まなみは心を締め付けられてしまい、言葉が詰まってしまう。
「まなみ……?」
艦治がまなみの手に触れると、小さく震えているのに気付いた。その手をぎゅっと握り、肩を抱いて落ち着かせる。
「……ごめん、ちょっと、トラウマが、あって……」
まなみが、遠隔操作している家事ヒューマノイドからではなく、自分の口から事情を話し出した。
艦治も周りの皆も、そのまなみの声に耳を傾ける。
「……パパとママ、昔、<恐悦至極>に、いて、もう、結婚、してて。
……私、生まれて、ママの、実家、道場、預けられて、パパとママ、活動、してて。
……所属、してた人、パパ、好きになって。
……ママ、その人、追い出して。
……その人、道場、通って、私、懐いて、楽しくて。
……ママ、その人、道場、いるの、見て、怒って。
……その人、ママに、言ったの。
……『まなみ、ちゃん、私と、いると、すごく、楽し、そう』って。
……『自分の、方が、まなみ、ちゃん、の、母親に、相応しい』って。
……『だから、穂波さん、と、別れ、て、下さい』って。
……ママ、すごく、怒って、泣いて、私、抱き、締めて。
……パパも、すごく、怒って、その人、追い、出して、それから、パパとママ、ずっと、一緒に、いて、くれた。
……でも、私、それから、笑え、なく、なって。
……笑った、ら、また、ママとパパ、悲しい、想い、する、かもって、思った、の、かな?
…今、思い、返せば、そう、いう、気持ち、だった、の、かも、知れ、ない。
……それ、が、私が、四歳の、時の、話。
…………あぁ、何だか、すっきりした、かも」
「まなみのせいじゃない。まなみのせいじゃないよ……」
いつも通りの無表情のまま、はらはらと涙を流しながら話し続けたまなみを、艦治がきつく抱き締める。
「……こんなに、いっぱい喋ったの、初めてかも。ふふっ」
そう言って、まなみが艦治の胸の中で笑った。
「あー、ごめんねちょー恥ずかしいところ見せちゃって! すーごいすっきりしたよ!! でも全然気にしないでね。彩ちゃんの事は好きだしかんちに会わせたくない訳じゃないよ! ただ距離感が近いと怒っちゃうとは思うけど、それさえなければホントに問題ないと思うからさ。うん、多分ね」
まなみが家事ヒューマノイドの口を借り、皆に謝罪する。
「言ってくれてありがとう!!」
「辛かったんだねー!!」
まなみ本人は望海と恵美に両サイドから抱き着かれて揉みくちゃにされている。
「気にしないでと言われても、気になんだよなぁ……」
謝られた良光としても、どうして良いのか分からないようだ。
「なかなか難しい問題だね。
彩ちゃんにとっても幼馴染みたいなもんだから、艦治と喋るなというのも酷な気がするし」
「亘君の言う通りだよ。彩ちゃんからしたら後から出て来た私が艦治を独り占めするのはおかしいと思うだろうし。彩ちゃんとしても、自分がかんちに向けている感情が恋心なのか親愛なのか友情なのか執着なのか分かってないかもだし」
彩はまだ十四歳で、恋に恋するお年頃だ。同年代の男子よりもませているとは言え、自分の感情の全てを知っている訳ではない。
「とにかく、彩は当分呼ばなくて良いから。
こうして集まってんのも望海と二人でデートしてるだけって言えば分かんねーんだから」
「私も彩ちゃんに嘘を付かないといけないのか……」
望海は望海で、彩を可愛い妹として認識してしまっている為、複雑な状況になってしまっている。
「……大丈夫。少しずつ、慣れて、いく、から」
「慣れる必要ないんだよー! あーどうすればー!!」
望海はまなみを抱き締めながら、彩との付き合い方に頭を悩ませるのだった。




