014:艦治の望みとナギの望み
ナギが手配した高級車に乗り込み、艦治と良光とナギは警備ヒューマノイドと共に宇宙船『神州丸』を後にした。
良光がナギへ頼み、入国管理局の裏口から車を出したので目撃者はいないが、神州丸側のロープウェイ乗り場での目撃情報があるのに港を後にした目撃情報がない為、電脳ネットでは情報がより錯綜する事となった。
車内では本当に自分の家に来るのか、外交大使としての仕事はどうするつもりか、寝る場所は、など様々な質問が艦治からナギへと投げ掛けられたが、全て艦長に仕えるのが私の使命である、との一点張りだった。
良光はそんな二人のやり取りを見て見ぬ振りをしてやり過ごしていた。
先に良光を自宅前で降ろした後、高級車が艦治の自宅へと到着した。
何の変哲もない一軒家周辺を警備ヒューマノイド達が警備を固めており、ご近所さん達が遠巻きにひそひそと噂をしていた為、艦治は足早に自宅へと入って行った。
玄関の鍵が開いており、玄関には二人の家事ヒューマノイドが旅館の仲居さんの格好で正座をしてお出迎えをした。
二人とも、ナギと全く同じ姿形である。
「何なんですかコレは!?」
「あら、やはりメイド服姿の方がよろしかったでしょうか?」
「そういう事を言っているんじゃないです!
はぁ、頭が痛い……」
「それは大変です。術後の経過を見ますので横になって下さいませ」
艦治はナギ達に抱えられて階段を上り、自室のベッドへと連れて行かれた。
それ以降もずっとナギからの一方的な展開となり、着替えに食事、膝枕での歯磨きと何から何まで世話を焼かれ、艦治が抵抗するも空しく、ついにはナギに添い寝をされて寝かしつけられてしまったのだった。
食事後に飲まされた薬が睡眠導入剤であった事を、艦治は知る由もない。
そして翌朝。艦治はナギに身体を揺すられて目を覚ました。
「艦長。お休み中失礼致します。
高須様がお見えになりました」
「よしみつ……? いまなんじ……?」
「九時前でございます」
目を開けると、艦治の視界右上端に小さくデジタル時計が表示されているのが見えた。
「……あぁ、そっか。インプラント入れたんだ……」
寝起きでぼーっとしている艦治の身体を支えて、ナギ達がパジャマを脱がせていく。濡れた温かいタオルで顔を拭われ、膝枕の上で歯磨きをされ、服を着せられた頃にようやく目が覚めて来た。
「うぅ……、今考えても仕方ないか」
艦治がベッドを降りて階段へ向かう。
「リビングへお通ししております」
「あ、そうですか……」
階段を降り、玄関を通り過ぎてリビングの扉を開けると、ソファーに良光が座り、支援妖精のテオを撫でていた。
良光は家事ヒューマノイドからご飯とシャケと目玉焼きと味噌汁を出され、食べ終えたところだ。
「おはよ、待たせてゴメン」
「電脳通話にもタブレットにも反応しないから心配したぞ。家の電話に掛けたらナギさんが出るし」
実際に出たのは家事ヒューマノイドだが、ナギは訂正せず二人の会話を見守っている。
家事ヒューマノイドが艦治の分の朝食を出し、食べながら今後について話し合う事となった。
「話し合うと言っても、俺が話し合う相手は艦治ではなくナギさんなんスけど」
「はい、何なりとお聞き下さいませ」
ナギはガツガツとご飯をかき込む艦治の隣に立って控えている。
「ナギさんが地球に来た目的は、もうすでに達成されたと考えて良いんスね?」
「はい」
「仮にですが、艦治が世界征服をしたいと言ったら?」
「全力を持ってお手伝い致します」
「ぶふっ、ごほんごほんっ!」
艦治がご飯を喉に詰まらせる。ナギが背中を優しくトントンと叩き、家事ヒューマノイドがお茶の入ったコップを差し出す。
それを飲み干してから、艦治がナギへ問い掛ける。
「ん゛ん゛っ!
えっと、向こうの世界の日本の法律に縛られてるんじゃなかったでしたっけ?」
艦治が昨日の会話を思い出すように、天井を見上げる。
「それはあくまで艦長の命令がない場合のお話です。
艦長の命令以上に従うべき事などございません」
その言葉を聞いて、艦治は表情を強張られせる。
良光が質問を続ける。
「もしも、艦治がナギさんを邪魔だと言い宇宙に帰ってほしいと願ったら?」
「従います」
「その場合、宇宙ではどうされるつもりっスか?」
「艦長が不要と仰るのであれば、私の存在意義はございません。手近なブラックホールにでも突入致しましょう」
「そんな事しろなんて言いません!!」
空のコップを握り締め、艦治が叫んだ。
「艦治、冷静になれ。お前がそんな事を望むなんて思ってない。
今はナギさんの望みとお前の望み、両方が叶うようにするにはどうすれば良いかを考えるべきだ」
「ナギさんの、望み……?」
艦治がナギを見つめると、ナギは微笑み答える。
「私の望みは艦長に仕える事です」
「ナギさんはお前と一緒にいたい。けど一緒にいたらお前はめちゃくちゃ目立つ。
今もこの家の前ではフルフェイス姿の警備の人がテーザー銃を持って立ってる。何事かと近所で噂になってるだろう」
昨夜目にした警備ヒューマノイドを思い出し、艦治が顔を青くさせる。
「どうせお前の事だ、ナギさんを突き放す事は出来ない。ブラックホールへ突っ込めとも言えないし、自分に構うなとも言えない。自分の目に入らないところに引っ込んでろなんて、思いもしないだろ。
自分を頼ってくれる存在を、お前が無碍に扱える訳がない。そうだろ?」
良光に自分の性格をズバズバと言い当てられて、艦治が頭を抱えてしまう。
「一体どうすれば良いんだ……!?」
そんな艦治から視線を外し、良光が撫でていたテオを胸の前に掲げる。
「支援妖精を動かしてるのも大元を言えばナギさんですよね?
人間サイズのナギさんでなくても、艦治の傍にいる事が出来るんじゃないですか?」
良光はナギが支援妖精の目と耳から情報収集していた事や、医療用ヒューマノイドを操っていた事から、それらはただの入れ物、アバターのような物だろうと考えた。
外交大使としてのナギや、医療用・警備用などのヒューマノイドを統括する存在が神州丸船内にいるのではと思い至ったのだ。
「そうか! 僕用に別の支援妖精を用意してもらえば良いのか!!」
とても良い解決案が出たと喜んだ艦治の目の前に、体長約十八センチのナギが現れた。
その見た目は他の支援妖精以上に妖精で、背中の羽もファンタジーに出て来るそれにそっくりである。
「「そう仰る可能性を考慮しまして、ご用意致しております」」
艦治は喜びの表情のまま固まり、良光は手を叩いて爆笑した。




