139:躾
喫茶店ストンポールの裏口から脱出した艦治達は、近くまで迎えに来た黒いミニバンに乗り込んだ。完全自動運転で内装も広い定員上限十人の車なので、全員が乗り込む事が出来た。
「全員乗る必要あったんか?」
「あったね!」
一番前のシートで、艦治の左腕に抱き着くまなみに抱き着いている廻が源に答える。
まなみは左手で廻の顔を押しのけているが、廻はそれさえも嬉しそうに見える。
「カンジ。これは俺からの頼みなのだが、今から神州丸へ向かって、<日本爆夢>所属探索者達に、君の実力を見せてやってくれないか?」
ルーエンスは、団長として<日本爆夢>の同盟参加と侵略迷宮攻略開始を決定しているが、下の探索者達はその事を納得している訳ではない。
何故金にもならないのに、侵略者を間引く以上の事をせねばならないのかと不満を口にする者もいる。
「カンジが噂通りの実力の持ち主だと実感すれば、素直に従うと思うのだが」
ルーエンスは昨日、実際に艦治が侵略者を討伐しているところを見ているので、その実力に対して一切疑問を持っていない。
そのルーエンスに艦治が返事をする前に、真美が口を開いた。
「それはあなたの仕事なのではないかしらぁ? あなたが艦治君に一定の実力があると判断した以上、それに従わせるべきでしょう?」
「ワシもそう思うぞ」
源も真美の意見を肯定し、ルーエンスをたしなめる。
「全くその通りなのだけれど、自分の目で強い者だと認めない限り見下す馬鹿が多いのよ。
ルーエンスには従うけれど、カンジ……、じゃなくてMr.イジリには噛み付いて舐めた態度を見せるだろうから、今のうちに躾けておきたいのよ」
マーリンがルーエンスの申し出について捕捉した。
ちなみに、マーリンとまなみは電脳OSで連絡先を交換済みである。
「人は見掛けによらないということわざを、身体に教え込む必要があると言う事かしらぁ?」
「……教育不足なのは認める。
しかし、侵略迷宮の攻略前にその教え込みを終わらせておきたいんだ。
侵略者を前にして統制が取れないようでは、話にならないからな」
艦治の印象では、口の悪い荒くれ者達の集団だった。
確かに、顔を合わせただけの状態では連携も何もないだろうなぁと理解した。
「…………片っ端から殴れば良い」
穂波の一言で、<日本爆夢>への教育とその方針が決定した。
場所は平穏迷宮。いつも<日本爆夢>が新人訓練をしている区画に所属探索者を集め、ルーエンスが彼らの前に立った。
<日本爆夢>は全員で約二百名が所属しており、その三分の二が黒人男性だ。
『今朝、<珠聯璧合>と<堅如盤石>と同盟を組み、侵略迷宮の攻略を開始する事を決定した。<恐悦至極>も合流予定だ。
そこで、皆に<珠聯璧合>の新人探索者であるカンジ・イジリの実力を知る機会を用意した』
『今日は神州丸の護衛はいないのか』
『甘く見ると痛い目見るぞ。昨日団長と侵略迷宮の探索をしたらしい』
『侵略者を倒すだけの実力はあるって事か』
『俺らも定期的に倒してるが?』
『お前、一対一で侵略者を倒せるのか?』
艦治がソロで侵略者を倒した事が伝わると、本当にそれだけの実力があるのかと口々に疑う声が上がる。
『黙れ』
ルーエンスが探索者達を睨み付けると、皆が一斉に口を閉じて姿勢を正した。
荒くれ者である事に変わりはないが、やはり軍隊式の指示系統には従うのだと艦治は感心した。
『カンジの実力を知りたい者は前に出ろ。カンジには教育的指導を頼んでいる』
英語で教育的指導と表現しても、彼らには文字通りの意味でしか伝わらない。
『今から艦治が貴様らを殴る。そして艦治が貴様よりも上位者である事をその身体に叩き込む。
分かったら前に出ろ蛆虫ども』
ルーエンスに代わり、真美が探索者達に指示を出した。
皆がルーエンスに視線を送るが、ルーエンスは表情を崩していない。
どうやら真美の言葉が冗談の類ではないらしいと伝わった。
『誰から相手になる?』
『では私が!』
探索者の中でも一番背が低い黒人女性、シャニカが艦治の前へと歩み出た。一番低いと言っても、一七六センチの艦治と同じくらいの身長はある。
艦治の肩に乗っていた妖精ナギと白雲が宙に浮き、艦治の背後と右前方に移動した。
シャニカと艦治は向かい合い、拳を構える。
『今夜付き合ってもらうとしよう』
自分が負けるとは考えていないようで、艦治を見ながら舌なめずりをしている。
が、艦治は一切相手をせずにルーエンスの合図を待っている。
『始め!』
合図と共に飛び出したシャニカだが、艦治に足払いされ体勢を崩し、そのまま腕を取られて投げられ、気付いた時には目の前に艦治の右手が突き出されていた。
『そこまで!』
『柔道か?』
『空手もあるんじゃないか?』
『合気道は?』
『柄の小さい奴の戦い方だな』
『力もそれほどあるようは見えん』
呆然とするシャニカをマーリンが抱き起こして、邪魔にならない場所まで移動させる。
『次』
『はい!』
ルーエンスの呼び掛けに答えた大柄な黒人男性、ルイスが艦治と向き合う。
『俺が勝ったらお前の女を犯す』
『始め!』
今回、合図と共に飛び出したのは艦治の方で、ルイスの右膝をローキックで砕き、姿勢が崩れたところに回し蹴りで顎を蹴り抜いた。その時点でルイスの意識は飛んでいたが、艦治は構わず倒れ込んだルイスの右肘に腕挫十字固を決めた。
ボキッ!!
『そこまで!!』
立ち上がってさらに追撃しようとする艦治を止めるべく、ルーエンスが後ろから抱き着こうとした。
「ポンッ!!」
が、艦治は腰を落として両腕を真っ直ぐ上げてするりと抜け、ルイスの股間を全力で蹴り上げた。
『~~~~~~~~~~!?』
ルイスが意識を取り戻すと同時に、声にならない声を上げる。目は涙で濡れ、口から泡を吹き、股間もじんわりと染みが広がっていく。
そんなルイスに覆い被さり、ルーエンスが艦治へ待ったを掛ける。
『こいつが回復した後もう一度教育的指導を頼むからこれ以上の暴力は……』
『邪魔だどけお前も殺すぞ!!』
その表情に殺意が籠っているのを感じた探索者達が、艦治を止めるべく次々に飛び掛かって行った。




