138:お開き
ルーエンスの本音を聞いた艦治だが、絆されそうになったところを真美の一言で思い留まる事となった。
「なるほどねぇ。あなた達の同盟参加理由は把握したわぁ。
それが真意であるかどうかは、私達には判断出来ないけれど。
もっとも、私達の真意を知らせないと断った以上、あなた達に対しても真意を曝け出せと強要するつもりはないのよぉ?」
「もちろんそれで構わない。
これからの探索活動において、信用を得られればそれが俺達の目的の助けになると信じてる」
ルーエンスとしては、最初から信頼してもらえるとは思っていなかった。
人種も国も所属も違うのだから、これから分かり合っていくか、ある程度で線引きするかしかないのだ。
その後、あらかじめ取り決めが必要な内容などを擦り合わせていき、<珠聯璧合>・<恐悦至極>・<堅如盤石>・<日本爆夢>の侵略迷宮攻略における同盟を締結する方向で進む事となった。
「電脳掲示板では色んな噂が飛び交っているけど、それはどうするつもりなんですか?」
電脳OSを操作しながら、廻が真美へ質問する。
「特に何もしないわぁ。侵略迷宮は興味本位で着いて来れるレベルではないものぉ。
着いて来れる探索者がいれば、何かしら協力を申し出て来るのではないかしらぁ?」
「その際はどのようにするつもりなのですか?」
「拠点を守るのを手伝わせれば良いじゃろ」
「……つまり、その差配をボクにしろって事?」
「得意じゃろ」
「丸投げされるから仕方なくやってるだけなんだけど!?」
「じゃあ今回もやれば良いじゃろ!!」
親子喧嘩ならぬ爺孫喧嘩を始める源と廻。
その光景を、また始まったという目で周りがうんざりした表情を浮かべるのを見て、艦治は疑問に思う。
≪源さんって好々爺みたいな表情でナギとかを見てた気がするんだけど≫
≪あー、めぐだけは別なのよねー≫
≪ん? 身内には厳しいとかそういう感じ?≫
≪それもあるけど、めぐは女の子じゃないから≫
≪えーっと? 男の娘って事?≫
≪違う違う、外見の話じゃなくて中身の話。心が少年だから源さんも孫娘としてじゃなく孫息子として接してるって感じなんだよね≫
≪へー。良いのか悪いのかちょっと分かんないね≫
改めて艦治は廻の顔を眺める。
身長は低いが華奢ではなく、身体はしっかりと鍛えられている。
髪型はベリーショートで、服装も中性的よりもやや男性的な傾向が見られる。
≪めぐは良い子なんだけど、私に執着するから鬱陶しいのよねぇ≫
≪そうなんだ。まなみは誰とでも仲良くしてるから、邪険にする感じなのは意外だね≫
艦治とまなみが廻について話していると、三枚目の小倉トーストを頬張っていたルーエンスが皆に声を掛けた。
「外を警備している仲間から連絡が入った。ダートンが向かって来ているらしい」
「情報が漏れたのかしらぁ?」
今回の会合にあたり、ストンポールは貸し切りにしてあるのだが、相手が探索者累計ポイントランキング二位のダートン相手では追い返すと面倒事が増えてしまう可能性がある。
「いや、漏れたとは思いにくいが……」
「そう言えば、昨日閉店まで居座ってた外人さんがまた明日朝から来るって言ってたかねぇ。
貸し切りの予定だって言い忘れてたわ」
「母さん、詳しく教えてくれ」
茂道の母親が促されて、昨日来店した客について話し始める。
「待ち合わせしているんだって入って来て、十一時から十九時までずっと座ってたよ。連れてた小鳥の支援妖精にぶつぶつと英語で喋ってたよ。
最初は女の人と一緒にいたけど、そっちはナポリタンを食べた後に帰って行ったんだ。
そうそう! その女の人が帰る時に『どうせ待ち人は来ない』って言ってたね」
≪ダートンの言う待ち人とは艦治様です。
彼の支援妖精を通じ、私に艦治様へ連絡させるよう話し掛けて来たのですが、相手にする必要なしと判断し放置しておりました。
今日も本人は待ち合わせのつもりでいます≫
ナギが艦治へ状況を説明した。
≪なるほど、確かに相手する必要はないね≫
艦治がまなみと穂波と真美に目配せをして、席から立ち上がった。
「この会合を見られると面倒そうです。
ルーエンスさんとマーリンさんの事情を考えると、ここを離れる方が良いと思います」
「そうだな。
……見張りには姿を見られないよう身を隠すように指示を出した。
マスター、裏口を使わせてもらえませんか?」
今喫茶店の扉から出てしまうと、外で姿を見られる可能性がある。
「おう、こっちだ」
ルーエンスとマーリンも立ち上がり、一同が茂道の父親の案内で店の奥へと向かう。
「みんな、また来てくれよ。親父が全力でもてなすからな!」
茂道が皆を送り出す。
正義も待ち合わせがあるので、茂道の母親を手伝い、テーブルの食器などを片付けていく。
カランコロン♪
「やぁ、今日も失礼するよ」
「あいよー。好きなテーブルに座っとくれ」
何とかテーブルの片付けが間に合い、茂道の母親がダートンの相手をする。
「うん? 今日はテーブルの配置が違うんだね?」
「……これから俺の仲間が集まるんでな。
問題なければあっちの奥の席を使ってくれねぇか? 日本には上座っていう文化があって、入り口から一番遠い席が一番良い席なんだ」
テーブルの配置を戻すだけの時間的猶予はなかったので、正義が適当に誤魔化す事にした。
「おや、せーぎじゃないか! こうして顔を合わせるのは久しぶりだね」
「あぁ、そうだな」
ダートンと正義は一応顔見知りである。
正義が奥の席をすすめたにも関わらず、先ほどまで艦治が座っていた席に腰を下ろし、ダートンが話し始める。
「実はここで例の新人探索者と待ち合わせをしていてね。昨日は向こうの急用で来られなかったみたいなんだ」
「例の新人探索者と言うと?」
「カンジ・イジリだよ。君とも顔見知りなのは知っているよ」
したり顔を見せるダートン。情報力で優位に立っていると信じて疑っていない様子が分かる。
「あぁ、顔見知りだが」
「彼が来たら君からも伝えてくれないかい?
私に協力するべきだと。その方が彼自身にメリットがある、とね」
その後、如何に自分が優れた人間であるかを語るダートンだったが、正義は相槌も頷きもせず、電脳掲示板を眺めて時間を潰していた。
カランコロン♪
「せーぎさん!? お待たせしてしまいましたか!?」
「いや、俺が早く来てただけだ」
少しめかし込んだ輝が、正義の元に駆けて来た。
途端、ダートンの顔が不機嫌そうな表情に変わる。
「ここでは何だ、奥へ行こうか」
「はい!」
正義が茂道の母親にモーニングセットを注文し、輝を連れて奥の席へと移動した。
「お客さん、今日は一人なのかい?」
「……あぁ」
「今日は待ち人が来ると良いねぇ」
「…………あぁ」




