136:朝食ミーティング
七月八日 月曜日
侵略迷宮で侵略者との戦闘を終えた後、改めてルーエンスと余人を交えずに話す機会を設ける事を決めた。
場所は<恐悦至極>のたまり場となっている喫茶店ストンポール。
穂波と真美が、ルーエンスの人柄を見た上で話す価値があると感じた事と、あれだけの探索者が見ていた手前、無碍にするだけの理由がないと判断された。
早速翌日にと、日取りはすんなり決まった。
ストンポールの店内はそれほど広くないので、団長と副団長の二名のみ顔を出す形となる。
ただし、ルーエンスからの申し出で、艦治とまなみも参加する事になった。
<恐悦至極>からは団長(他称)の沢渡正義、副団長(他称)の石柱茂道の二名。
<珠聯璧合>からは団長の加見里穂波と副団長の加見里真美。そして二人の娘である加見里まなみと、その恋人の井尻艦治の四名。
<堅如盤石>からは団長の奥菜源と、その孫娘であり副団長の奥菜廻の二名。
<日本爆夢>からは団長のルーエンス・フィッシュボーンと、副団長のマーリン・リベスコの二名。
そして翌日の月曜日。午前八時前。
「ここは僕の実家だ。全力で好きなものを頼んでくれ。メニューになくても作れるものもある。
遠慮なく全力で食え。せーぎの奢りだ」
茂道がストンポールに入って来た者らに挨拶がてら、朝食を勧めて回る。
茂道は今回の参加者とは全員顔見知りなので、気楽な様子だ。
「俺の奢りなのは良いがよ、今日は予定があんだわ。
話し合いは早めに終わらせてくれよ」
今日の集まりに最後まで難色を示していたのは正義だ。輝と幻想迷宮デートの予定に割り込まれた形になったからだ。
輝に連絡して待ち合わせの予定を九時から十一時に変更したが、それ以上遅くなるのを懸念しているようだ。
カランコロン♪
午前八時ちょうどを迎えたタイミングで、ストンポールの入り口が開き、四人の男女が姿を見せた。
「あらぁ、皆さんお揃いかしらぁ?」
真美と穂波、そしてまなみと艦治の順番で店に入る。
「おはようございます! こちらの席にどうぞ」
茂道が四人を席に案内する。
今回の集会の為に、動かせるテーブルを移動させて十名がそれぞれの顔が見えるように席を配置してある。
「ばしらさん、ばしらさんのお母さんも、お久しぶりです。
マスター! モーニングセット四つ、全部アイスコーヒーで!!」
「あいよー!」
むすっとした表情で作業をしていた茂道の父親が、艦治の注文を受けて上機嫌になった。
「あんた! こっちのトーストやっつけちゃって良いかい?」
「ここではマスターと呼べって言っとるじゃろうが!
……トーストは任せる」
「あいよー。
はい、お先に嬢ちゃんの分ね」
順次配膳されるモーニングセットにそれぞれが手を付けていく。
艦治とは初対面の者らが、トーストを頬張りながらちらちらと様子を窺っているが、艦治は気にせず正義や源達と話をしている。
今日ここで話し合うのは、侵略迷宮の攻略についての目的と、協力についてだ。
昨日腹を割って話し合った正義と源に関しては別としても、この場全ての人間に事情を打ち明けるような事はしない。
特に<日本爆夢>に関してはアメリカ国営の探索者集団のようなものであり、ルーエンスの意思に関わらず情報が抜き取られる可能性が大いに考えられる。
「おい、こういうのは食べながら喋るんじゃないのか?」
源が正義に会合を始めるよう促した。
「あ? 何で俺に言うんだよ」
「真美が進行する気がなさそうじゃからな。
他に相応しい者はお前しかおるまい」
「…………任せた」
源と真美、そして穂波からも催促された為、仕方なく正義が進行を始める。
「あー、改めて<恐悦至極>のせーぎだ。
とりあえず皆が気になっているであろう艦治から自己紹介をしろ」
「あ、僕からですね」
艦治は手に持っていたトーストを皿に戻し、立ち上がった。
「えーっと、<珠聯璧合>所属探索者、井尻艦治です。連れている支援妖精は人型のナギと、白鹿の白雲です。
よろしくお願いします」
「はい、質問!」
艦治が簡単な自己紹介を終えた直後、廻が右手をピンと伸ばして、小さな身体で精一杯アピールして見せる。
「えっと、どうぞ」
「支援妖精が人型なのはまなもだから、この際珍しいねで済ませよう。
だが、二体目の支援妖精についてはどうやって手に入れたのか詳細な説明を希望する!!」
廻はまなみの女子高時代の同級生であり、仲の良い友達でもある。
廻の質問を受けて、その他の参加者達も遠慮なく艦治を見つめており、皆が艦治からの回答に期待しているのが分かる。
「その質問を含めて、艦治とまなみが抱えている秘密については詳細を語らせるつもりはないのよねぇ。
人型の支援妖精と、二体目の支援妖精と、魔法スキルを持っている事など、あえて隠す事はしないわぁ。
けれど、どうやって手に入れたのかについて、教えられなくても受け入れてくれる人物でないと、一緒に組む事は出来ないわぁ」
真美が、廻の質問に対して答えないと宣言した。
昨日、源と正義を交えて、今日の団長会合においてどの程度艦治とまなみの事情を話すのかについて決めた。
秘密は隠さないが、全てを教える必要はないと結論付けられたのだ。
「何でですか!? ボクだって二体目の支援妖精が欲しいんですが!?」
「めぐちゃんは、支援妖精が増えたからと言って強くなれると思っているのかしらぁ?」
真美の問い掛けに対し、廻は瞬時に言い返す事が出来ない。
実際は支援妖精が二体いる事で、自分の視界以外に二面の視界を視る事が出来るようになり、戦闘や偵察において非常に有利になるのだが、真美はそこまで教えてやるつもりはない。
「ただ可愛いから、ただ自慢したいから。
そんな理由で欲しがったとして、神州丸がそんな探索者に対して余分に支援妖精を与えると思っているのかしらぁ?」
「逆に言うと、艦治は、……失礼。艦治殿は……、はぁ?
名前を呼ぶなと言われても、……分かった。
井尻殿もまなも、何故神州丸から二体目を与えられたのか説明が付かないではないですか!?」
まなみから艦治の呼び名について細かく注文が入っていたようだ。
そして、真美が廻からの質問に答える。
「説明が付かないからと言って、わざわざあなた達が納得するだけの理由を説明するつもりはないのよぉ。
私達も完全に納得している訳ではなく、神州丸からも懇切丁寧に説明を受けたと思わないでほしいのよねぇ」
実際は懇切丁寧に説明を受けており、その全てに納得している訳だが、わざわざそんな事を言ってやる理由がない。
説明がないから、納得出来ないから手が組めないというのであれば、そこまでの話なのだ。
「我々はその説明を受け入れる。
以後、詳しい説明を求める事はしない」
「団長に同じ」
ルーエンスとマーリンが真美の説明を受け入れると表明した事により、廻が天井を見上げた。
「分かりました。ボクもそれで良いです」




