122:七日間生き残れ
良光と望海が目を開けると、そこは日常が崩壊した街の中だった。
ビルは薄汚れ、アスファルトはひび割れて雑草が生い茂り、信号機や電光掲示板などは全て光を失っているのが分かる。
「良光、さすがに遅いよ。一体何してたの?」
良光と望海が仮想空間にログインした途端、艦治が嫌味を放った。
「はぁ? 遅いも何もすぐ来ただろうが」
「この仮想空間では現実世界の一分が十五分に伸ばされてんの。
僕達はもう四十五分もここで待たされてたんだけど、一体現実世界で三分間も何してたのさ」
「まぁまぁまぁかんち、良いじゃん! 確かに待たされたは待たされたけど、現実世界ではまだ三分しか経ってないんだし、まだまだ遊べるドンじゃん!!」
望海が顔を真っ赤にして唇に手を当てているのを見て、まなみが艦治を止める。
「確かにめっちゃ待ったけど、まなちゃんと仲良くなれたから良し!」
「それはそうだな。まなは良い奴だ」
彩は仮想空間での饒舌で表情豊かなまなみを見て、すっかり懐いてしまった。
輝も彩に対して仮想空間内の説明をしてやるまなみを見て、気に入ったようだ。
「じゃ、意味のある四十五分だったと言う事で……」
「だからこっちでは三分だったんだよ!」
さらに嫌味を言う艦治に対して本気で言い返す良光の姿を見て、望海は墓穴を掘らないかとはらはらしている。
「分かった、分かったからゲームの説明を聞こう!」
亘が二人の間に入り、中空に浮かんでいるウィンドウを指差す。
『物語の説明を聞きますか?』
「ほら、始めるよ!」
亘が『はい』を押すと、ウィンドウ内で動画の再生が始まった。
『七日間生き残れ!』
とある国が作った生物兵器が漏洩、パンデミックを起こして世界中で動物がゾンビ化するという大事件が発生した。
夜になるとより活発になるゾンビ達から身を守りながら、七日間耐え切ると軍隊が救助にやって来るというゲームの趣旨を説明する内容だった。
「えーっと、仮想現実内の体感時間の五分でゲーム内時間が一時間経過する。
ややこしいけど、とりあえず五分が一時間だって思えば良いって事かな」
各自の視界の右上端に、ゲーム内時間が表示されている。
ゲーム開始時間が午前六時、暗くなりゾンビが出現するのが午後六時なので、体感時間で、六十分で一夜目の拠点を完成しなければならない。
「で、ゾンビに嚙まれたら一定時間後にゾンビになっちゃうって事かー」
「ゾンビになったプレーヤーは他の生存者を襲う事が出来る、って何かクリア出来る気がしねぇな。
とりあえずプレーヤーが感染したっぽかったら優先的に殺さねぇとな」
プレーヤーが八人もいるので、資材を集める探索組と、拠点を作る建築組に分かれる事になった。
「ゾンビをばっさばっさ倒したいから私とかんちは探索組で!」
まなみの希望により、艦治の役割が確定した。
「私もどちらと言えばじっとしてるより動いてたいぞ」
「建築資材はすぐに無くなりそうだから、探索組の方が人数多い方が良いだろな」
話し合いの結果、輝と良光と望海も探索組となり、亘と恵美と彩が建築組となった。
とはいえ、最初は何の資材もないので、建築組も周辺を探索して物資を探さなければならない。
「難易度が選べるみたいだ。簡単・普通・困難・地獄・不可能? 不可能って何だよ。とりあえず普通で良いか。
よし、じゃあスタート!」
亘が代表してウィンドウのスタートボタンを押し、生き残りを賭けた七日間の初日が始まった。
「お、この車解体出来んじゃん。リアルに解体するんじゃなくウィンドウ内の『解体する』を押せば時間経過で解体してい資材が手に入る感じだな」
早速良光が手近な車を解体し始めた。
良光が解体し始めたのを見て、各々が行動を開始する。
「かんち、あっちの家の中を見に行こっ」
「はいはい」
まなみは艦治の腕を取って、すぐ先にある一軒家へ向かって歩いて行く。
「僕は視力が低かったから、あんまりこういうゲームをした事がないんだよねぇ」
「私もじっと座ってゲームするより道場で稽古してる方が楽しかったからなぁ」
艦治もまなみもゲームそのものをして来た経験がなく、ゲーム内でどう動くべきか、何に気を付けるべきかを分かっていない。
「この扉って開くのかな」
まなみが何の躊躇いもなく家の扉を開けて、ずんずんと上がり込んで行く。
艦治もそれに続き、薄暗い室内を探索していく。
「あ、この冷蔵庫解体出来るみたい」
「一人ずつでしか解体出来ないのか。じゃあ僕がやるよ」
「そう? じゃあ私は他の部屋覗いて来るね」
艦治が冷蔵庫の解体を始め、まなみは別の部屋の探索へ向かう。
「解体中はキャンセルしない限りこの場から動けない感じか。
で、キャンセルしてしまうとゲージが初めからに戻ってしまう、と。
解体したのに手を離しただけで元に戻るのはおかしいでしょ」
ゲームシステムにツッコミを入れつつ、艦治の視界に浮かぶゲージが半分ほどになった頃、離れた部屋で大きな物音が聞こえた。
「まなみー? どうしたのー?」
半分まで進んだゲージを戻してしまうのが勿体ないと感じてしまい、艦治は解体を進めながら声だけでまなみに問い掛ける。
すると、艦治の元に血だらけのまなみが戻って来た。
「あれ? どうしたの? もしかしてゾンビいた?」
「かんち、私穢されちゃったよ……」
まなみの不穏な発言を受けて、まだ解体途中の冷蔵庫から手を離す艦治。
「何があった?」
「寝室に男のゾンビがいたんだ。落ちてた鉄パイプで殴ったんだけど、手首を噛まれちゃった」
まなみの服に付いている血はほとんどゾンビをタコ殴りにした時の返り血だが、ゾンビはやられる前にまなみに一矢報いていたようだ。
「視界にゾンビ化ゲージが表示されてる? 確か百パーセントになる前に抗ゾンビ化薬を飲めば良いんだよね」
先ほどの説明用動画内で、レシピを探し出して素材を集め、抗ゾンビ化薬を作り出せばゾンビ化が解除される事を聞かされていた。
「かんち以外の男に噛まれちゃった……、もうお嫁に行けないよ……」
明らかにショックを受けた様子のまなみを見て、艦治は思わず抱き締めてしまう。
「まなみにどんな事があっても、僕はまなみを愛してる。大丈夫、心配いらないよ」
「ホント? 私がゾンビでも?」
「もちろん。まなみと一緒にゾンビになって、地球が終わるまで一緒にいるよ」
「嬉しい……。がぶっ」
二人が惚気ている間に、まなみのゾンビ化ゲージが百パーセントになり、まなみは躊躇なく艦治の首筋を噛んでゾンビ化ウイルスを感染させた。
「あー、動きの速さが制限される感じか。まなみが使った鉄パイプを回収しないとね」
「…………」
まなみは完全にゾンビ化が進んでしまい、喋る事が出来なくなってしまった。
≪喋れなくなっちゃったけど電脳通話は使えるみたい≫
≪あ、そうなの? 何かズルしてるみたいだね≫
≪でも喋れないより良くない?≫
≪それはそうだけど。
で、今からは良光達を襲う側になったって事で良いのかな≫
≪そーだねー。でも私以外の女を噛んじゃダメなんだからね!≫
≪分かってるよ。じゃあ、行きますか≫
こうして、ゾンビバカップルが誕生してしまった。




