012:艦治である理由
医療用ヒューマノイドが、艦治と良光に新しいアイスコーヒーを用意した。
二人はまたも一気に飲み干し、大きく息を吐いた。
「確認ですが、神州丸は墜落した訳ではないんスね?」
「はい」
改めて良光が問い掛けると、ナギが短く答えた。
「敵対生命体から攻撃を受けたという話は?」
「嘘です」
「侵入者撃退モードになっていて艦橋へと向かう事が出来ないというのも?」
「嘘です」
「緊急対応権限が与えられていないというのも?」
「噓です」
「つまり、ナギさんは全権を与えられた艦長であった、という事ですか?」
「いいえ、それは違います。私はあくまで艦長補佐であり、前艦長が亡くなってからは代理でした。
そして最高責任者である艦長に相応しいのは、井尻艦治様です」
「と言う事は、艦治でなければならない明確な理由がある、と?」
「その通りです」
良光とナギのやり取りを見守っていた艦治だが、また自分の話題へと戻ってしまった為、居心地が悪くなる。
癖で後頭部の傷に触れようとする艦治だが、もうそこに傷は残っていない。
「となると……。
艦治、お前も採血を受けたよな?」
「受けた、ね。注射器じゃなくてハンコみたいな筒で」
それを聞いた良光がナギに向き直り、答えを口にする。
「もしかして、前艦長の三ノ宮伊之介さんと、艦治のDNAが一致した、とか?」
「素晴らしい! 大正解です。
正確にはDNAの相同性率は|99.9999パーセント《シックスナイン》ですが、これ以上の相同性率を求めるのは非常に困難かと思われます」
ナギの口から出たシックスナインという表現を聞き、艦治が挙動不審になる一方、良光は気にせず質問を続ける。
「助けを求めるという口実で人を、いや日本人を集めて、インプラントを埋め込む手術を行う事前検査の為に採血をしてDNAを解析し、必要な遺伝子を集めていたのか……。
本当の目的は、三ノ宮伊之介を復活させる事だったんスね」
「そうです。ですがもうその必要はなくなりました。私は今、とても大きな幸せを感じています」
両手を自らの胸に当て、とても嬉しそうなナギを見て、艦治が我に返る。
「えっと、つまりどういう事?」
「ナギさんは、日本人のDNAを集めて人工生命体を作成し、そいつらに子作りさせて、前艦長と全く同じ人間を生み出そうとしてたんだよ。
けど昨日、前艦長とそっくりなお前を見つけたんだ。ほら、眼鏡壊れただろ? あの時にお前の素顔を沢渡さんの支援妖精が見てたんだよ。
DNAがほぼ一緒って事は、姿形もほぼ一緒。一卵性双生児みたいなもんだろ?」
良光の言葉を理解して、艦治が目を見開く。あまりの偶然、あまりの途方もない出来事に、心が受け止め切れないでいる。
「一つ訂正させて下さい。私は人工生命体を作成する事は出来ますが、人工生命体に子供を産む機能は搭載されておりません。
人間のクローンを作成する技術は存在しますが、この神州丸はあくまで日本船籍の宇宙船ですので、システム全般も日本の法律に縛られています。
日本が批准している国際法に違反しますので、私の権限では人間のクローンを作る事は出来ません」
「ナギさんの権限では……?」
良光の言葉に、ナギが微笑む事で答える。
「マジか……」
良光は思わず頭を抱えてしまう。
「えっ、どうしたの? 大丈夫?」
その様子を見て心配する艦治だが、良光は首を振って答える。
「違う、大丈夫かと聞きたいのは俺の方だ。
お前、分かってんのか? 今のお前はこの船の、神州丸の最高責任者らしいぞ。
やろうと思えば好きな女のクローンをバンバン作ってパンパンする事も出来るし、気にいらねぇ国にミサイルをバンバン落とす事も出来るんだ。
お前は今日からこの世界で一番大きな権力を与えられたも同然だ。
いや、神になったと言っても過言ではない」
良光はそこまで言って切ってから、艦治が理解しているかどうか、その表情を窺う。
ようやく本当の意味で自分が置かれた状況を理解し切ったのか、艦治が顔を青くする。
「……えっと、どうしたらいい? 警察に行くべき? それとも自衛隊?」
「警察行ってどうすんだよ!? 宇宙船拾ったんですけどー、とでも言うつもりか!!」
「じゃあ自衛隊は!?」
「神州丸の最高責任者ですって言いに行くのか?
良くて笑われる。悪くてすぐに本部かどこかに連絡されて政府の偉いが迎えに来て総理大臣と会う事になるぞ!
そうなったらもう二度と普通の生活出来なくなるぞ? 良いのか!?」
「そんなん良い訳ないだろ!?」
「じゃあどうすんだよ!?」
「そんな事言われても分かんないよ!!」
怒鳴り合う二人の姿を、ナギはニコニコと見つめていた。
ある程度やり合った後、息が切れた二人はようやく落ち着きを取り戻す。
「すみませんけどアイスコーヒーお代わり貰っていいっスか?」
「もちろん構いませんが、もうそろそろ十九時になりますがよろしいですか?」
そこでようやく二人は、この医療施設に通されてからかなりの時間が経過している事に気付いた。
「もうそんな時間スか、この部屋には時計がないから全然気付かなかったっス」
「それは大変失礼致しました。私は時計を置いておく習慣がございませんもので。
お二人ももうインプラントを埋めておられますので、視界の端に時計を表示させる事が出来ますよ」
二人はナギから、時計だけでなく日常でよく使うであろう機能の操作方法を教えてもらう。
そして艦治と良光が電脳通話と文章を使った電脳掲示板などでのやり取りが出来るようになり、タブレットに登録していた銀行口座の紐付けなどの必要な作業を済ませていった。
「疲れた……。
艦治、もう考えるの明日にしようぜ。ちょうど休みだしよ、朝からお前ん家行くからさ」
「うん、そうだね。僕も一回落ち着きたいよ」
二人が立ち上がり、ナギが艦治の手を取って先導する。
「あっ、そう言えば。
……ナギさん、もしかしてこれから艦治の家まで着いて行くつもりだったりします?」
「はい、もちろんですとも。私は艦長補佐担当ヒューマノイドですから」
ちなみに、艦治と良光は帰りのロープウェイ乗り場で、ナギに日が沈む富士山をバックに写真を撮ってもらった。
二人のその全力の笑顔はどこか、やけくそのような表情に見えるのだった。




