118:照れ隠し
七月五日 金曜日
期末テストが終了し、良光が艦治へ声を掛ける。
「お前らは予定があんだったっけ?」
「そうなんだよね。だから後から合流するよ。
鳳翔は好きに使ってもらって良いから」
テストの打ち上げとして、皆で思い切り遊ぶと約束をしていたのだが、雅絵が艦治とまなみに報告したい事があると連絡が入ったのだ。
「それは良いんだけどよ、姉貴と彩まで来る気満々なのどうにかしてくれよ」
「えー、良いじゃん。輝ちゃんも彩ちゃんも私達の仲間だもん」
まなみが輝と彩にも打ち上げの事を連絡しており、二人とも参加予定になっている。
「司、めっちゃ女の子みたいな喋り方になってる」
「手遅れだっつーの……」
司(まなみ)が艦治に注意されるが、良光はすでに諦めている。
クラスメイト達は今日までの司の言動を見て、艦治の恋人が司を操っている説派、司は男装女性説派、司は男性で艦治の愛人説派の三派閥に分かれ、混沌を極めていた。
「それより、望海の訓練を再開したいんだよ。
せーぎさんとばしらさんあたりにこっちの事情を打ち明けて、仲間に引き込めねぇか?」
「あー、<恐悦至極>とは近々侵略迷宮の件で打ち合わせする予定だから、その時に話しても良いかも」
艦治が神州丸にとって特別である理由付けとして、侵略迷宮を攻略・解放する事を決めたのだが、<珠聯璧合>の四人だけで完全攻略したと言っても説得力が低いだろうという事になった。
通常、他の迷宮を攻略していく過程で、途中途中に拠点を築いていく必要がある。未だ全容が判明していない迷宮だが、探索済みの区画だけ見ても日帰りで攻略出来るような広さではないのだ。
艦治が倒した火竜も、本来であれば拠点を数ヶ所経由してようやく出会うか出会わないかの深さに出て来る妨害生物なのだ。
そこで、<珠聯璧合>だけでなく<恐悦至極>を含む複数の探索者集団に声を掛ける事を決めていた。
拠点構築を専門とする探索者集団<堅如盤石>にも話をする予定だ。
「じゃあうちのパパ、じゃなくって穂波さんから話してもらうようお願いしてみるよ」
「穂波さんって誰?」
「多分<珠聯璧合>の加見里穂波だな」
「<珠聯璧合>って夫婦と娘じゃなかったか?」
「娘って誰なの?」
「たしかまなみって名前だったような……」
「……今ので完全に正体がバレたぞ」
有名な宇宙船内探索者集団である<珠聯璧合>の団長、加見里穂波をパパと呼んだ事で、聞き耳を立てていたクラスメイト達に司イコールまなみである事が露呈した。
ガッツポーズを掲げる集団と頭を抱える集団、そして現実を受け入れずに喚き出す集団の三つに分かれ、教室内は混沌を極めていた。
「何だか騒がしいな」
「いつもの事だよー」
混沌を極める教室を抜け出し、亘と合流して艦治達が廊下を進む。
「あれ? 付き合う事にしたの?」
艦治が亘と恵美が手を繋いでいる事に気付いた。
「あぁ、そうなんだ。たった今からね」
「テスト終わったらって約束だったんだよねー」
亘も恵美も、とても嬉しそうに笑顔を浮かべている。
「亘はもうちょっと時間を掛けるかと思ってたよ」
「そうなんだけど、押し切られてね……」
「やらない後悔よりやって大成功でしょー」
浮かれてなのか、恵美が変な事を口にしたが、艦治達は聞き流す事にした。
「よく学校内で手ぇ繋ぐよな。ハズいったらねぇわ」
良光と望海は手を繋がず、隣同士で歩くに留めている。
しかしまなみだけは、望海が羨ましいそうにしている事に気付いている。
「……良光からは僕の事はどう見えてるの?」
「慣れたから何とも。
ってか改めて考えると単純にヤバい」
艦治はいつも司に腕を組まれて歩いているので、色々とヤバイ感じなのだ。
艦治と司のクラスメイトの女子生徒から耳打ちを受けた別の女子生徒が、解釈違いだと騒ぎ出したので、艦治は歩く速度を上げた。
皆が校門前まで来ると、黒いミニバンが二台目の前に停まった。
「じゃ、終わったら連絡するから」
「おう、後でな」
艦治と司が前のミニバンに乗り込み、良光と望海、亘と恵美が後ろのミニバンに乗り込んだ。
艦治はミニバンに乗り込んだと同時にワープゲートへ潜り、まなみの待つ伊之助の墓所の仏間へ移動した。
「ただいま」
「……お帰り」
艦治はいつも通り、まなみの胸へと顔を埋める。
司に腕を組まれている為、クラスメイトからはBLカップルであるという期待の籠った視線に晒されている関係で、こうしてまなみからフェロモンを摂取しないとストレス解消出来ないのだ。
「……ふぅ。
お待たせ。で、報告って何?」
まなみに抱き着いた直後、この場にすでに雅絵が待機していた事に気付いた艦治だが、恥ずかしがった方がより恥ずかしいだろうという考えの元、最初から知った上で胸に顔を埋めていましたが何か? という表情で雅絵と向き合う。
≪顔真っ赤だけど大丈夫?≫
≪……大丈夫じゃないけど大丈夫≫
そんなやり取りをする二人を前にしても、雅絵の表情は真剣そのものだ。
「お時間を頂きましてありがとうございます。
例のあの国に関するご報告をと思い、お声を掛けさせて頂きました」
「あぁ、例のあの国ね。
神州丸関連の資源や支援などをストップするようナギにお願いしたけど、何か動きがあった?」
「……やはりそうでしたか。
次期指導者と見られていた人物が側近に射殺されました。それとは別に、例の国内で反政府組織が大きな動きを取ろうと準備しております」
まだこの情報は一般に報道されていない。
ナギもわざわざ艦治に報告するまでもないと考えて、耳に入れないでいた。
「そうなんだ。正直あんまり興味がないんだよね。
……雅絵としてはどうしたい?」
まなみとイチャついているのを見られた照れ隠しの為に、勢いで雅絵に敬語を使わず話し掛けた艦治だが、今更引っ込みが付かず、そのまま呼び捨てにする事にした。
「問題ないようでしたら、反政府組織を密かに支援したいと思います。
半島と大陸には未だ反日感情を煽る政府が残っていますので、別方向から圧力を掛けて親日勢力の拡大を進めて行ければと」
「なるほど。じゃあそれで行こう。
僕としても無駄に人が死ぬのは避けたい。上手く頼むよ」
「了解しました」
ついに艦治は、他国の政治に関わり出してしまった。




