112:VS 元カレ
「随分早い登場だね」
「恵美ちゃんは何であんなのを好きになったんだろうね」
艦治と司(まなみ)が遠目で校門を眺めている。
いつも通りの月曜日を過ごし、全ての授業を終えて下校しようと校庭を歩いていると、校門前にガラの悪い集団がたむろしていた。
明らかにガラの悪そうな男達が、バイクや車のエンジンをふかして生徒達を威嚇している。
ちなみに、自動運転の自動車が普及したとはいえ、従来の自分で運転する車やバイクを趣味にしている層は残っている。
大抵の交通事故はこういった趣味の者達と、反神州丸主義者が原因となる。
「なぁ、藤沢恵美を呼んで来てくれよ。
俺の彼女なんよ」
そして、その集団の中心にいるのが、恵美が振ったばかりの元カレらしい事が分かった。集団の中で唯一の高校生らしく、他校の制服を着ている。
下校しようとする女子生徒に声を掛けるので、皆が怖がって学校から出られないでいる。
「警察呼んで蹴散らすのは簡単だけど、どうしようかねぇ」
「恵美ちゃんがすぐに来るって」
まなみが電脳通話を使って状況を伝えると、慌てた恵美が教室を飛び出し、こちらへ向かうと返事があった。
「藤沢さんが来ても解決しないと思うけどね」
「元カレは恵美ちゃんと話がしたいんでしょ?
それで納得しないなら別の方法で解決するしかないんじゃないかな。
恵美ちゃんが来たら背中は守ってあげようよ」
艦治と司がそんな話をしていると、恵美が走って校門までやって来た。
恵美が乱れた呼吸を整えている間に、艦治と司が恵美の隣へ移動する。
「おう、恵美。遅かったじゃん」
ニヤニヤと笑う恵美の元カレが校門から高校の敷地へ入ろうとしたが、恵美がそれを止めた。
「そこから入ったら不法侵入で通報するから」
「あぁ?
ちっ、じゃあお前が出て来いよ!!」
「嫌、別れたあなたと話なんてしたくないもの」
恵美のつれない態度に、恵美の元カレがイラ付きを見せる。
「じゃあここで大声で言っていいんだな!?
お前がどれだけ俺に惚れるか、お前が俺の下でどんな顔で喘いでたか全部喋っていいんだな!?」
恵美の元カレの言葉に合わせて、車とバイクのふかし音がうるさく鳴り響く。
「別に私はあなたに惚れてない。付き合ってって言われたから付き合っただけ。手は握ったけどキスすらしていない。
だいたいあなたがそんなガラの悪い人達と仲が良いって事も今日初めて知った」
「俺が一声掛ければこれだけの人数を動かせるんだぜ?
今なら許してやるから俺に謝れよ。今ここでよぉ!!」
恵美の元カレは一方的にフラれた事で、プライドを傷付けられたのだろう。
原因は元カレ側にあるのだが、本人はそうは思っていない。
恵美に何かしら仕返しがしたいという幼稚な考えと、恵美の通う高校の生徒達に恐怖を与えて憂さを晴らす事が目的のようだ。
「謝る必要なんてない!!」
亘が恵美の前に走り出て、恵美の元カレと対峙する。
「何だお前は」
「この高校の生徒会長だ」
「その生徒会長が俺と俺の恵美に何の関係があんだよ!?」
「恵美からは君を振ったと聞いている。幼稚な嫉妬と身勝手な言動に嫌気が差したそうだ。
そもそも付き合って一週間も経ってないそうだが? 幼馴染にしては随分と自分の気持ちを伝えるのが遅かったみたいじゃないか。
それで、幼馴染の恵美に拒否されてショックを受けたのか? 付き合った事で気が大きくなったのか?
ちょっと連絡が取れないからって不安になり過ぎだろう。
恵美は君以外にも友達が多い。君だけに構ってあげられるほど暇じゃないんだよ。
昨日も一昨日もテスト勉強をしていてね。あぁ、僕も一緒にいたんだ。泊まりで勉強をしただけだ。やましい事など一つもないさ。
……いや、一つもないは嘘かも知れないが、その時は君を振った後だから浮気にはならないと思うが?」
亘が恵美の元カレに対し、一方的に捲し立てた。
恵美の元カレは亘の勢いに飲まれてしまい、何も言い返せないでいる。
「ぷぷぷっ、こいつ幼馴染を寝取られてんじゃん! 何だよダッセ!!」
「もう帰ろうぜ、早くレース場行って練習してぇ」
「誰だよこいつの頼みは断れねぇって言った奴!!」
「大事な幼馴染が他の男に誑かされてるって言ってたから放っておけなくてよ」
「面倒見良いのもたいがいにしろや、単なる後輩だろ?」
頭の悪そうな男達が、車やバイクに乗って校門から去って行った。
どうやら恵美の元カレとそれほど近しい関係ではなかったようだ。
「えっ、何あれダッサ」
「人の良い先輩に頼み込んで着いて来てもらったのかよ」
「元カノとヨリを戻す為に? ありえなーい!!」
「うわぁ、ないわぁ」
「逆に可哀そう……」
男達が去って行った事で、校門前で足止めを食らっていた生徒達が次々に下校して行く。
「もう良い? 帰ってくれない?」
「……恵美、別れるなんて言うなよ」
「確かに予定も教えずにお泊りしたのは悪かったかも知れない。
でも、だからって何を言っても許される訳ないと思う。
好きって言われたのは嬉しかったけど、よくよく考えたら私は竜二の事、男として見てなかった。
だから、もう終わり。バイバイさようなら」
恵美は亘の手を取って、竜二を避けて歩き出した。
「そいつと付き合ってんのか?」
「ううん、まだ。でも、付き合うかも」
恵美は足を止めず、振り返らずに竜二に返事をした。
竜二はそれが気に入らなかったのか、亘に向かって掴み掛かろうとしたが、司に足を引っかけられて地面に転がされてしまった。
「ダサイから早く帰った方が良いよ?
恵美ちゃんと亘君には味方がいっぱいいるから、何かしようとしてもそれ以上でやり返すからね。
来るんなら相当の覚悟が必要だと言っておいてあげる」
「くそっ……」
竜二が立ち上がり、恵美達とは逆の方向へと走り去って行った。
「めっちゃ手ぇ震えてるじゃん」
「言わないでくれよ、結構怖かったんだよ」
「……ありがと」
「藤沢さんを守ってみせるって言ったからね」
「さっきみたいに恵美って呼んでよ。亘」
「恵美、また何かあったらすぐに連絡してくれよ」
「うん!」




