110:馬鹿バカップルの現在
良光と望海、亘と恵美、輝と彩が流れるプールのアトラクションを楽しんでいる頃、艦治とまなみは雅絵からの電脳通話を受けていた。
≪お休みのところをすみません≫
≪いや、それはお互い様だから気にしないで。
それで、何だった?≫
≪アメリカの買取店に駆け込んだ鹿野と馬場のその後が分かりました≫
ロン毛男こと鹿野飛馬と、金髪ギャルこと馬場詩歌は、懲役三日の刑を受けた後、日常生活を送れるよう精神的なケアを施された上で解放され、その後すぐにアメリカの買取店へ新たに与えた支援妖精を売り払おうとしていた。
その後の二人の顛末について、艦治は特に気にしていなかったが、雅絵は独自ルートで情報収集を続けていたようだ。
≪アメリカの買取店は支援妖精の買い取りを拒否しました≫
≪まぁ買い取っても仕方ないもんね≫
対外的には、脳に埋め込んだインプラントと支援妖精はセットになっており、別の支援妖精に取り替えたりする事は出来ない事になっている。
分解、もしくは解剖をして支援妖精の仕組みを解明しようとした国はあるが、人工生命体である支援妖精の身体はモデルとなった動物と見た目は同じ作りになっているので、何も得るものがない。
ちなみに、人間の脳に埋め込むインプラントも、人間の細胞を模した生体機械なので、地球人類の科学力では仕組みを理解する事は出来ない。
≪それで、すぐに追い返されたの?≫
≪いえ、二人から情報を得ようと様々な質問をしたようです≫
ナギが二人のインプラントに、艦治とまなみ、そして神州丸に関する情報を漏らす事のないよう指示を植え付けてあるので、口頭でも筆談でもタブレットでも、第三者に詳細な情報を伝える事は出来ない。
≪二人の様子から、神州丸によって何らかの処置を施されている事を確認した後、追い出されました≫
何を聞いても答えられない二人。しかも神州丸は、二人に何らかの手を加えていると考えられる。
そんな二人を手元に置いておくのは、神州丸に対する敵対行為だと受け取られかねない。
アメリカは。飛馬と詩歌の二人の存在が重大なリスクをもたらす可能性があると判断し、支援妖精と共に買取店から追い出した。
その後、アメリカ政府が日本政府にこんな事があったという情報提供をしたので、雅絵の耳にも事の経緯が伝わったのだ。
≪って事は、二人は家に帰ったの?≫
≪いえ。二人はアメリカがダメならと、別の国の買取店に手当たり次第に買取交渉を持ちかけたようです≫
ほとんどの国において、迷宮から得られる資源は享受するが、神州丸そのものは触れるべきではない神のような存在だと認識されている。
≪じゃあどこも二人を受け入れなかったんだね?≫
≪いえ。唯一受け入れたのが、ラスプチニスタン資本の買取店でした≫
≪ラスプチニスタンってどのあたりの国だったっけ?≫
≪旧ソ連を構成していたうちの一国です。現在も社会主義を掲げています≫
表向きは神州丸にも日本にも友好的に接している国だが、旧ソ連に所属していた国々と裏での繋がりが強く、日本とは主義主張が異なる。
そもそもの考え方が全く違うので、行動原理や倫理観も違い、どのような思惑があるのか想定するのも難しい。
≪で、ラスプチニスタンが二人をどうしたか分かる?≫
≪日本政府からの情報ではそこまでしか足取りが掴めませんでした。
ですので、ここからはナギ様からご説明して頂きたいと思います≫
雅絵が報告していたのはあくまで日本政府が掴んだ情報であり、ナギはそれとは別で飛馬と詩歌を常に捕捉していた。
≪ラスプチニスタンの買取店は秘密情報部によって運営されており、店員は全て工作員です。
二人が入店した時点ですでに状況を把握しており、はいかいいえで答えられる質問を用意しておりました≫
飛馬と詩歌が神州丸に関する情報を口外出来ない状況にある事を把握していたので、事前に情報を引き出す為の準備をしていた。
≪なるほど。
神州丸で何かあったのか? はい。
喋れなくされたのか? はい。
みたいな感じ?≫
≪仰る通りです。
ですが、二人の行動を外部から制御する事で、質問に対する回答を適当に答えさせ、情報を攪乱しておきました≫
ナギは飛馬と詩歌を操り、ラスプチニスタンが艦治の脅威とならない範囲ではいといいえを適当に織り交ぜて、煙に巻いておいたのだ。
≪なるほど、じゃあかんちや私達の情報は一切漏れてないって事だね?≫
まなみとしては飛馬と詩歌など最早どうでも良く、艦治やまなみ、そしてが両親である穂波と真美の情報が外に出なければそれで良かった。
≪はい。皆様の情報は漏れておりません≫
≪それで、二人は今どうしてるの?≫
まなみとは違い、艦治は飛馬と詩歌に対する情けが多少なりとも残っている。
≪現在、ラスプチニスタンの工作員が手配したマンションに匿われています≫
≪かんち、あの二人はもうダメだよ。支援妖精を躊躇いなく害せる人種だよ?
かんちが見逃してやった事で、他に被害者が出たらかんちまで辛い思いをしなきゃならなくなるよ?≫
懲役三日の刑を執行し、精神的なケアを施した後も、飛馬と詩歌の人間性は改善された様子が見られなかった。
このまま隔離された状況にある方が、一般社会の為になるとまなみは訴える。
≪……そうだね。
マーシェ、報告がありがとう。また何かあったらよろしく≫
≪分かりました≫
≪ナギ、引き続き監視を頼むよ。何か起きそうになったら対処してくれる?≫
≪了解致しました≫
雅絵との電脳通話を終えた後、他の皆と合流して、様々な種類のプールを堪能した。
そして、また温泉に浸かったり、勉強の続きをするなどして休日を過ごした。
「これでナギとやり取りが出来るから、何か困った事があったら連絡して」
まだインプラントを入れる事が出来ない亘と彩のタブレットに、アシスタントAIとしてナギとやり取り出来るアプリをインストールした。
「これで亘もワープゲートが使えるようになったから、藤沢さんと鳳翔でデート出来るよ」
「……ちょっと気後れするけど、その気持ちはありがたく受け取らせてもらおう」
「やったねー」
亘と恵美が見つめ合っているのを、一同は微笑ましい気持ちで見守っていた。




