108:失恋
六月二十三日 日曜日
一同は場所を海から湖へと移し、昨夜同様バイキングで朝食を済ませた後、引き続きテスト勉強をする事となった。
服は全員ナギが用意したものに着替えている。
「湖も良いけど海が良かったぞ」
良光が湖に移動すると言って聞かなかったので、輝が不満を見せている。
「じゃあ湖にクジラ出してもらえば良いじゃん。
艦治、頼む」
艦治がナギに指示を出し、湖にもクジラやイルカ、シャチなどを泳がせる事にしたので、輝の機嫌はすぐに直った。
≪お前、夢精するって知ってたろ≫
≪もちろん≫
湖畔にあるロッジの二階テラス。三つ用意された丸テーブルに艦治とまなみ、良光と望海、亘と彩と恵美に分かれて座っている。
≪何で言わなかった!?≫
≪言っても夢精する事に変わりはないしねぇ≫
≪お前はどうしてんだよ!?≫
≪治療用ポッドに入ってオナホを被せてもらった≫
≪……そこまでする必要あんのか?≫
≪正直言って、ないよ。
ただ、現実では出来ないプレイが出来るからね≫
≪例えば?≫
≪女アバターに入って男アバターに入ったまなみに抱かれる≫
「ヤバっ!?」
突然声を上げた良光に、皆の注目が集まる。
「……すまん」
「大丈夫?」
「何でもない、大丈夫だから」
目の前に座っている望海に返事して、良光が勉強を再開する。
≪お前らヤバ過ぎだろ……≫
≪僕だってしたくてした訳じゃないよ。
でもいずれ良光も……≫
≪まなみさんに口止めしといてくれ!!≫
≪どーかなー。もう喋っちゃってる可能性あるしね≫
≪こえー……≫
バンッ!!
「あー腹立つーーー!!」
突然テーブルを叩いて立ち上がった恵美に注目が集まる。
「恵美ちゃん、どしたの?」
「聞いてよのぞみん! 彼氏が私の浮気を疑っててさ。
ほら、昨日突然お泊りになったじゃん?
親には言ったけど彼氏には言ってなくって。
で、今どこにいるのか、写真撮って送れ、下着姿も送れ、今すぐ俺の家に来て謝れ、ってまぁうるさくってさー。
うざいから別れるって言っちゃった!!」
そこまで言い切って、恵美が椅子に座り直す。
恵美は勉強をしながら、電脳OS経由で彼氏が持つタブレットとメッセージのやり取りを行っていたのだ。
「えっと、ごめんね?
僕が突然泊まりの誘いをしたばかりに」
そう艦治が謝ったのを見て、今度は亘がテーブルを叩いて立ち上がった。
「いや艦治、それは違うと思う!
浮気を疑うのはまだしも、下着姿の写真を送れだとか、今すぐ家に来いだとか言うような男は碌な奴じゃない!
そんなの別れて当然じゃないか!!」
拳を握り締め、亘が恵美を見つめる。
「もしそいつが嫌がらせやストーカーみたいな事をして来たら、僕に言ってくれたまえ。
絶対に藤沢さんを守ってみせる!!」
恵美は亘をぼんやりと見つめ返す。
すると、つつつっと恵美の目から涙が零れ落ちた。
「ええっ!? すまない、僕は決して藤沢さんの男を選ぶセンスがないとか、男運がないとか、ダメンズウォーカーだとかそういう事が言いたいんじゃなくって……」
「ぶふっ……!!」
恵美が亘の冗談とも本気とも取れない言葉を聞き、思わず吹き出して、盛大に鼻水を垂らしてしまう。
「あっ、えっと、ハンカチ……、がない!?」
いつもハンカチを持ち歩いている亘だが、今はナギが用意した服を着ており、ナギもハンカチまでは用意していなかった。
「あぁもう! ここで拭きたまえ!!」
着ているTシャツをびろーんと伸ばして、亘が恵美の顔を拭こうとする。
「いやいや、それはダメでしょー!
あ、それとも何? 俺の胸で泣けーって事?
失恋して弱ってる私を口説こうとしてるんだー!!」
「あ、いや、そういう訳では……」
素に戻った亘が、恵美の照れ隠しの冗談を普通に否定してしまう。
否定された事で、恵美の感情がまた悲しい・辛いに切り替わってしまい、涙が次から次へとぽろぽろと溢れ出てしまう。
「あぁ、えっと、あのっ、その……」
「…………もぉ嫌ぁーーー!!」
わたわたしている亘に背を向けて、恵美がテラスの手すりに走り寄る。
「藤沢さん、何をして……」
亘が追いかけようとしたところで、恵美が手すりに足を掛けて湖へと飛び込んでしまった。
「えぇっ!?」
ざっぱーーーん!!
亘が手すりに捕まって湖を覗き込むと、水しぶきが上がった水面が見えるだけで、恵美の姿が見当たらない。
「亘、追いかけろ!」
「今なら間に合う!!」
「わわわ分かった!!」
艦治と良光の勢いに乗せられて、亘が手すりを乗り越えて湖へと飛び込んだ。
ざっぱーーーん!!
水中で恵美を探そうとする亘だが、テラス周辺に待機していたイルカに突き上げられて水面へ浮上してしまった。
「ぷはっ!! 藤沢、どこだ!!」
亘が立ち泳ぎをしながら恵美を探す。
「ここだよー」
声がした方を見上げると、イルカに跨った恵美が手を振っていた。
「無事だったのかい? 良かっ……」
恵美の無事を確認した亘だが、水に濡れた恵美のTシャツが透けて張り付いて、黒い下着のようなものが見えてしまったので、顔を背けた。
「え? どしたのー?」
「いや、大丈夫だ! 飛び込んだ時に眼鏡がどこかに行ってしまったから、僕は何も見てない!!」
そんな紳士的な態度を見せる亘だが、恵美はその態度がお気に召さなかったようだ。
「千石君? 人の下着姿見といてさ、何もなかった事にする気?
私、見られちゃったんだよー?」
「いやその、すまない……」
決して何も悪い事をしていないはずの亘だが、ここは謝るべきだと判断したようだ。
「私、彼氏と別れたばっかだけどさー。その元カレにも見られた事なかったんだよね……。
責任、取ってくれるー?」
「いや、そういうのは良くないと思う。お互いの事を知らな過ぎる。
まずは同じ時間を過ごして、相手の事を良く知る事から始めるべきじゃないか?」
「ぶふっ!!」
恵美の問い掛けに対し、真面目な表情で答えた亘だが、その言葉を聞いて恵美がまた吹き出してしまった。
「ふふふっ。これ、実は水着なんだよー」
そう言って、恵美がTシャツを捲って黒いビキニを見せる。
恵美はどうせ湖で泳ぐだろうと、Tシャツの下に着込んでいたのだ。
「……男にとってはそれほど大きな違いはないけどね」
亘の言葉を聞いて、恵美が顔を真っ赤にしてTシャツを下げて胸を腕で身体を隠した。
「やっぱり責任取ってね!!」




