魔将軍と罪の追及
オリアナ様は静かに語り出しました。
「私もヴェルも殺してしまいたいのよね?それならこの子がお腹にいる時に、さっさと殺してしまえば良かったのではありませんか?」
ぉお…オリアナ様…直球ですね。ロブロバリント様は仄暗い目で、オリアナ様を見つめています。怖っ…
「さっさと殺しては…この私の気が済まない…苦しんで苦しみ抜いて絶望させてやろうと思った」
ロブロバリント様の返答に、オリアナ様は思わず後ろによろめきました。ヴェル君が支えています。
歪んでるわ…どこで躓いたらこんな風になるものなのでしょうか?私は完全に臨戦態勢になり口撃を開始しました。許しませんよ…転生のプロの底力を見よ!
「気が済まないってなんですか?そんなのあなたの勝手な言い分じゃないですか?オリアナ様を憎むくらい嫌いなら、何故関わってくるのですか?嫌いならこちらに近づかないで下さい。ああもう、近づくことはないですね。他国の王子殿下に危害を加えようなんて不敬罪ですよ。私はばっちり見ていたので証言致しますよ?良かったですね、これであなたの嫌いなオリアナ様とヴェル君に二度と会えませんね。さようなら~そしておめでとうございます」
ロブロバリント様は怒りのためか真っ赤になり唾を飛ばしながら喚き散らしました。
「わたっ…私を誰だと思っている!?」
「知りませんよ。なにせ庶民なもので。私の目には痩せて不健康なおじさんにしか見えませんけど?」
ブブッ!!とラヴァ様とルーイドリヒト王太子殿下が吹き出しました。二人とも咳払いをして誤魔化しております。
まだまだ休む暇を与えませんよ。
「そもそも、ヴェル君に聞いた所によると、モーナルカルタとかいう有名な医術院を卒業されているそうじゃないですか?しかもガンドレア帝国の第一魔術師団長、おまけに公爵様。なのにどうみてもおひとり様ですよね?あ、おひとり様という蔑称は、私が独身の寂しい単身者を揶揄する意味で呼んでいる別称なのですが、もちろん独身でしょう?そうですよね?オリアナ様追いかけるのとヴェル君のいやがらせに忙しい人が婚姻なんてとてもとても…わざと婚姻されてないのでしょう?まさか全然モテないとかは無いですよね?だって第一魔術師団長ですものね。孤独でモテないおひとり様なわけありませんよね~」
ロブロバリント様は真っ青になってブルブル震えています。
さあ、反撃してみなさいな!
もう堪えることなく王太子殿下、ラヴァ様、サバテューニ様まで笑い出しています。
「なんだっ小娘ぇっ…貴様っ私が呪術で呪い殺してやってもいいのだぞぉ!」
「お生憎様です。今あなたが入っている檻は私が制作しました。あなたの呪術は無効化されていますから、そこで何を喚こうとも私には堪えません。しかも、あまり騒がれてうるさい場合は、静かにさせる魔法を檻内に仕込んでおります。眠るように静かになる魔法なので一瞬で終わります。安らかに静かになれますので試されますか?」
ブフォ…ゴホンゲホンと笑いと咳払いが聞こえました。今度はパッテジェンガ将軍閣下が思わず吹き出したようです。
「それにオリアナ様の魔石ですがどうやってお腹に入れたのでしょうね?開腹手術の跡は無いので、まさか肛門からでしょうか?しかし、腸や小腸に傷は無いのですよね。と言う訳で私は一つの仮説を立てました。オリアナ様を眠らせて、防御魔法で包んだ魔石を胃内へ転移させる。モノを転移させるおまけに人体を通すという前代未聞の術式ですが転移先に傷さえつけなければ、出来ないことではない。転移させてから防御を解術すれば、胃の中で魔石に包まれた魔法陣は胃酸で溶けることなく体内で効力を発揮し続ける。どう間違っていますか?」
ロブロバリント様は唖然としています。今度はギャラリー(王太子達)から笑いは起きません。
「娘…お前も…モーナルカルタの出身なのか…」
そんなにモーナルカルタてすごい学舎なのだろうか?小学生の理科程度しか教えてなさそうだけど…
「先ほども言いましたが私、庶民ですよ。まだお若いのにボケて来ているのですか?あっご存知です?加齢による物忘れと違って進行性の認知症の病があるのですよ。これは若年性のものも、まれにあるそうなのでロブロバリント様も若年性の方のご病気かもですね?明日にはオリアナって誰?て言っているかもですから、これまた良かったですね。憎らしいオリアナ様の事どんどん忘れて行けますよ」
「どうして…そんな…ことが分かるのだ…あれは2年もかけて開発した魔石なのに…」
しつこいおじさんですね。この魔術師団長は…
「どうしたもこうしたも…ヴェル君の魔術式盗んだくせに偉そうですね。なぁにが開発ですか。ただヴェル君の魔術式を描き写しただけじゃないですか?描いた魔術式を魔石に詰めただけなのに偉そうにっ!」
ロブロバリント様は俯いていたがポツンポツンと話し出しました。
「あの魔術式を見た時…私は心底震えた…このヴェルヘイムという天才に…魔力を体内から排出だって?誰も考え付かない…術式だった。悔しくて羨ましかった…誰も作ったことの無い魔法を生み出せる才能…腹が立った…何故これがオリアナの息子なのだ…と」
なんとなく…ですがこの事件というか…愛憎劇?の本質がみえてまいりましたよ。
「ヴェル君」
突然、私に呼びかけられたヴェル君は慌てております。
「な、なに?」
「ヴェル君がラブランカ王女殿下に言い寄られ始めたのって、確かヴェル君が18才の時でしたよね?」
「あ、うん授与式だったと思うから…」
「4年前ですか…ふむ、では少なくとも5~6年前に何かありました?ロブロバリント様?」
ロブロバリント様はギクンとなった。明らかにその5~6年前に反応しています。
「オリアナ様…」
「は、はいっ!なぁに?」
オリアナ様も慌ててます。親子でのほほんとしておられたのでしょうか?
「人間て自分が幸せな時は周りが気にならないそうです。そしてある日、自分が不幸せになった時、途端に周りの幸せな人達が気になりだすそうです。ロブロバリント様はオリアナ様と婚約破棄をされた時も、そしてヴェル君が生まれた時も、励ましてくれて心配してくれたと…オリアナ様はおっしゃっていましたね?」
「え…ええ。本当に親身になって協力してくれたのよ…子供の時のヴェルにも良くしてくれたわ」
オリアナ様は昔を思い出しているように、噛みしめながら言葉を紡ぎます。
「ヴェルに魔術師団に入らないか?て聞いてもいたわね、ヴェルったら体を動かす方が好きだから軍隊に入るんだって言って…グーデすごく残念そうにしていたのを覚えてるわ…」
私はロブロバリント様を見つめます。少し魔力の波形が落ち着いて来たかな?よしよし。
「そうおそらく…ヴェル君がまだ子供の頃にはロブロバリント様も、お二人には優しい気持ちで接していられた。まあそこそこにお幸せだったのでしょう。ところが…ヴェル君が19才になった辺りから偽魔将軍が戦地で見かけられるようになりました。ルーイドリヒトお義兄様、これは間違いありませんね!」
「ん?うぐ…ぁあ…まちがいない」
ちょっとっ!人が真面目に話しているのにバナナタルト食べていましたね。ヴェル君が鋭い目で睨んでいますよ?
「私の推察ではその19才より前に…その偽魔将軍はすでに偽物として動き出していたと思われます」
「どうして?そう思うの?」
オリアナ様がコテンと小首を傾げました。
「ヴェル君が以前こう話していました。『遠くからしかお会いしたことない、会話などしたことのない』…そうラブランカ王女殿下をそう評されていました。ところがルラッテさんは当時ヴェル君からこう話を聞いたと記憶していました」
急に話に出されたルラッテさんはびっくりして、持っていたお盆を机の角にぶつけています。驚かせてすみません。
「『18才の時に魔物の群れの討伐から帰ってきたら、初めて話をしたはずなのに、いきなり馴れ馴れしかった』と…お気づきですか?私はこの話は18才の授与式の話かと勝手に思い込んでいたのですが、ルラッテさんは魔獣の討伐から帰った時、と記憶されています。ヴェル君は当時、こうも証言されています『戦場から1年ぶりに帰ったばかりで疲れていた…』そして、今朝、軍法会議ではこうおっしゃっていました。『魔術害獣討伐部隊は殉職者も多く、常に人手不足』この状況から鑑みてヴェル君は常に疲弊しており、ルラッテさんに何気なく話されたこのことを、言ったご本人も忘れていたと思われます」
私は一旦会話を止めてルラッテさんとヴェル君をみました。二人は深く頷いていらっしゃいます。
私は頷き返しました。
「ヴェル君は、ラブランカ王女殿下とは授与式が初めてまともに会ったと思い込んでおられましたが、実は魔獣討伐…おそらく授与式以前にもお会いしていたと思われます。ヴェル君は疲れていて忘れておいででしたが…で、私はこの18才は18才でも授与式と魔獣討伐時期は数か月幅のある18才だと思っております」
今まで大人しくお菓子を食べていたと思われるフィリペラント殿下が声を上げられました。
「そうか!18才でも18になり始めの頃かもしれないという事だね?つまり4年より前にすでに、ラブランカ王女殿下はヴェルと馴れ馴れしくなる出来事があったわけだ!」
「でも俺は…知らない」
ヴェル君はラブランカ王女殿下のお顔でも思い出しているのかもしれません。苦々しい顔ですね…
「だけど…王女殿下はヴェル君を知っています」
皆さん息を飲まれています。気づかれましたね。そうラブランカ王女殿下とロブロバリント様の事件は一本の線に繋がっていたのですよ。
「ラブランカ王女殿下は偽物のヴェル君…魔将軍と会っていたのですよ」
またもサスペンスになりました。
崖の上にヴェル君に立ってもらいましょうか。




