魔将軍と偽魔将軍4
ヴェル君がどんどんオバカキャラ化しております
「戦闘…にはならないと思うけど…危ないからダメ」
「どうしてですかっ!関係者ですよっ!」
ヴェル君は準備を整えて到着された、フィリペラント殿下から術用の術紙と魔法ペンを借りると魔術式を書き始めました。うむむ…難しい術式…でもコレ…
「ヴェル君これ、幻視の術ですか?」
「そう、術紙に書けばその場に長時間固定で発動出来るから…」
「これ、エーマントで使うのですか?」
「そうだ…カデちゃんがさっき出してたドーナツで思い出した」
「思い出す?何をです?」
すると、ヴェル君はペンを動かしていた手を止め、遠くを見つめました。私達の周りにはすでに準備を終えた方々が集まってきておられます。
「あれは俺が5才くらいの時か…父上が俺にいいもの見せてやるぞ…と言って術を展開したんだ…」
「ポカリ様が?」
「俺はソレを見た恐怖を忘れられない…今でも夢に見る」
えええっ!ヴェル君がですかっ!?ちょっとポカリ様何してくれちゃってますの!?
「術で出てきたのは何だったのですか?」
目が大きくすごく可愛い、魔術師団のローブを羽織った男の子が聞いてきた。
ちょっと…!魔術師団って顔の審査があるんですか?最低合格ラインはアイドル顔じゃないとダメだとかっ?
「君は…神聖期物語は読んだことはあるか?」
「はいっもちろんありますよ!子供の時はあの冒険譚は必ずと言っていいほど読みますよね~」
私達の周りに居る他の魔術師団の方々もウンウン頷いています。
「あの物語の中に…ドラゴン…聖龍が出てきた件は覚えているだろうか…」
「え?え~と『天高く遥か彼方から見下す二対の瞳。瞳は赤々と光り、大きく開け放たれた口からは無数の牙が見える。時折心臓を潰さんほどの咆哮を上げ、爆風を上げながらその聖龍は眼前に降り立った。』でしたか…?」
すごい記憶力。私の後ろから「完璧だ…」「そうそう、それ」とかの声が聞こえます。
「それが出てきたんだ…」
「「「え?」」」
ヴェル君に一斉に皆が聞き返しました。
「父上の出した術でその聖龍が出てきたんだ…目の前に…咆哮を上げて…」
ぎゃああぁぁ!ド、ドラゴンですよね?山ほど大きなアレですよね!?
周りの術士の皆様からどよめきが起こっております。
「ドラゴンだとっ?」
「どうやって出したんだ?」
ヴェル君は再び術式を書き始めた。
「今でも子供にアレを見せる父上は鬼畜だとは思うが…」
「お気の毒です…でもドラゴンとは、生き物の召喚は古代魔術では出来ていたらしいですが…現存する魔術師で成功された方はいませんよね?しかもドラゴンはもう絶滅したと…」
フィリペラント殿下がそういうとヴェル君は書きながら、うん…と相槌を返しました。
「俺も5才の時は恐怖で失神して……失禁して、最近まで心に封印していたので忘れていたが…」
ヴェル君っっお漏らしなんて…更にお気の毒っ!ポカリ様めえぇぇ…
周りの皆様からも
「5才の子供じゃそうだよな~」
「辛すぎる…」
「逆に俺はみてみたいけどさ~」
とか反応は様々です。
「さすがの父上でも、あんな大きな生き物を召喚は出来ないと思って…よく考えてみたらあれも幻視の術だったのではないかと気が付いたんだ…」
「幻視の術!そうか!」
「でも、気が付いたことでもっと恐ろしいことに気が付いたんだ…」
「「何に?」」
皆様の声が重なります。
「幻視の術をかける際、術者が一度でも見て、記憶したものしか再現出来ないことを…」
魔術師団、そして騎士団でお話に加わっていた方々は無言です。恐ろしい真実に気が付きました。
「父上は見たことがあるんだ…ドラゴンを…今でも恐怖で引きつけを起こしそうだ…確かめるのが怖い…正直、幻術でしか見たことが無いよと言って欲しいところだが…あの人の場合、すべてが規格外だから…もしかしたらドラゴンと友達かもしれんし…」
ひえぇ…!でも、まさか~とは笑い飛ばせない。なんてったって魔神様だし。
「とにかく、カデちゃんのドーナツを見て俺もドラゴン出してみようかな…と思って」
か、簡単に言いますけど…ドーナツとドラゴンじゃ似ているのは語感だけで、大きさでは天地ほど差がありますがぁ?
「あの…ところでヴェルヘイム様…」
おずおずと人垣に後ろの方からロージ様のお声があがりました。
「その、戦地に赴かれるのに…普段着は不味くないですか」
ハッとしてヴェル君を見れば市場で購入したTHE庶民服です。一応、昨日購入した剣は帯刀してますが…あまりにも遠足気分じゃございませんこと?
「ヴェル君、着替えましょうか?」
「嫌だ」
「幸いにもロージ様と体格が似ておりますし、簡単な鎧などお借りしては…」
「断る」
「ヴェル君…脱ぎなさい」
「絶対ダメだっ」
「ヴェル君の考えていることなど、まるっとお見通しなんですよっ!そのジャケットの内ポケットからお菓子をくすねるつもりなんでしょう!」
「なんと…!」
「ああ!それでかっ!」
事情を知っているロージ様とロアモンド様が周りの方々に説明なさっています。そんな馬鹿馬鹿しい理由をわざわざ教える必要もありませんよっ!
「わ~ヴェルヘイム、僕にもポケット見せて下さい」
「閣下、すみませんが…レイゾウハコの中のカラメルプリン、私も分けて頂きたいのですが…」
こらこらこらーー!
フィリー殿下もロアモンド様もっ!それにさっきの可愛い魔術師の男の子もっちょっと、何っヴェル君、マジックみたいにチョコクッキーの袋を出しまくってるんですかっロアモンド様も大人げないですよっプリン3つも独り占めかいっっ!
「そもそもおかしいですよっ!私、チョコクッキーは確かレイゾウハコには入れてませんよ!?」
ヴェル君のジャケットを脱がそうと、ヴェル君の袖口をギュイィと掴みながらそう叫ぶと、ヴェル君は気まずそうに視線を彷徨わせました。
「何かしましたねっっヴェル君ッ!」
「…出かける前にルラッテに…」
「ルラッテさんにぃ…何です!?」
「カデちゃんの手作りのお菓子は全部レイゾウハコに入れておいてと頼んだ」
な、なんでそんな…なんてばかな…
「そんな…そんなっ…そんな馬鹿馬鹿しいことにっ頭を使う暇があるのならっもっと為になることにお使いなさいなっ!戦地に菓子など必要ないでしょう!」
「俺には必要だ」
「何をキリッとして無駄にかっこいい顔で馬鹿馬鹿しいことを発言しているのですかっ!」
「まぁまぁ…カデリーナ様落ち着かれては…」
「ロアモンド様とて同罪ではありませんかっ!人様の家のレイゾウハコの中を漁るなんてっ騎士あるまじき行いですよっ!これは盗人と同じではありませんかっ!」
「なんだか、騒がしいなぁ~」
そこへ準備を終えた王太子殿下と、ルヴィオリーナ妃殿下、そしてキャッキャと声を上げながらフェルトと戯れながら転がるようにしてリヴァイス殿下が現れた。
「おはよう、カデリーナ」
「おはよう…ございます、ヴィオお姉様…」
ヴィオお姉様は日の光を浴びて今日も眩しい生き物の本領を発揮しておられます。
ヴィオお姉様はその場に居た兵士の方々にお声をかけながら、真っ直ぐにヴェル君の前に向かって行きました。
「ヴェルヘイム様、おはようございます」
「ルヴィオリーナ妃殿下、おはようございます…」
お姉様はサッとヴェル君の前で手のひらを差し出しました。お姉様、何?
「さっさとカデリーナのお菓子をお出しなさいな。知っていましてよ?その内ポケットから、レイゾウハコに時空間結合で転移術を発動させているのを、さぁ!」
「お菓子はもう無い…」
「なんですって!?」
お姉様はヴェル君の言葉に、瞬時にロアモンド様に視線をやりました。ある意味お姉様鋭いです…ロアモンド様は持っていたプリン3個を何とか隠そうとされておられました…イケオジ騎士のイメージダウンですわ…
「ロアモンド、寄越しなさい」
「…こ、これは…」
「寄越しなさいっ」
哀れ、ロアモンド様のカラメルプリンはお姉様に没収されてしまいました。そしてヴェル君が取り出したチョコクッキーもほとんどが回収されていきました。でも、私は知っています。フィリペラント殿下が二袋隠し持っているのをっ…!
やがて皆様が転移門に入られて行きます。ヴェル君も順番待ちです。
ヴェル君はものすごく萎れています。大きな背中を丸く縮めて…ものすごく哀れです。お菓子を没収されたのが相当堪えているようです。もう…仕方ありませんね~うちのヴェル君はっ。
「ヴェル君、分かりました。私は留守番しますね。だから…」
ヴェル君の耳元で囁いてあげました。
「時々はレイゾウハコ覗いて下さいね。バナナタルト作っておきますから!」
ヴェル君に力いっぱいに抱き付かれました。いやいや…もう皆見てるし悲鳴?冷やかしの声とか…すごいですから…
また乙女寿命が10才は縮みましたから……
らっとラブコメらしくなってきました…か?




