魔将軍と魔術師団長1
いつもありがとうございます。
「…んぁ…んん…ふぅ……はぁ……んっ…」
本日
まだお昼前ですが、色っぽい声が室内に響き渡っております。声だけ聞くと、非常に如何わしい行為に及んでいると、誤解を招きそうです。
ヴェル君は少し首元を反らし気味で、ソファの背もたれに頭を乗せています。顔は眉根を寄せて何かを耐えておられます。
何度も言いますが、非常に如何わしい行為に及んでいると、誤解を招きそうです。
「ヴェル君、痛いですか?大丈夫でしょうか?」
「いや…ふぅ…ん…大丈夫だ。続けてくれ」
痛いのではないのかな?
私は再び奴隷印の解術に取り掛かりました。
奴隷印とは…
古代語魔術で作られた昔からある術式であります。500年以上前に作られたとかで、今では解術の方法すら分からない…一度体に印を刻まれたら二度とは消せないと言われております。
まぁ私は消せますけど?これこそ異世界チート、神のご加護ですね。
ゆっくりと私の魔術を流しながら術式の中のヴェル君の魔力を引き出して、複雑に絡み合った古代語魔術の、魔力因子を解いて行きます。
時間はかかるけど、なんとかなりそう…よし…半分は解けた。
「ヴェル君…お腹空いたと思いますけどもう少し我慢して下さいね。あ、それともクッキー食べますか?」
私は茶請けとして出していた、昨日焼いたクッキーをヴェル君に手渡そうとお皿を手にしました。
「どうぞ、ヴェル君」
器ごとヴェル君に差し出すとイヤイヤ…とヴェル君は首を振りながら
「カデちゃん食べさせて…」
と言いました。
……おいコラーーーーッ!
なにかのプレイでしょうか?これが良く聞く(目撃した)『あーん』というものでしょうか?私、どうしたらいいのでしょうか?ちなみに右腕は治療の為に使っていて生憎、塞がっております。
「カデちゃん……」
催促するように名前を呼ばれます。ここに来て彼が、天然のあざと可愛いさを最大限に利用してきているようです。
仕方ない…イケメンは正義です。あざと可愛いのは世の理です。
震える手でクッキーを掴むと、ヴェル君の口許へ近づけました。ヴェル君が色っぽい目で、こちらを見ています。
コッチ見んなーーっ!
「はぃ…あ~ん」
情けないことに声が震えてしまいます。長ーい長ーい転生人生で初の『あ~ん』です。人生何が起こるか分かりませんね…
ヴェル君はゆっくりと差し出されたクッキーを咀嚼しています。ちょっと笑っていますね。お味はいかが?スイーツ男子のお眼鏡に適いましたか?モグモグと口を動かしながら、ヴェル君はクッキーを口に納めると、なんとそのまま私の指先をペロリペロリとしゃぶり始めました。
「ヴェ!?」
その時、私達の座っているソファの前にいきなりポカリ様が立っていました。
……逃げられません……現行犯逮捕です。
背中を冷や汗が伝います。
ポカリ様が金色の瞳が大きく見開き、ヒュッ…と息を吸い込みました。
「オリアナちゃーーんっオリアナちゃぁぁんん!ウチのヴェル君がぁカデちゃんに襲われてるよぉぉぉ!」
ぉおいいいいっ!なんでそうなるーー!?
ポカリ様がぎゃいぎゃい大騒ぎし、すっ飛んできたルラッテさんに、事情を説明して…なんとか場は収まりました。当のヴェル君はまだ悩ましげにソファに座ってはぁはぁ言っています。
「カデちゃん…うちのヴェル君になにしたのぉ~~?」
「いやいやいや…潔白ですっ!如何わしい事は何も…ただ奴隷印を解術しようとして…」
「解術…ふ~ん」
ポカリ様はヴェル君の傍に行くと奴隷印に手を置きました。
「おお~半分くらい解けてるね!さすがカデちゃん!あぁ~でも…なるほどなるほど、これでかぁ…こりゃヴェル君も参るよね~こりゃダメだよぉ~」
何を一人で納得しているのですか?どういうことですか?
「解術の時にカデちゃんの魔力が大量に、ヴェル君の体内に流れたのね。つまりカデちゃんに酔ってるの~。体中にカデちゃんの気配と魔力が充満してると思ってみて~男の子にはキツイよぉ~~」
なんだか良く分かりませんが、勝手に何かをヴェル君に与えてしまったようです。
「ヴェル君ごめんなさい、え~と不可抗力です…」
「こっちこそ…すまない…」
ヴェル君はしどけない姿のまま、なんとか私の方を見られました。
「どうしましょう、無理出来ませんよね…今日はここまでにしますか?」
「いや…このまま続けて…くれ。明日もこれが続くのは…正直…辛い」
私はヴェル君にとんでもない苦痛を与えていたことに愕然としました。軽い気持ちで解術なんてしちゃいけなかったのですね…
「いやぁ?カデちゃんの考えている苦痛とちょっ~と違うと思うよぉ~?」
「とにかくお辛いことには変わりないじゃないですかっ」
私は目に涙を溜めながら、ヴェル君の横に座りました。
「ヴェル君…もう少し我慢して下さいませ…ぐすっ…」
ヴェル君ははぁぁ…と大きく息を吐き出した。
「父上…もう…どうしたら…いい?助けて…」
「うんうん、辛い辛いね~ヴェル君耐えろっ~ぐっと我慢だっ」
そ、そんな…っ!目の前に治療術士の私が居るのに…ポカリ様を頼られるなんて…
「ああぁ…違う違うよぉ~カデちゃん、え~とそういうのではなくてねぇ~」
ポカリ様の顔も見れません。何よっ父親だからってっ私はとうとう我慢出来ずに涙しながら、ヴェル君の奴隷印に手を置きました。
「ヴェルく…ん、早く終わらせますから…痛くしません…から…」
ぐぅぅ…とヴェル君の唸るような声が聞こえます。怖くて顔を見れません。
早く早く…焦るように解術をしていて、いつの間にかいなくなっていたポカリ様に気が付いた時はお昼を随分過ぎた時でした。
ヴェル君の奴隷印は綺麗に消えました。
本当にホッとしました。ですがヴェル君はまだ呼吸が荒いです。どうしましょう…もしかして長時間解術をしてはいけなかったのでしょうか…怖くて情けなくてヴェル君の顔がまともに見れません。
私はそのまま逃げるようにキッチンへ走り込みました。
何かをして気を紛らわせねば…とりあえずお昼を食べ損ねたので、おやつ代わりにパンケーキを焼くことにしました。無心に生地を混ぜて、焼き上げていると少し気持ちが落ち着いてきました。
別にポカリ様と張り合う必要は無かったよね。だって腐っても父親だもんね、そりゃ辛かったら頼るよね…うん。自分が頼られなかったって拗ねてるだけだね…私。
「カデちゃん……ここに居た…」
ヴェル君がふらつきながらキッチンに入って来ました。
「動いては…!」
「大丈夫…頭が大分はっきりしてきた」
「頭が…?」
「解術中、朦朧としていたんだ…そして…まぁ…色々障りのあることを妄そ……考えてしまったりして…とにかく意識はしっかりして来たから…ありがとうカデちゃん」
ヴェル君はいつもの優しい笑みを浮かべています。あぁ、怒ってない?…また泣きそうです。
「ちょ…ちょっと待った……えっと、落ち着いて、うん。そうだ、パンケーキ食べていい?」
ヴェル君は何か大慌てですね?どうしたんだろう…
キッチンのテーブルでヴェル君にパンケーキをお出しした後に、残りのパンケーキを焼き上げてオリアナ様とルラッテさんに差し入れました。
「お昼ごめんなさい、お待たせしてすみません」
「ヴェルの治療をしていて長引いたのでしょう?構いませんよ、ありがとうカデちゃん」
オリアナ様には奴隷印のことは言わなくてもいいですよね…きっと知ればショックだろうし、もう消えているのだから…ね。
「ねえ、カデちゃん」
オリアナ様はパンケーキを上品にお口に運びながら静かに…何かを決意したようなお顔をされています。
「私、グーデ…グーデリアンス=ロブロバリント魔術師団長にお手紙を出そうかと思うの…『カステカート王国のアンカレドのとても優秀な治療術士様の所に居ます。息子のヴェルヘイムも一緒です。二人ともその術士様に病気を治して頂いてとても元気なりました。』って、そうしたらグーデはどうすると思う?私なら急いでこちらに来ると思うの。だって元気になられたら困るものね?そうでしょう?そして確かめたいと思うもの、本当にヴェルかどうかと、ね」
オリアナ様は悪戯っぽく微笑んでいらっしゃいます。
「それでカデちゃんも巻き込んじゃうけど、構わない?これだけ餌を撒けば食らいついてくれると思うのだけど」
オリアナ様はコテンと小首を傾げました。
つ、強いなぁ…本当は強くないかもだけど強くあろうとしているのですね。
よぉおおし!
「もちろんいいですよ!」
もう一人の腹黒様がお城でソワソワしているようだ。
→構う
→構わない
もう少しソワソワしていてもらう予定です。




