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ぺんぎん・らいふ  作者: 朝野りょう
ぺんぎん・らいふ+(プラス)
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29.キタミの希望は?(2)


 キタミは小さく笑みを浮かべて私から手を離した。

 顔は笑ってはいるけど……。


「また、明日」


 そう言って、私に背を向けて帰ろうとするので。


「ち…………ちょっと待ったーーーーっ!!」


 私はバカみたいに大声で片手を突き出し、キタミを引き留めていた。

 女子高生が何をやってんだの図。


 帰りかけたまま私を振り返り、固まるキタミ。

 そして、私は何も考えていなかった。


「えっと……えー……、もうちょっと、こう……その辺を歩かない?」


 気のきいたセリフはなかったのかと自らつっこむけど、ない。

 そんなセンスを自分に求めても無駄だ。


 キタミはというと、少し考えるような顔をして、


「うん」


 と頷き、微笑んでくれた。


「鞄、置いてくるから待ってて!」


 私はダッと玄関に走ってドアっを開け、玄関先に鞄を置く。そして、慌てて鍵をかけるとキタミのもとに戻った。

 まだうちの前に立っていたことにホッとする。

 頷いたキタミが何も言わずに帰ったりするはずないので、慌てる必要なんてないはずだけど。気が焦るのは、さっきの事故の余韻からかもしれない。


「じゃ、いつもとは違う道を歩こうか」


 キタミはそう言って私を促した。

 私は隣に並んで同じ方向に歩き出す。

 そうしながら、何を話そうかと頭の中はフル回転。


「えっと、見学者に私の姿が見えないのはどのあたりまで?」


 私はせっかく見学者達にこの姿を見られないよう二日間頑張ったのだから、ここで見られるのは本意ではない。

 キタミはやめようと言ったけど、私は最後までやりきりたいと思っているのだ。


「そうだな……。それなら、タクシーを呼ぼう」


 ん? タクシー?

 と思ったとたんに視界が変わる。


「ヘィ、ラッシェーっ」


 景気のよい片言日本語の宇宙人タクシーさんの声に迎えられ、私は青い空を背景にした観覧車のゴンドラ内みたいなところに立っていた。

 前にプールから駅に送ってもらったタクシーと同じサイズっぽいけど、内装はダークブラウンで前よりシックな印象である。

 一瞬で乗り込んでいるっていうのも凄いけど、それに驚かない自分も結構慣れちゃったんだなと思う。

 これなら、私が宇宙人達のアイドルとして注目を浴びなくなる日は案外近いかも。


「これなら見学者達に見られることはないよ」

「あ、うん、ありがとう」


 キタミが座ったので、私も向かい側に腰を下ろした。

 柔らかいソファに身体が沈みこむ。これは人をダメにするソファだ。なんて快適。


「ごめんな、佐保。俺に言いたいことがあったんだよな?」

「う、うん。そう」


 ソファに癒されてる場合じゃないぞ、私!

 沈んだ表情をしているキタミを前に、シャキッとしなければと座りなおそうとするも、無理だった。

 これは人をダメにするソファ。たぶん、今の私の姿は偉そうに座っている人でしかないはず。

 キタミは背中をもたれさせず、やや前屈みの悩める姿勢なのだけど、私にはどうすればそう座れるかわからない。

 しかし、そんなことで悩んでいる場合ではないので、私はその姿勢のまま口を開いた。


「あのねっ、同調して登校するの、やめなくていいんじゃないかなって。車が突っ込んできて事故に遭いそうになったのは災難だったけど、私は補助バンドがあったからジャンプして避けられたし、危ないって思った時に車を凹ませるだけのパワーが使えるのを実感できたし」


 自分の口からスラスラと言葉が出てくことに驚く。

 私はあまり深く考えずに喋った方がいいのかもしれない。


「私は全然大丈夫だったから」

「佐保が危なかった時に、指輪が全く反応しなかった。今回はたまたま無事だったけど、次もそうとは限らない。渡航者へは反応しても、自然災害が相手だと効果がないのなら……」


 キタミは指輪が何もしなかったことを問題視しているらしい。

 今回の事故は、キタミにとっては自然災害なんだ……。

 それは宇宙人の定義上のことだからスルーしておくとして。


「キタミは車が私達の方に来てるってわかってたよね? どうして逃げなかったの?」


 私はキタミに尋ねた。

 車に気づいた時、私は自分じゃなくてキタミが危ないと思った。

 指輪が反応しなかったというけど、動かないキタミを助けたくて車を踏みつけて、キタミをその場から押しのけようと突進した私をちゃんとサポートしてくれたと思う。

 それより、私には避けようとしなかったキタミの方が問題だ。私を庇おうとしていた、とか?


「それは……佐保がどう動くかわからなかったからだよ。佐保の指輪から生命危機反応がなかった」

「私は、あの時、自分が危ないとは思わなかったかも。だって、車はキタミの方が近かったでしょ? キタミが危ないと思ったんだけど、そういうのは指輪の反応だと生命危機?的じゃないのかも」


 私の言葉にキタミはぽかんとした。

 そんな顔も当然ながら超イケメンなんですが。


「え? 俺が、危ない? どうして?」


 え? どうしてって。え? キタミって、宇宙人って不死身だっけ?

 いやいや、人間でしょ? 人間だよね?

 管理局員の海東さんはお腹を打撲して痛そうだったし、沖野も骨を折って……。それを二人とも喜んでいた、けど。

 あれ? 私、何か間違ってる?


 ポカンとしたキタミの前で、たぶん、私は間抜けた顔をしていたに違いない。

 キタミの後ろを飛行機雲がすーっと横に伸びていくのを見ながら、私はぼんやりそう思った。


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