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CGD5-③

 哀華さんが走り出すと、その後ろ姿を追って私たちも三たび走り出した。前線へと向かう途中私たちの進路をやはりエーテルが邪魔してきたが、今度はそれを遠方から佑紀乃さんが狙い撃ち、やつらを悉く沈めていった。


『佑紀乃さん、ありがとうございます!』

『ういうい』


 こちらはこちらで相変わらずの佑紀乃節だが、彼女の落ち着きは私の精神にとっては安定剤のような働きがあるので非常に好きだったりする。


 ……と、ここまでは個人の能力が普段通り問題なく発揮されているのは間違いない。それは当初想定していた通りの結果だ。

 だが本演習での本題はそこではなく、注目すべきは言うまでもなく各人の連携にある。普段の作戦においても私たちの連携は完璧とは言い難い。それが、別の陣形になればどうなるのか? それを確かめることが今回の訓練の主目的なのだ。

 だが案の定、この後連携面で様々な問題が露呈することとなった。その原因はやはり、主にコミュニケーション不足なあの二人によってもたらされたものであった。


「くっ!? 次から次へと!」


 前線付近へと上がった私たちは、次から次へと襲い来るエーテル相手に奮闘している琥珀さんの姿をその目に捉えた。彼女はやつらをなんとか退けているが、徐々に押され始めていることは明白であった。


『琥珀さん! 独りで無理しないで、もっと周りをよく見てください!』

『……分かってる』


 私の通信に対し素っ気なく答える琥珀さん。だが残念ながら、今の琥珀さんが周りをしっかり見ているとは到底思えない。私は堪らず同じ前衛である守さんにSOSを発信する。


『守さん! すぐに琥珀さんの元へ向かってください! このままでは彼女が危ない!』

『え!? ど、どうして琥珀ちゃんの方ばかりに!?』


 自らのテリトリーを守っていた守さんが、私の指示に従いすぐさま琥珀さんの元へと走り出す。

 戦場は広く、自らが敵と交戦中に他の人間のことまで気を配ることはそう容易くない。故に、この戦いにおいては自分の状況を逐一伝えることが非常に重要になる。にもかかわらず、琥珀さんは自らが不利な状況に陥るまで何のアナウンスもしていなかった。それは、ある意味では自殺行為にも等しいほどのミスであった。


 結局、琥珀さんの元に守さんが駆け付け彼女はピンチを脱することができた。それにしても、なぜこれだけ多くのエーテルが琥珀さんに襲い掛かったのだろうか?


『二人が前に出ることで戦闘域が狭まったことが原因だろうね』


 上の方からだと私たちの全員の様子がよく見えるのか、佑紀乃さんは私に対してそう言った。


『やはりそうですか。私たちが前線に接近したことでエーテルがフィールド全体には分散されず、普段よりも多くの敵が前衛と中衛の方へ向かったわけですね』


 しかしこれに関しては、本作戦をとる以上容易に考えられ得る事態であったことは間違いない。私としても、そのあたりはもっと明確に指示を送るべきであったことは反省点だ。次回以降しっかり見直していかなければならないだろう。と、そんなことを考えていると、不意にあずさが慌てた様子でこう叫んだのだ。


「まーちゃん! 前方にエーテル! その数十以上!」

「十!? 参ったな……」


 私たちが前に出ている以上、自分たちの元にエーテルの軍勢がやって来ることも当然予想の範囲内ではある。だがそれにしたっていきなり十体が現れるのは想定よりも遥かに多い。それはとてもではないが、あずさ一人で捌ける数ではない。


『任せて!』


 すると、すぐさま佑紀乃さんによる遠距離射撃が行われ、瞬く間にエーテル数体のコアが破壊されることとなった。

 だがそれでもまだ敵の数は十近くある。このままでは骨が折れることには変わりがない。


 私は他のメンバーも同様の事態に陥っていないか確認する為、まずは守さんに通信を試みることにした。


『守さん、そちらはどうですか?』


 すると、守さんは多少は余裕のある声でこう答えた。


『こっちは今は大丈夫! 二人でなんとかエーテルを退けられているよ』


 どうやら現在前衛の方は危機を回避しているらしい。それならば、現在エーテルは前衛ではなく後衛である私たちを狙って下がってきていると考えるのが自然だ。

 私は辺りを見回す。だがそこに哀華さんの姿はない。私は堪らず今度は哀華さんに通信を試みる。


『哀華さん……?』


 しかし、哀華さんは私の呼びかけに何の反応も示さない。


「どうしたの?」

「……通信を切ってる」

「え……?」


 私から余計な指示を受けたくないのだろうが、あずさが言葉を失ったように、作戦中に通信を切るなど言語道断だ。流石に私はこれには頭にきた。私は感情のままに無言で魔力石を十個生成した。


「まーちゃん?」


 当然のごとく疑問を口にするあずさ。そんな彼女に対し、私は「これ全部哀華さんに送りつけて」と言った。私のただならぬ雰囲気を感じとり、あずさは何も聞かずして私の指示通り魔力石を十個哀華さんの元へと転送した。

 すると、ほどなくして哀華さんから通信が入った。


『ちょっと、こんなにたくさん頼んでないわよ?』

『知ってます。そんなことよりも、今どちらですか?』

『ま、まずはあたしの質問に答え……』

『あれは状況報告をしてくださいというメッセージです。もう一度聞きますが、今どちらですか?』


 あずさと同じく私の雰囲気を感じ取ってか、哀華さんは若干慎重に返答をよこした。


『今は前衛の方が大丈夫そうだから、ちょっと一息付いていたのよ……』

『なるほど。では、私が今あなたにお願いしたいことは分かりますよね?』


 私の問いに押し黙る哀華さん。哀華さんほどの実力者がこの程度の問いの意味を理解できないはずはない。

 通信機越しに緊張が走る。すると哀華さんは、努めて冷静な声でこう答えた。


『す、すぐにそっちに向かうわ……』

『分かりました。お待ちしてます』


 同じく私もなるべく普段の声のトーンでそう言う。あずさが近くにいなかったら、もしかしたら声を荒げていた可能性も否定はできないが。


 哀華さんのような中衛の役割は、自陣の敵を蹴散らすことだけではない。彼女らは時には前衛の補助を、時には後衛の守護を行わなければならないのだ。前衛は現在守さんと琥珀さんが合流し危機を脱している。故に、ここでは中衛は後衛の状況にもっと気を配らなければならなかったはずだ。すぐに戻ってきた佑紀乃さんに比べれば、哀華さんは仲間の状況に気を配れていないことは明らかであった。

 もちろん、戦闘で疲弊している以上全く休むなとは言わないが、それは状況次第だ。危機に瀕している隊員がいる以上、通信を切って一人休息を取るなど常識知らずにもほどがある。


 その後、哀華さんが戻ってきたおかげで私たちはひとまず危機を回避することに成功した。そのスピードは、普段の陣形を取っている時よりも遥かに早いことは明らかであった。そして心なしか戻ってきた哀華さんがいつも以上に良い動きをしていたことも見間違いではないはずだ。


「ありがとうございます」

「これぐらい当然よ」


 僅かにピリピリした雰囲気の中ではあるが、私は哀華さんの労をねぎらった。

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