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CGD3-①

 朝から入隊式に出席したり、第三分隊のみんなと顔合わせをしたり、小隊長に挨拶に行ったりととにかく色々なことがありすぎて、夕方になる頃には私はすっかり疲れきってしまっていた。今日はもうこのまま帰って寝てしまおうかと、そんな考えが一瞬頭をよぎりかけるが、その時あずさがふと口を開いた。


「そうだ、良かったらこれからみなさんでわたしの家に来ませんか? 今日はお鍋にする予定なので、みんなで食べたいなって思いまして」


 あずさはにこやかにそう提案した。「お鍋」という単語は、今日はもう帰りたいなあなんて考えていた私の考えを変えるには十分すぎるほどの魅力を有していた。人知れずお腹が鳴っていたが、私はそれを咳払いで誤魔化しにかかった。


「お鍋いいね! 折角だし伺っちゃおうかなあ」


 咳払いが功を奏したか、私のお腹の音には気付かなかったらしい守さんは笑顔でそう言う。


「ふーん、お鍋とはこの季節にぴったりじゃないの?」


 すると、なんの前触れもなく佑紀乃さんが私と守さんの間にニュッと現れた。足音もなく突然現れたので、守さんは大いに驚きながら言った。


「うわっ!? 佑紀乃、ちょっとどっから出てくるの!?」

「たまたま通りかかったらみんなが内緒話してたから聞き耳を立てていたんだよ」


 そう言って佑紀乃さんはニヤリと笑った。実に悪そうな笑顔だ。


「別に内緒話なんてしてないって! あ、そうだあずさちゃん、よかったら佑紀乃も誘ってあげたらどう?」

「え、いいの?」

「はい、もちろんです! ちょうど佑紀乃さんにも声をかけようと思っていたのでちょうど良かったです」

「本当? それじゃ伺っちゃおうかなぁ。私こう見えても食べるのは得意なんだよ。あずさちゃんはどんどん私に美味しいものを食べさせてもいいんだよ」


 なぜかそう言って胸を張る佑紀乃さん。するとすかさず「食べてばかりいないで手伝いなよ!」と守さんのツッコミを受けてしまっていた。

 その後チームの団結を図るべく、私たちは残りのチームメイトである琥珀さんと哀華さんを誘う為二人の姿を捜した。すると、訓練場でちょうど休憩をしていた琥珀さんを見つけることができた。しかし琥珀さんは私たちが話しかけると、「まだ訓練の途中だから……」と言ってすぐに訓練に戻ってしまった。


 琥珀さんに逃げられてしまった私たちは気を取り直して哀華さんの姿を捜したものの、残念ながら建物内のどこにもその姿を見つけることはできなかった。あずさが彼女のケータイの番号を知っていたので電話を掛けてみたが、やはりいくら掛けても応答はなかった。


「今回は仕方ないよ。根気強くやっていこうよ」


 守さんはあずさの肩を揉みながらそう言った。

 正直に言えば、私も現時点で二人が来てくれる可能性は0に近いと思っていたので、今回は彼女らを誘うことは諦めることにしたのだった。


 ロイエの本部を出て、あずさの住むマンションへと向かう頃にはすっかり外は黄昏色に包まれていた。その途中で私たちはスーパーでお鍋に必要な具材を買うことにした。「何の味がいいですか?」と尋ねるあずさに対し、佑紀乃さんがイの一番に「キムチ鍋!」と言うと、辛党の守さんも「おお! 佑紀乃分かってるね!」とキムチ鍋に賛同した為、味はあっさりとキムチに決まった。私は特に嫌いな味はないので異論はなかった。


 買い物を済ませ、しばらく歩くとあずさの住んでいるマンションへと到着した。あずさの部屋の間取りは1LDKで、私たち三人が押しかけても問題のないほどの広さを有している。ちなみにここは私の家からほど近く、私も時折お邪魔していたりする。


「おおー! 立派なマンション!」


 マンションを見上げながら佑紀乃さんが感嘆の声を漏らす。確かにここは築年数も浅く、外壁もまだまだ綺麗なので佑紀乃さんがそう言いたくなる気持ちも分かる。こんなマンションなど学生で買えるようなものでもないし、借りるにしてもそれなりの金額になるのは間違いないだろうし。


「ここもロイエが管理しているマンションだったんだね」

「はい。ここには第三分隊に配属になった後に引っ越したんです」

「そうなんだ。それまでは別のところにいたの?」

「近くの古いアパートに。まさか分隊所属になると住居まで割り当ててもらえるとは思っていませんでした」

「そうねえ。まあでも、命かけて戦ってんだからこれくらいは当然でしょ」


 分隊に所属すると家賃の補助まであるなんて、あずさと同様に、私もロイエに入るまでは知らなかった(てっきり叔父さんの援助があるのかと思っていたのだ)。確かに、私たちに世界の運命を託すなら、衣食住の保障くらいあって然るべきだろう。そもそも学校に行きながら訓練にも参加しているんだからバイトなんてしている時間もないだろうし。


 オートロックの玄関を通り、あずさの住む五階へと向かう。律儀にも自分のポストと扉の横に「羽岡」とネームプレートを入れているあたり、あずさの真面目さが伺える。

 鍵を開けると、あずさは私たちを部屋へと招き入れた。手際よく靴箱からスリッパを三つ出すと、私たちにそれを履くように促してくれた。

 部屋に入るとあずさは早々にキッチンに向かったので、私もその後に続いた。


「あずさ、手伝うよ」

「ありがとう、まーちゃん。それじゃ、白菜とねぎを切ってもらってもいい?」

「りょーかい」

「あ、私も手伝いを……」


 そう言いかけた守さんをなぜか引っ張って止める佑紀乃さん。


「なによ佑紀乃?」

「守ちゃん、駄目だよ。夫婦の共同作業の邪魔をしちゃ」

「誰が夫婦ですか……?」


 妙なことを言い出した佑紀乃さんをジト目で見やる。佑紀乃さんは相変わらずにへらと笑いながら涼しい顔をしている。


「え、えっと、まあ今回はお鍋なのでそれほどやることもありませんから、お二人は座ってもらっていて大丈夫ですよ」


 なぜか若干照れた様子のあずさが二人に対してそう言う。


「あれそう? いやあ、悪いねえ」


 すると佑紀乃さんは、全く悪びれた様子もなくそう返答を寄越した。


「って、あんたがサボりたいだけじゃないの! ごめんごめん、私たちも手伝うからさ」


 守さんは佑紀乃さんを無理やりキッチンまで引っ張ろうとするも、実際手は足りていたので、私は「本当にお二人は座っていて大丈夫ですよ」と言った。


「なんか申し訳ないね」

「いいんですよ。守さんは今日はお客様なんですから、ゆっくりくつろいでください」

「いやね、私って動いてないとムズムズしちゃうタチなんだよね。まあでも、あずさちゃんがそこまで言ってくれるなら、今日はのんびり待たせてもらおうかな」


 守さんはそう言って私たちに笑顔を向けた。思い返してみると、確かに昔から守さんは世話好きで、ジッとしていることは少なかったような気がする。


「守さんってもしかして弟か妹います?」


 私は土鍋をテーブルまで運ぶついでに守さんにそう尋ねた。するとやはりと言うべきか、守さんはこう答えた。


「うん。妹が三人いるよ」

「三人もですか? なるほど、守さんがしっかりしている理由がよく分かりました」

「あはは、私なんて全然だよ」


 と言いつつさりげなくテーブルを布巾で拭いてくれているあたり、やっぱり守さんはしっかりしていると思った。

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