CGD2-⑧
「さて、色々と余計な話はしたが、私はお前には本当に期待をしているんだ。上層部からの期待が高いとかそういうのは関係なしに、お前には何か光るものを感じるんだ。小鳥遊、これから行われる作戦について、お前はどこまで聞いてる?」
「えっと、それって『エリア奪還作戦』のことですよね? 正直内容に関してはあまり……」
「エリア奪還作戦」という名前についてだけは、ロイエの職員や入隊式の時の榎並軍団長から聞かされてはいたが、その詳細については追って指示があるとだけしか言われておらず、内容についてはそこまで把握している訳ではなかった。
もちろん、「エリア奪還作戦」というくらいだからエーテルに奪われた人間の居住エリアを奪還する作戦であることはなんとなく想像はつく。実際、二年前にあおいが「人類の希望」として名を馳せエーテルと激闘を繰り広げたあの戦いは確か、人類の奪われたエリアを取り戻す為の戦いであるとあの頃ニュースではしきりに言っていたはずだ。あの時は人類の快進撃に関するニュースが連日報道され、奪還したエリアの情報がひっきりなしにテレビの画面に踊っていたものだった。
だが、結果として作戦は失敗した。あおいが死に、あっという間に戦況は悪化した。そして奪い返したはずのエリアは瞬く間に再びエーテルの手に落ちた。その中には戦いの前まで保持していたはずのエリアすらも含まれていた。
あの戦いは大惨敗だった。人々の記憶に刻まれたのはそんな結果だけだった。そしてその結果が、人類に次なる反攻をさせることを躊躇わせた。
「何度やったって無駄だ」
「きっとまた同じ結果になる」
「次は羽岡あおいもいないのだし、もっと酷いことになるかもしれない」
人々はこぞってそう弱音を吐いた。もちろん、あおいを失い復讐の炎に燃えていた私やあずさ、そして守さんたちはその限りではなかったが、圧倒的敗北を前にして多くの人々が暗澹たる思いでいたことだけは疑いようのないことだった。
それだけに、私は「エリア奪還作戦」にどれほどの実現性があるものなのかのイメージがついていなかった。あれからたかだか二年で再び同様の作戦ができるものなのかと、私は懐疑的に思っていたのだ。
「まあ今日入隊したばかりなのだから仕方ないな。内容に関しては読んで字のごとくだ。お前も二年前の作戦は記憶に新しいとは思うが、今回の作戦は以前よりも更に大規模なものだ。そして前回の作戦の失敗で人類は多くのことを学んだ。それを踏まえた上での本作戦だ。実効性は格段に上昇していることは間違いない」
立花さん曰く、第三ブロック内の本作戦には720ある分隊のうち約三割にも及ぶ250もの分隊が参加するらしい。それは単純計算で1,500人もの魔術師が作戦に投入されるということであり、そこに更に非魔術師の職員も作戦に携わることを考えれば、それはかなりの規模と言えた。前回作戦の参加分隊が150であることを考えれば、今回の作戦の規模がどれほど大きいかもわかると思う。
ちなみにだが、前回参加した150の分隊の内、実に九割近くの分隊が損耗しており、この甚大なる被害があったにも関わらずこの短期間でこれだけの人数の魔術師をまた揃えられたことに私はまず驚きを隠しきれなかった。
「前回の作戦も決して無謀なものではなく、じっくり準備に準備を重ねた上でのものだった。それでも、やはり初めての人類の反抗戦ということもあり勝手が掴みきれていなかったのは残念ながら間違いないだろう。一度乱れた指揮系統はすぐには戻らず、いたずらに大勢の魔術師を死なせてしまった。私も当時は一分隊員として作戦に参加していたからあの戦いの悲惨さは今でも脳裏に焼き付いている。私自身も生きて戻れたはいいが、情けないことに足をやられたせいでもう戦線には復帰できなくなってしまったしな」
そう言って立花さんは一瞬悔しそうな表情を浮かべた。
「小隊長もあの戦いに参加されていたんですね」
あの戦いの悲惨さを知らない者はいない。立花さんがあの作戦に参加し、しかも魔術師として復帰できないほどの大怪我を負ったという事実は少なからず私に衝撃を与えた。
「まあな。ご覧の通り、私はなんとか命だけは失わないで済んだがな。おっとあんまり暗そうな顔をするなよ。もう昔のことなんだから」
「でも、ほんの二年前のことです」
「私にとっちゃ二年前なんて遥か昔なんだよ。そんなことより、さっきから小隊長小隊長って堅苦しくって仕方ないな! 私のことは親しみを込めて『初さん』と呼べ! 今度小隊長って呼んだらコーヒーをブラックで飲ますぞ!」
気を遣ってくれているのか、初さんはそんなことを言う。すんなり気分を切り替えることは難しいながらも、初さんにこれ以上気を遣わせるのも申し訳ないので、私も多少無理にではあるが、極力おどけた調子で初さんのノリに合わせることにした。
「残念ながら、私はもとよりコーヒーはブラック派なのです。まあ、分隊の指揮官を務めるような人間がコーヒーにドボドボ砂糖を入れるような真似をする訳はありませんがね」
「なんだと!? このませガキめ……背も胸も小さいくせに」
「初さん、あんまりしつこく人の身体的特徴を揶揄されるようならセクハラで訴えますよ」
「わ、悪かったって! だが私はどちらかと言うと小柄な女子の方が好みでな。しかし、そうは言ってもお前にはあまり可愛げというものがないようだが……」
「初さん、ホットラインは何番ですか? そろそろ話にお付き合いするのも疲れてしまったのですが」
「だからマジで受話器とるのやめろ! 悪かったからセクハラで訴えんな!」
仕方がないので私はかける気もない受話器を置き、とても上官と部下のものとは思えないような会話に終止符を打つ。
身体が小さいことの自覚は当然ながらあったが、実際は今まであまりこの身体の小ささを気にしたことはなかった。というのも、私の周りにいた幼馴染はことごとく私の身体を抱き枕かの如くぎゅうぎゅう抱き締めるものだから、彼女らの為にも私はほどよく抱き締められるくらいのサイズであった方がいいのだと勝手に納得してしまっていた為でもある。だから、私は初さんの弄りに特に不快感を覚えることはなかった。もちろん、初さん自身に悪意がないのだから尚更な訳だが。




