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CGD2-⑦

「小隊長、もしかしなくても、私のことおちょくってますよね……?」


 背景に「ゴゴゴゴ」と文字が出そうなほどの勢いで立花初を問い詰める私。


「す、すまんすまん。もしかして怒ったか?」

「いやですね、私は全然怒ってなんていませんよ」

「いやいや、どう見ても怒っているじゃないか……。悪かったよ。さっきから緊張しているみたいだし、場を和ませようとしただけなんだが」


 立花初は悪びれる様子もなくそう言う。


「この状況で和む必要は果たしてあったのでしょうか……?」

「私はあると思うぞ。私は変に気を使われるのが大嫌いなんだ。今でこそ小隊長なんてものをやっているが、別に偉くなったつもりはない。そういうことは最初っからはっきりさせておきたいからな。ちなみに可愛いってのは別に冗談じゃないからな」

「……小隊長は一言余計だと思います」


 可愛いって言っておけば女が喜ぶと思ったら大間違いだ。変に気を使うなと言うのなら、その辺もはっきりさせておくべきだろう。乙女心を甘く見るでない。


「うーむ、それは本気だったんだがな……」


 なにやら本当に残念そうにする立花さん。さっきから表情の変化が目まぐるしくて見ている分には面白く感じられた。

 そこでふと今の自分の状態を確認してみると、確かに最初抱いていた不安や緊張と言ったものが見事に取り払われていることに気が付く。そりゃいきなりこんなやり取りをしていればそうもなるだろうが、彼女の思惑通りになっていることは認めなければならないことだし、気を遣ってくれたことは素直に感謝しなければならないだろう。私は軽く頭を下げながらこう言った。


「気を使っていただきましてありがとうございます」

「お、なんだ、ずいぶん素直なんだな。別に気にしなくていい。それよりも、先に私の方から謝らないといけないことがあるんだ」

「謝らないといけないこと、ですか? それはいったい……?」


 なんですか? と尋ねる前に、既に立花さんは私に対して頭を下げていた。私は突然のことに慌てふためいていると、頭を下げたまま立花さんが言った。


「先日の戦いでは、一般人だったお前を巻き込んでしまって本当に申し訳なかった。石川、一条並びに原の三名での出撃を了承したのは私だ。だから、あれは私の責任だ」


 突然のことに混乱しながらも、私はなんとか返答をよこす。


「ちょ、ちょっと待ってください! せ、責任とか、そんなのいいじゃないですか? あの時『指揮官代行』として戦闘に参加したのは私の意思です。巻き込まれたからじゃありません」


 そうだ、だから私は最初から誰かを責める気など全くなかった。だがそれでも立花さんは頭を上げてはくれなかったのだ。


「確かに最終的にはお前の意思だったのかもしれない。だが、そもそもあの状況を作り出してしまったのは私の判断ミスが原因だ。だから、私はお前に謝らないといけないんだ」

「ですが、あの状況であれ以外の選択肢があったとは思えません。だから、責任はあなたにはないと私は思います」


 あの時私が立花さんと同じ立場だったら、きっと同じ指示を出していたと思う。エーテルにいきなり建物内に侵入されることはほとんどないが、それでも早めに手を打たなければ被害が出る可能性は格段に高まってしまう。その為に、三人とはいえ第三分隊を出撃させたことが間違いだとは私は思わない。あずさたちがやって来たのはあれから約五分後だったことを考えれば、それぐらいの時間なら持ち堪えられると判断したことを果たして早計だと言えるだろうか? 実際、足元に潜むなんて芸当をエーテルがしなければ拓馬さんはやられなかっただろうし、私が興味本位であの場に行かなかったら私が戦闘に参加することもなかった。そんな事実を前に、誰が立花さんを責められようか?


「しかし……!」


 それでも頑固な立花さんは食い下がろうとする。だが私はそれを突っぱねた。


「しかしではありません。私は責任の所在には関心はありません。私はあの時のあなたの判断をベストだと思いますし、あの時柔軟に私を指揮官代行として任命してくださった守さんの決断に敬意を表します。だから、私は小隊長の謝罪は受け取りません。そんなものはここで捨ててしまってください」


 あの時のことについて、誰かが悪いなんて思うわけがないし、誰かが間違ったと糾弾したりなんて絶対にしない。全ては結果論だ。拓馬さんの死は悼まなければならないが、生きている人間同士で責任のなすり付け合いをするなんてあまりに愚かなことだ。

 大人はもしかしたらそういう体裁を大事にしないといけないのかもしれないが、それならばこの点に関しては私は絶対に大人になるつもりはない。無意味な議論をしないといけないくらいなら私は子供のままでいいと思ったんだ。


「もう頭をあげて下さい。私はもう一般人ではありませんし、あなたは上官です。小娘に頭を下げるなんてみっともないことはやめてください」

「小鳥遊……」


 そしてようやく立花さんは頭を上げてくれた。


「ありがとう、小鳥遊」

「いえ、お気になさらずに」


 確かにさっきの守さんやあずさの言葉通りだった。立花さんは変わり者だけど、仕事に対しては本当に真面目なんだ。この人が上司ならきっとやっていける。私はその時そう思ったのだった。


「ところで、なあ小鳥遊よ」


 しばしの沈黙の後に、立花さんが口を開いた。


「はい、なんでしょうか?」

「お前、なかなか言葉にパンチが効いてるよ。まさか私の謝罪を受け取らないどころか突っ返してくるなんて」


 ニヤリと笑う立花さん。そこでようやく自分がとんでもなく失礼な発言を連発していたことに気付く。あれだけ気をつけようと思っていたのに、もはや時すでに遅しではあるが。


「あの、ホントに、すみません……」


 バツの悪い私はそう言うのがやっとだった。すると立花さんは豪快に笑ってみせた。


「はは、謝ることはないぞ。言っていることは九分九厘お前の方が正しい。誰が悪いとか、そんなことばかりに拘っていたらこの世界では生き残れないな。だから、お前の言葉で目が覚めたよ」


 そう言う立花さんの表情は晴れ晴れしている。どうやら本当に気にしてはいないのだろう。


 それにしても、今回は立花さんがあまりそういうことを気にしないタイプの人だから助かったが、また次にこういう機会があったとしたら、今度は本当に気をつけなければならないだろう。ここはもう学校じゃないんだ。大人同士の付き合いをしていくのに、いちいち自分の感情を溢れさせてどうする。

 今後は本音をぶつけていい相手をしっかり見極めないといけないだろうし、もっと慎重さを身につけるべきなのは間違いないだろう。

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