CGD2-⑤
二人が最初に案内してくれたのは、魔術の訓練や戦闘訓練などを行う訓練場だった。そこを訪れると、なんと今しがた作戦室から出て行ったばかりの琥珀さんが既に訓練を行っているのを発見した。
彼女は素早い身のこなしで訓練場を駆け回り、エーテルに見立てた標的を手にしている黒い刀で真っ二つに切り裂いていく。スラっと背が高く、そして長くて艶やかな黒髪を棚引かせるその姿は、まるで戦場を舞う蝶のようで、見ているだけで彼女の優美さに見惚れてしまうような、そんな魅力があると私は思った。
「さっきの作戦室での気怠そうな様子とは雲泥の差ですね」
思わずポロリと本音が漏れる。他人に対する態度こそアレではあるが、やはり彼女は戦いにおいて頼りになるのは間違いなさそうだった。
「彼女の実力はロイエ内でも抜きん出てるよ。哀華ちゃんも、言葉はキツイけど戦いに対しては全身全霊を向けている。だからこそ、私たちが足を引っ張るわけにはいかないよね」
「そうですね。私も新任だからといってみんなに甘えないようにしないと」
しかしそんな私の言葉に対し、あずさがすかさず釘をさす。
「でも無理をしすぎちゃダメだよ。最初からなんでもできる人なんていないんだし。まーちゃんは昔から全部一人でやろうとして無理するところがあるから、わたしは少し心配かな……」
図星であった。守さんまで「あー、確かにそういうイメージあるな」なんて言い出してるし。私は二人から視線を逸らしながら「そんなことないし……」とボヤくのがやっとだった。
「そんなことなくないとわたしは思います。やっぱりなるべくは、周りを頼ってほしいなぁ」
一方そう言いながらなぜかわたしの肩をモミモミするあずさ。「なんで肩を揉むのよ?」と尋ねると、「肩の力を抜いてあげてるんだよ」と言って、あずさは私に柔らかい笑顔を返した。
私はわざとらしくオホンと咳払いして言った。
「ま、まあ、あずさの言っていることももっともかもね。頼ることと甘えることは全然違うし、頼るところは頼って、その上で全力を尽くすのが一番なんだろうね」
「そうそう。だからもっとわたしを頼りなさい」
やたらと大きい胸を張ってそんなことを言うあずさ。また胸が大きくなったような気がするのは気のせいではあるまい。
それはそうとして、確かに頑張るのはいいけれど空回りして周りに迷惑をかけるようなことになってしまったら元も子もないのは疑いようもないことだ。言い方は悪いけど、私はもう少し周りを使えるようにならなければならないのだろう。
部隊は組織で動くものだ。一人の力が強くたって戦いには勝てないし、誰かを守ることもできやしない。それだけに、早くこの分隊をまとめられるように頑張らなければならない。そしてまとめる為には、独りよがりになってもいけない。視野が狭くなる時こそ、さっきのあずさの言葉を思い出すようにしようと、私は改めて心に刻んだのだった。
「そうだ、折角だし今度からみんなで訓練をやろうよ。本番だけじゃなくて、普段から一緒に訓練していれば息も合わせやすいだろうし」
ポンと手を叩きながら守さんが言う。正直それは実にありがたい提案だ。過去に訓練に参加していたとはいえ、もう長いこと本格的な訓練を行っていない私はこれからどんな風に魔術を鍛えていけばいいのか見当がついていなかった。昔みたいに守さんやあずさが力を貸してくれるなら、それほど心強いことはない。
かくして、今後はみんなで訓練を行うこととなった。できることなら、ここに佑紀乃さんや琥珀さん、哀華さんも加わってくれるようになれば、私としては嬉しいのだけれど。
その後私たちは食堂や、資料室などの主要な施設を回った。ちなみに本部の近くには寮もあり、地方出身者の中にはそこに入居している人もいるとのこと。
「哀華ちゃんも寮暮らしだって。あと、拓馬も地方出身者だから寮に住んでたみたい」
私は守さんから拓馬さんの名前が出た瞬間、思わず息を飲んでしまった。だが、肝心の守さんからは、特に哀しみの感情を読み取ることはできなかった。
あの時拓馬さんは、守さんとは恋人同士だと言っていた。ならば、守さんにとって拓馬さんの死は耐え難いものであったはずだ。しかし、守さんはここまで泣き言というか、いやそもそも、辛そうな表情一つ見せていないのだ。作戦室での哀華さんとの出来事を思い出しても、あれは哀華さんを叱責する為に拓馬さんのことを出しただけで、あの時の彼女から哀しみは見えなかったような気がしたんだ。
余計なお世話かもしれないが、私は守さんのことが心配だった。大切な人が亡くなって辛くないわけがない。にもかかわらずそれを表面に出さないということは、それを押し殺しているということに他ならないのではないだろうか? 辛い感情を耐えることほどキツいことはない。いくら人の死が珍しくない世界だって辛いものは辛いんだ。我慢するのは、きっと心にとって良いことではないはずだ。
「どうしたの? 私の顔に何かついてる?」
「あ、いや、別に……」
しかし、そうは言ってもそれを安易に口に出すことは憚られた。もし辛さを押し殺しているのなら、私が口に出すことでその哀しみを膨れ上がらせてしまう可能性だってある。それは本意ではなかった。わざわざ傷口に塩を塗るような真似はしたくないのも、また私の偽らざる本音であった。だが……
「もしかして、私のこと心配してくれたのかな?」
「う……」
そんな私の気持ちが、驚くべき速さで守さんに悟られてしまったのだ。まあ、バレてしまった以上はこれ以上隠しておくのも不自然だ。私は覚悟を決めてこう言った。
「すみません、余計なお世話だとは思ったんですが、どうしても気になってしまって」
「いやいや、余計なお世話なんてことはないよ。確かに、拓馬が亡くなって、私が凄く落ち込んでいるんじゃないかと考えるのは自然なことだからね」
「はい。守さんは、まだきっと辛いんじゃないかと思って……」
「そうだね。辛くないかと聞かれると、まったく辛くないとは言えないね。でも、大切な人を亡くしているのは私だけじゃないから。他のみんなもこれまで散々辛い目に遭ってきているのに、私だけが泣き言を言う訳にはいかないよ」
「でも……」
守さんの言いたいことはわかる。でも、それは違うんじゃないかとも思える。確かに、みんな大なり小なり辛い経験はしてきているだろう。でも、それは時間が癒してくれる側面もある。だが守さんが拓馬さんを失ったのはほんの数日前だ。時が癒すには短か過ぎる。心に開いた傷が塞がるにはまだ時間が必要だ。
「私が言えた義理じゃありませんが、無理をしちゃ駄目ですよ。本当に辛い時は泣いたって誰も責めたりしませんし」
「ありがとう。真昼ちゃんは昔から本当に優しいね」
そう言って私の右手を両手で包み込む守さん。それでも、その目に涙はなかった。それが彼女の決意だと言うのなら、それ以上私が余計なことを言うべきではないのかもしれない。故に、私は慰めの言葉を飲み込むことにしたのだった。
「本当に、気遣ってくれてありがとうね」
再度お礼を言ってくれる守さん。
「……いいえ」
私はただ、短くそう答えることがやっとだった。




