CGD2-④
腕を組んだまま拍手をしていない人が一名、そして、明らかに私に興味がなさそうに視線をあらぬ方向に向けている人が一名、ぱっと見の私ですら確認することができていた。
その中でもちゃんと、しかも一番大きく拍手をしていてくれていたのは、やはりと言うべきか一番左側にいるあずさだった。あずさは昨日の壮行会でも、私のことを絶対にサポートすると意気込んでくれていた。
「それじゃ、全員改めて自己紹介しようか。私は、もう知っていると思うけど、一条守です。この分隊では『前衛』を担当しています。武装は槍。学年は高校三年生。特技は前に陸上部に入っていたので走ることかな。よろしくね、真昼ちゃん」
あずさと同様に大きな拍手を送ってくれていたのが、今自己紹介をしてくれた守さんだ。守さんとは中学生の時初めて魔術訓練を行った時以来の仲だ。一学年年上ではあったけど、守さんは何かと勝手の分からない私の面倒をよく見てくれた。こうして一緒の部隊で戦う日が来るなんて少し運命的なものすら感じられてしまう。
守さんに指名され次に自己紹介をすることになったのは、黒くて長い髪が印象的な琥珀さんだった。
「宮藤琥珀です。ポジションは同じく『前衛』。武装は刀。学年は高三。よろしくお願いします」
寡黙な彼女らしく淡々とした自己紹介。ちなみにさっき思いっきり視線をそらしていたのは彼女だ。彼女は拍手も義理で数回叩いただけでやめてしまっていた。
しかし、態度こそアレだが、琥珀さんは守さんと並んでロイエ内でも有数の実力者らしく、あずさもその実力には度肝を抜かれたらしい。一方で彼女はチームメイトとコミュニケーションをロクに取らないことで有名らしく、彼女を扱いづらいと感じる人も多くいることもまた事実であった。
「ふん、まさか飛び入り参加の『指揮官代行』が本当に指揮官になるなんて思わなかったわ。この前の戦いは初戦だったから大目に見るけど、あんまり魔力石の転送が遅いとホント困るから。とにかく、足を引っ張らないでよね」
と、いきなり先制パンチを浴びせてきたのは、第三分隊の問題児と名高い渡真利哀華さんであった。
「ちょっと哀華ちゃん、最初くらいちゃんとしようよ」
すぐさま注意をしてくれたのは守さんだった。しかし哀華さんは「煩いわね」とソッポを向き、耳を傾けようとはしない。噂には聞いていたが、最初っからこれでは先が思いやられる。さっきだってそもそも全く義理の拍手もしてくれていなかったし。ここは新任といえどガツンと言うべきではないかという考えが頭を過る。だが……
「哀華さん、そうは言うけど、あの時まーちゃ……いや、真昼さんが来てくれなかったらわたしたちはどうなっていたと思いますか? 恐らく、全員が無事で任務を終えることなど不可能だったと思います。それは、哀華さんならわかりますよね?」
驚いたことに、なんとあずさが哀華さんに注意をしてくれたのだ。私のイメージでは、あまりあずさが人に意見をするようなタイプではないと思っていただけに、それは非常に驚くべきことであった。
「そうそう。あずさちゃんの言う通り、あれだけの魔力石を作り出せる人はそうはいないと思うよ。それに、指揮官が亡くなったばかりなわけだし、もうこれ以上誰かが犠牲になるようなことは、あなただって望んでいないはずでしょ?」
守さんは僅かに表情を険しくさせてそう言った。守さんから拓馬さんの名前が出てさすがにバツが悪くなったのか、哀華さんは「……わ、分かったわよ」と渋々納得した上でようやく自己紹介を始めたのだった。
「渡真利哀華よ。位置は『中衛』で武装は短刀、学年はあなたと同じ高二よ。よろしく……って言いたいところだけど、悪いけど、あたしはあくまで実力主義なの。だからいくらあんたが分隊をまとめる立場である指揮官なのだとしても、使えないと私が判断したら命令したって聞くつもりはないからね。そこんとこ、予め言っとくから」
予想を更に上回る喧嘩腰に私は返す言葉がなかった。
あずさ曰く、彼女はかつて、この攻撃的な言動のせいで色んな部隊をたらい回しにされて、最後にやってきたのがこの分隊だったのだとか。
これは予想以上に苦労させられるかもしれないなと、私は苦々しく思ったのだった。
あんまりな哀華さんの言い草のせいで作戦室に重苦しい空気が流れる。しかし、そんな空気を打ち破るかのように、ようやくあの人が口を開いてくれたのだ。
「えっと、次自己紹介していいのかな?」
「え? は、はい、どうぞ」
そう言ったのは佑紀乃さんだった。佑紀乃さんは初対面だったあの夜と同じような力の抜けた笑顔のまま言う。
「はいはい。えっと、原佑紀乃です。武器は狙撃銃とかアサルトライフルとか。銃はよくいじっててそれなりに詳しいかな。ポジションは『中衛』だけど、私は遠距離からの狙撃がメインだから、あんまり中衛っぽい仕事はしてないかもだね。あ、あと学年はこう見えて三年だから一応真昼ちゃんの先輩だからね。ま、別に無理して敬語とか使わなくてもいいけど。それじゃよろしく」
そう言って佑紀乃さんはにへらと笑った。私は佑紀乃さんと初めて出会ったあの日から、この人は独特な空気を持つ人だなと感じていた。口調はゆったりしているにも関わらず、彼女自身には隙がないように感じられるのだから、彼女は実に不思議な人であると私は思う。
「それじゃ、次はあずさちゃんだね」
「あ、はい」
佑紀乃さんに促され、次にあずさが口を開く。佑紀乃さんが空気を戻してくれたおかげであずさは特に緊張した様子もなく話し始めることができたようだ。
「羽岡あずさです。こうやって改めて名乗るのはなんだか気恥ずかしいですね、えへへ。えっと、すごく個人的な話になってしまうのですが、わたしはもう真昼さんとの付き合いは15年以上になります。後衛として指揮官を敵から守ることは当然として、彼女とは色々気心も知れてるので、精神的なサポートもできるかと思います」
あずさはいい笑顔でそう言う。私もつられて口元が少し緩む。
「二人は幼馴染なんだよね?」
守さんが尋ねる。ちなみに守さんはあずさとも長い間訓練を共にしていたりもする。
「はい。まさか一緒の部隊で戦える日が来るとは思ってもみませんでした。あ、すみません、ちょっと話が逸れましたね。ええと、わたしのポジションは『後衛』で、武装はアーチェリーです。ロイエに入ってから色々な武器を習い始めたんですが、その中でもアーチェリーが一番しっくりきたのでこの武器を選びました。指揮官を守ることがわたしの役目なので、今度は必ず守り抜きたいと思います」
あずさの口調こそ穏やかだが、そこには確かな決意が見て取れた。拓馬さんを死なせてしまったことは、彼女にとっても本当に辛い出来事だったのだろう。
と、色々とハプニングはあったものの、なんとか全員の自己紹介が終わり、守さんから「ひとまず解散」との指示が出た。すると哀華さんと琥珀さんは誰と言葉を交わすこともなく、我先にと部屋から出て行った。
守さん曰く、基本的に出動命令が出ていない時以外は自由行動が許されており、学校の宿題をやる者もいれば、魔術の訓練を行う者もいるようであった。私はこの後の予定はなかったので、何をしようかと思い悩んでいると、
「真昼ちゃんは今日が初日だし、まずは施設の案内をしてあげるよ」
と、守さんが言ってくれた。私は好意に甘え、さっそく守さんとあずさにロイエ本部を案内してもらうことにした。




