CGD2-③
と、ここで話が大幅に逸れていることに気付く。寒そうにしているあずさを見て何も思わんのかと自らにツッコミを入れる。もちろん、何も思わない訳がない。こんな時間まで付き合わせておいて自分だけ手袋でぬくぬくするなんて薄情にもほどがある。私は手袋を外し、彼女の手を温める為に彼女の両手を取った。
「ふえっ!?」
と、その途端に妙な声を上げるあずさ。唐突すぎたかと一瞬焦ったが、あずさの手が思っていた以上に冷たくなっていたことに驚き、そんな思考はすぐに頭の中から霧散していった。
「こんな冷たくなって、霜焼になっちゃうわよ」
「へ、へ、へ、平気だよ! まーちゃんは手袋持ってるんだからつけた方がいいよ!」
「私はまだ結構手はあったかいからいいの。それよりもあずさが手袋つけたら? 私の手のサイズだから、少し小さいかもしれないけど」
そう言って、私はポケットに入れた手袋を取り出そうとする。しかし、それをあずさが止める。
「て、手袋は大丈夫……それで、え、えっと、ね……」
何やら口ごもるあずさ。その顔は街灯の灯りの下でも分かるくらい真っ赤だった。すると、モジモジしながらあずさはこう言った。
「て、手を繋いで、このまま歩けないかなって、思って……」
「え? いいけど、歩くなら繋ぐのは片方だけになっちゃうわよ。そしたらそっちの手が冷たいんじゃない?」
「だ、大丈夫! ……あ、それか、もしよかったら、手袋、片っぽだけ借りてもいい?」
よく分からないが、とりあえずあずさの言う通り、私たちはお互い片方だけ手袋をはめ、もう片方の手でお互いの手を握ることにした。私が片方の手袋を差し出すと、あずさは嬉しそうにそれを受け取った。
「まだまーちゃんの体温で温かいね」
「なんか、そう言われると妙に照れるわね。ほらっ、こっちの手は握るんでしょ?」
「な、なんかまーちゃん、すごく男の子っぽい、のかな……?」
「なによそれ? 変なあずさ」
確かに自分に女らしさがないことは自覚しているが、面と向かって言われるとちょっとは傷付くというか……。
「あ、別に悪い意味じゃないからね! こういう時のまーちゃんって、なんかカッコいいなって思って」
そう言ってニッコリ笑うあずさ。本人は自覚はないんだろうけど、そういうことを恥ずかしげもなく言う辺りこの子は実に罪深い。
「何言ってんのよ。ほら、早く行くわよ!」
私は恥ずかしさを悟られぬよう、つっけんどんにそう言った。それに対しあずさは「はーい」なんて間の抜けた返事をしたのだった。こんなふざけたやり取りをしているのに、明日からロイエに参加するだなんてとてもではないが信じられなかった。私はリラックスさせてくれたあずさに感謝しつつも、気を抜きすぎて間の抜けた行動をとらないよう、多少なりとも緊張感は持っていようと改めて思ったのだった。
そして、ようやく日にちは再び壮行会の翌日である11月25日へと戻る。
この日の朝、あの白い髪の女の人の夢から覚めた私は、急いで学校の制服に着替え、電車で新宿にあるロイエの本部に向かった。本部に着くやいなや、私は大層な会議室に通され、大勢のお偉いさんたちの前で、ロイエの軍団長である榎並真咲より第五小隊第三分隊の「指揮官」に正式に任ぜられた。榎並軍団長は長い髪を高い位置でクリップで止めたアップヘアーが特徴的な女性で、美しい容姿もさることながら、彼女の瞳からは圧倒的な力強さを感じることができた。女性でありながらこのポジションに上り詰めるくらいだし、彼女が相当な切れ者であることは間違いなさそうだ。
それにしても、式が始まる直前まではたかだか小娘一人の入隊にも関わらずこれだけのお偉いさんが集まるのは些か大袈裟なようにも感じられていたが、いざ式が始まってみると、周りの人間は至って真面目な表情で私を見つめており、この式を大袈裟であると考えている人間は一人たりともいないことを嫌でも理解することができた。
それだけでも、私にかけられている期待はなかなかに重みがあることを私は改めて痛感した。そして私は、もう少しこの身を引き締めなければならないと思った。
遅ればせながらもロイエに入隊したからには、人類を勝利に導く仕事を必ずしてみせる。私は人知れずそう自分に誓ったのだった。
入隊式が終わり、次に私が向かったのは第三分隊の作戦室だった。ちなみに私たちが暮らすこの第三ブロックには全部で720の分隊が存在しており、4,500名ほどの魔術師が所属している。全ての分隊には作戦室として、大きめの会議室くらいはある部屋が割り当てられている。以前の戦いの時はまだロイエの隊員ではなかったから、正式な第三分隊の「指揮官」としてみんなと顔を合わせるのはこれが最初となる。
あの日、私は初陣で辛くも「浄化」作戦を完遂させた。犠牲者は出た。本来の指揮官である石川拓馬さんが還らぬ人となった。だが、指揮官不在という絶望的な状況下にも関わらず、彼以外の犠牲者を出さなかったことは上層部としてはそれなりの評価に値することらしい。
個人的には誰かの評価などあまり興味はなかったが、ロイエの病院のベッドで目を覚ました後、あずさに泣きながらお礼を言われた時は、自分でも誰かの役に立てたということが実感できて、私は初めてこの力が少し誇らしく感じられたのだった。
作戦室に入ると、既に第三分隊の面々が横一列に整列していた。彼女たちは私の姿を確認すると各々敬礼の姿勢をとった。いくら高校生とはいえど、ここはやはり軍隊だ。その辺の礼儀は学校とは全く違うようだ。
指揮官だからといって別に偉そうな態度をとる必要はないが、あんまり弱腰で行くのもみっともないので私は極力胸を張って皆の前に躍り出て、同じく敬礼の姿勢を取った。
「今日から第三分隊の『指揮官』に着任しました小鳥遊真昼です。色々勝手が分からないところもあって迷惑もかけるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします」
私がそう言って頭を下げると、誰からともなく拍手が起こった。頭をあげると、案の定と言うか、このチームの状況が既に詳らかになったような光景が広がっていた。




