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CGD2-①

 懐かしいなと、私は素直に思った。

 それは確かに、かつてかいだことがある香りで、この目に映るのは、かつて見たことがある景色だった。

 私の家の正面にあった二階建ての家は、夜になると決まって煌々と光が灯っていた。その家には両親と幼い子供が二人いて、母子家庭である私は、家族四人が仲良く食卓を囲うとはどういうものなのだろうかと、よく一人想像していたものだった。

 だが、その家は私が十歳になった頃、唐突に空き家となってしまった。毎日灯っていた光も、それ以降もう灯ることはなかった。

 光が消えた原因、それは実に単純なことだった。

 四人とも死んだのだ。彼らはある雨の日、シェルターに逃げるのが遅れ、エーテルに殺されてしまったのだ。


 当たり前にあったものがあっさりと消えてなくなる。それは私に計り知れない衝撃となって覆いかぶさった。どんなに一生懸命生きてたって、人間はこうもあっさり消え失せてしまうのだという過酷な現実を、それは幼い私に痛感させたのだ。


 だからこそ、今私の目に映っている家の灯りが現実のものであるわけがないと、私は確信を持つことができた。ここに人が住んでいたのは、私が十歳になるまでのこと。だから、今のこの光景は私が十歳になる以前のものであるに違いないはずだ。


 そうか、これは夢かと、現実の私の頭が理解する。しかし、理解したところで目の前の光景に変化が訪れることはない。私をがっちり捉えた夢は、まだ、私を現実に返そうとはしてくれなかった。


 不意に誰かが私に声を掛けたような気がした。私は自動的に声のした方へと振り返りながら尋ねた。


「誰か私のこと呼んだ?」


 えらく若々しい声が喉の奥から発せられる。いや、若いというより幼いと言った方が正しい。どっちにしても、それはかつての私の声で間違いはなさそうだった。

 声の主の姿を私の目が捉える。そこにいたのは、白くて長い髪をした女の人だった。暗がりなので顔がはっきり見えていた訳ではなかったが、闇夜でも分かるその碧眼から、その人はきっと外国人なのだろうと、幼い頭が推測することはできた。年はざっと見た感じ20歳前後だろうか。女性にしては背が高く、私はそれなりに角度をつけてその女性を見上げる体勢となる。


「あ、急に呼び止めてごめんなさい。そんなところで何をしているのかと思って」

「向かいの家の今日のおかずを想像してたの」


 我ながらなんて馬鹿な返答だろうか。しかし、それが全て私の本音であるかと言われると決してそうではなかったことを、私は朧げながら覚えていた。当時の私は、いつも家に親がいない状況を寂しく思っていた。今となっては、お母さんが夜遅くまで働いてくれていることに感謝をしているけれど、幼い子供にそれを理解させるのは難しい。私があの家の灯りを見ていたのは、きっと家族が揃っていることが羨ましかったからなんだろうと、今の私は思う。


「今日もうちのお母さんは帰りが遅いから、私がご飯を作っておくの。だからおかずを参考にしようと思って」

「そうなんだ。そこからでも分かるの?」

「うん。窓が開いてるから匂いがここまで届いてくるのよ」

「そうなんだ。何を作っているか分かるの?」

「この匂いはカレーかな。うーん、でもカレーは昨日食べたし、2日連続はやめておこうかな。今日は他に参考になりそうなものはないかな」

「そっか、それは残念だね」


 少し寂しそうな女性の声。きっとこの人は、私の本音をなんとなくは理解していたのだろう。もしかしたら、暗がりでも分かるくらい私の表情は暗かったのかもしれない。


「お姉さんこそ何してるの?」


 こんな夜に小学生女児にいきなり話しかけてくるなんて、普通であれば通報されてもおかしくないような事案だ。学校でも知らないおじさんには気を付けなさいと教えられていたし。まあ、この時の相手はおじさんではなかったのだけれど。


「人を、探しているの」


 女性は遠くを見つめながらそう答えた。


「人?」

「そう、とっても強い魔術師を探しているの」

「魔術師? もしかしてお姉さんって、ロイエの人?」

「そうかもしれないし、違うかもしれない」

「え?」


 煮え切らない返答に私は戸惑う。妙なことを言っている自覚はあるのか、女性は苦笑いを浮かべて言った。


「ごめんなさい、混乱させるつもりはないの。実際私は微妙な立場なの」

「ふーん」


 本人がわからないならこちらは尚更わからないわけなので、私は雑な相槌を打つことしかできなかった。すると、次に女性はこんなことを呟いた。


「それに、ここに来たのはいいけど、まだ確証は持てていないしね……」

「確証って、何の?」


 女性の独り言を聞き逃さないあたり私も耳聡いのかもしれない。女性の言い方は相変わらずまどろっこしく、つい私は前のめりになって尋ねていた。すると、女性はまた自分の言葉を反省したのか、私に対して一度軽く頭を下げて言った。


「ごめんね、回りくどい話はやめようか。実は、私が探している人は、あなたかもしれないのよ」

「え、そうなの? もしかして私はお姉さんとどこかで会ったことあるの?」

「ううん、会ったことはないよ。でも、多分そうなんだと思う。さっき言った通り、私は強い魔術師を探しているの。もしかしたら、あなたがそのうちの一人なのかもしれないと、そう思ったの」


 お姉さんはそう、私の目をしっかり見つめながら言った。茶化しているとか、冗談を言っているようには思えなかった。


 もちろん、そうは言ってもそんなことは俄かに信じられることではなかった。確かに私は将来、当時設立されたばかりであったロイエに入り、人々の為に戦う立派な魔術師になりたいと思っていた。でもそれは、子供が抱く妄想のようなものでしかなく、実現する可能性がどれくらいあるかなんて皆目見当もついていなかったのだ。


「本当? そりゃ、強い魔術師になれたら嬉しいけど、でも、そもそも私は魔術を使えるかも分からないし、私がそんな魔術師になれるかどうかなんてわかりっこないよ」

「ううん、そんなこともないのよ。私には、人の秘めたる力が分かるの。私には、あなたの無限の才能が見える……あ、もちろん、才能だけでは強い魔術師にはなれないけれどね」


 そう言ってくすりと笑う女性。正直、言っていることはよくわからなかったけど、褒められて悪い気はしなかった。私は彼女に釣られて笑顔になっていた。

 彼女は私に近付くと、そっと私の頭を撫でてくれた。


「努力を惜しまなければ、あなたはきっと立派な魔術師になれるわ。だから頑張って。そして将来、立派になったあなたに会いに行くからね」

「うん! 絶対に立派な魔術師になるから、ちゃんと私に会いに来てね!」


 子供とはかくも純粋かと感心してしまう。今の私もこれくらいの素直さはあってもいいんじゃないだろうか。

 

 あの白い髪の女性に私は凄く好意的な印象を抱いていた。にも関わらず、実は私はこの後のことをあまりはっきりとは覚えていなかった。この後がボヤけるのは、夢も一緒だったんだ。


 彼女とは、あれから一度も会っていない。きっと、私が立派な魔術師にならないと、彼女は私に会いに来てはくれないのだろう。

 あの女性に会いたいと思った。言葉を交わしたのはほんの僅かな時間だったけど、それでも私の意識には彼女のことが深く刻まれていた。

 私の力を見抜き、寂しさを覚えていた私の頭を撫でてくれたあの人に、また会いたい。その為にも、早く強くならなければ。

 夢は決まって、そんな想いを私に残すのだった。

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