CGD1-⑫
本格的な訓練は長いこと怠ってきた。それでも、魔術の訓練自体を放棄したことは実は一日たりともなかった。
本当は、いつかは私も「魔術変換」ができるのではないかという淡い期待を抱いていた為に訓練を行っていたわけなのだけれど、まさか私が「指揮官代行」として戦場に立つ日がこようとは思ってもみなかった。
方法は思っていたものとは違う。それでも、人類を救う為に積み重ねてきた訓練が無駄ではなかったことを、今ここで証明してみせる。
目を瞑り、身体の中を通る魔力の流れをイメージする。血液が循環するように、魔力は勢いよく身体の中を駆け巡っている。そして私は、身体を流れる魔力をある一点、指先に集中させるようにイメージした。すると、はじめこそ鈍い光ではあったが、私の指先はあっという間にまばゆいばかりの旋光を放ち始めた。目も眩むような発光の後、私の手の中にはある石が複数個その姿を現していた。
「……す、すごい」
私の様子を間近で見ていたあずさが息を飲む。その目は、まるで神々しいものを見るかのように畏敬の念が込められているような気すらした。
「ざっと五つといったところね」
その石はまさしく「魔力石」であった。魔術のすべての源である魔力の結晶体が魔力石だ。魔力は放っておけば空気に交じって霧散してしまい、魔術師が十分に摂取することはできない。そこで、「指揮官」を務める人間は、魔術師が魔力を十分に取り込めるように結晶化しそれを供給することが役割なのだ。
魔力を生成すれば、魔力を結晶化する為に必要な体内の栄養素や血液が失われる。その為、普通の「指揮官」は魔力石を連続して大量に生成することは難しいとされている。
だが、私はそうじゃない。身体の仕組みがどうなっているのかは知らないが、私の身体は魔力を生成する速さと持久力がその辺の魔術師とは比較にならない。自慢するつもりなど毛頭ないが、こと「魔力生成」の分野だけで見れば、私の右に出る人間などそうそういないのは断言できた。
「こ、今度は一気に十個も!? そ、そんなペースで生成して大丈夫なの!?」
「大丈夫よ。私の心配はいいから、早く魔力石をみんなに転送して」
「う、うん……分かった」
心配性のあずさには悪いけど、多少の無理は致し方がない。だがあれだけ大胆に突撃する守さんにとってみれば、この量でも全然魔力石は足りていないはずだから。
それにしても、こんな時に考えることではないが、どうしてこうも神様は理不尽なのだろうか? 私がやりたいのは、あくまで「魔術変換」だった。だっていうのに、その真逆である「魔力生成」にその身体のポテンシャルをすべて振り分けてしまうなんて、嫌がらせにもほどがある。
……でも、今はそんな馬鹿神様にお礼を言わないといけない。この苦境を乗り切るには、これくらいの力は絶対に必要だ。この戦いでもし生き残ることができたら、私は生まれて初めてこの能力に感謝をすることになるはずだ。
「……って、こんな時に、何を馬鹿なことを考えてるんだ、私は」
「ん? 何か言った?」
「……いや、なんでもない」
余計なことを考えるのはこれで終いだ。今は目の前の使命に全身全霊を捧げろ。私は改めて「魔力生成」に意識を集中させた。
私が魔力石を作りあずさがそれを仲間に転送する間も、エーテルは容赦なく私たちにその毒牙を向けてくる。それを、
「えい!」
あずさは自身の武器であるアーチェリーで悉く退けていく。アーチェリーは遠距離攻撃用の武器だ。だからあずさはやつらに距離を詰められないように苦慮しているようだった。しかし、そのおかげで私たちの周りにエーテルが寄り付くことはなかった。これなら集中して「魔力生成」を行えるというものだ。
私が魔力石を生み出し、アーチェリーを打つ合間の僅かな時間であずさがそれらを転送する。
石は確実に仲間の手に届き、エーテルを打ち砕く刃へと変わる。そして皆は、敢然とエーテルに立ち向かっていったのだった。
……と、ここまで来て、ようやく私がこの戦場に立っている理由が分かったと思う。あまりに色々な偶然が私を今ここに立たせているのは間違いない。
それでも、「指揮官代行」になったからにはこの命を懸けてでもこの分隊を勝利に導く所存だ。私は決意を新たに再び魔力生成に取り掛かった。
エーテルを一体片付けたばかりの守さんが次なる獲物を求めて疾走する。ビルからビルへと飛び移り、その手の槍でまたしても数体のエーテルを引き裂いていった。
こんな時に感心している場合じゃないが、拓馬さんを失ったばかりだというのにこれだけの動きができるなんて、彼女の精神力の強さには恐れ入る。
もし、私が同じ立場ったら、彼女と同じように戦うことなどできるだろうか? 正直言って、私は自信がなかった。
きっと私なら、大切な人を失ったことへの悲しみ、そしてエーテルへの怒りに駆られ、無謀にもやつらに突進していただろう。そして、無意味にその命を散らしてしまったことだろう。我ながら情けないにもほどがあるが、きっとそれが真実だ。私には、絶望を打ち砕くほどの精神力は備わっていないのが実情だった。
私は視線を哀華さんへと移す。守さんほどの力強さはないが、それでもその動きは眼を見張るものがある。彼女の武器は両手の短刀だ。アクロバティックな動きで敵を切り裂いたかと思うと、今度は遠方の敵に向かって短刀を投げつた。単純なパワーはなくても、彼女はまた守さんとは違った視野の広さを持っているのがよくわかる。
広範囲の視野を誇る彼女は、所謂「中衛」というポジションなのだろう。前衛ほど前には出ないが、前衛と同様に攻撃には積極的に参加する。しかしそれだけでなく、前衛の人間を狙う敵をきっちり仕留め、前衛を守ることも中衛の立派な役割だ。そして、指揮官を守る後衛がピンチになった時はすかさずそちらの助けに回るなど、とにかく中衛は行動範囲が広く忙しい。ある意味では、中衛は指揮官以上に瞬間的な判断を求められる難しいポジションと言えるかもしれない。
と、哀華さんに魔力石を渡そうとしたその時だった。
「指揮官代行! 魔力石の供給が遅い! 早く石を寄越しなさい!」
あまりに直線的な物言いに私は思わず面食らってしまう。しかし、石が足りていないことは事実なので、私は特に文句は言わずに彼女の言葉に従い、魔力石を生成しあずさにそれを手渡した。
「ご、ごめんね、まーちゃん。哀華さんはいつもあんな感じだから……気を悪くしないでね」
「別に気にしてないわよ。魔力石が足りていないのは事実だろうし」
「……あまり無理しないでね。今だってかなりのペースでやってるんだし、これ以上無理したら、倒れちゃうよ……」
そう言ってあずさは心配そうに私を見る。しかし、私が彼女の言葉に甘えることはない。
「私のことはいいから、周りのエーテルに集中して」
ともすれば、溺れてしまいそうになるあずさの優しさをそっけない対応でかわす。もちろん、彼女を無下に扱うことは私の本意ではない。でも、あずさにあまり弱音を吐くわけにもいかない。もし根をあげたら、あずさはきっと私のことを止めてしまう。それは絶対に駄目だ。やると決めたからには、この戦いが終わるまでなんとしてでもやり遂げなくてはならない。その為にもあずさに心配はかけられない。
私は身体にムチ打ち、更に「魔力生成」のペースを速めた。




