第82話:ニーナさん、立ち向かいます。
「フハハハハ。口ほどにもないな」
神父の男が高笑いしている。ご主人、リリ姉、セシア姉の三人が突然倒れてしまった。突然の出来事に私は状況を飲み込めないでいた。
「さて、残ったのは君だけだが……君は見かけによらず根性があるようだね」
神父の男がこちらを見て言う。残ったのは私だけだ。私がどうにかしないと。
しかし私に使えるのは回復系と援護系のスキルのみ。物理攻撃でこの男を倒すのは不可能だ。
「どうする? 私に立ち向かうかね? それとも、一目散に走り出すというのなら逃がしてあげても構わない」
駄目だ……! 私はこの男には絶対に勝てない……!
その余裕な態度、体格、正体不明のスキル、どれを取っても私に勝つ術がない。
逃げなきゃ……!
このチャンスを逃せば絶対に助かることはない。もしかしたら逃げれば後々強い人を連れてきて倒すことが出来るかもしれない。そうすればもしかしたらご主人たちを助けることが……
そこまで考えて、辞めた。
ペチンッ!
乾いた音が宙で鳴る。私は自分自身の頬を叩いた。
「気でもおかしくなったかね?」
そうではない。これは逃げようとした自分への罰と決別だ。言い訳をして逃げようとした私に対する怒りの感情をどこに向けたらいいかわからない故の、自傷だ。
ここで戦わなかったらご主人たちはおろか、私も殺されるだろう。あの人物が言ってホイホイと逃すような人物には思えない。第一に、仮に奴がそういう人間でも逃げればご主人たちの命はないだろう。
私は、あの人たちに助けられた。助けられてばかりだ。私は変わったと思っていたが、まだまだだったのだ。
正義のヒーローになるという夢を捨て、愚かにも逃げ去ろうとした自分と、そして誰かに頼ってばかりの自分と決別するため。
今、立ち向かう。
私は神父を睨み据え、一歩前進する。
「ほう……」
戦うと言っても無戦法ではダメだ。ご主人のように戦い方を考えてからでないと相手の策に飲まれる。まずは相手のスキルの正体を見破らなければ。
私が立っていて、他の三人が倒れている理由は何故か? そこを追求すればあのスキルの正体が見えてくるはずだ。
倒れた順番は、ご主人、リリ姉、セシア姉。私は現在特に体調不良のようなものは感じていない。この順番になりそうなものは何か……
年齢? 一見してみるとあっていそうだが違う。高い順に倒れていくならばあの男が一番最初に倒れるはずだからだ。瘴気は部屋中に蔓延している。ならば奴も効果を受けるはずだ。
血液型? 相手の血液型に依存する能力を使うとは考えづらい。この土壇場で、スキルはどの相手でも平等に作用できるものを使うはずだ。
では一体何か……私は頭をフル回転させる。
魔力量。
これしかない。順番として、元村人Aで魔力が少ないご主人、勇者だが魔法使いよりは魔力が劣るリリ姉、魔法使いだが、一度魔法を放ってしまったセシア姉、そして最後に私。
つまり、可能性としては、相手のスキルは『魔力を奪う』力があるということだ。
しかし、だとしたら私に勝ち目はない。自分で導き出した答えはあまりにも残酷なものだった。
「さて、来ないのかね?」
神父がこちらを見ている。
あれ……?
そこに違和感を覚えた。魔力を奪っているのだとしたらどんどん攻撃魔法スキルを使ってきた方がいいじゃないか。
どうしてスキルを使わない……? いや、使えないのか? だとしたら何故?
もしかして、神父自身もスキルの影響下にあるのだろうか。「魔力を奪う」スキルではなく「魔力を減らす」スキルだとしたら、彼も迂闊に魔力を使うことができない。
これだ、と思った瞬間神父がスキルの名前を『逆転』と言っていたことを思い出した。
何かが逆転している……? おそらく先ほどの「魔力が減るスキル」というだけでは百点の解答ではないのだ。まだ秘密がある。
……一つだけ、試してみよう。
「『スピードエンハンス』! 『パワーエンハンス』!」
私は目の前の神父に俊敏性、腕力向上のスキルをかけた。
するとそれを見た瞬間、神父の余裕そうだった表情が崩れ、一気に身構える。
「その反応は……どうやら正解みたいね」
「……どうしてわかった」
「考えたの。『魔力や身体能力が全て正から0へ逆転する』スキルなんじゃないかって」
つまり、三人が倒れたのは『魔力量が正から0に逆転』されたことによる魔力の欠乏。セシア姉はスキルを発動したので魔力を早く使ってしまったのが早く倒れた要因だ。
私がエンハンススキルを相手に発動したのは『身体能力を向上させるスキル』が逆転して『身体能力を減少させるスキル』になっているのではないかと踏んだからだ。それは正解のようだ。
「私はこのままエンハンススキルをあなたにかけ続ける。私の方が魔力が多いみたいだからあなたを無力化することが出来れば私の勝ち。逆にあなたを無力化する前に私の魔力が尽きたらあなたの勝ちよ」
時は一刻を争う。戦いの火蓋は改めて切って落とされた。
「うおおおおおおおおおお!!!」
神父は遅くなった足でこちらに向かってくる。捕まったら終わりだ。
「『スピードエンハンス』! 『スピードエンハンス』!」
私は何度も神父の速度を落とす。どんどんスピードは落ちていき、徒歩ほどのペースまで遅くなった。
しかし、魔力を使っているこちらもだんだんと息が上がってくる。魔力が底つきそうになっている合図だ。
「ぐおおおおおおお!」
神父の方はというと、足に力がほとんど入っておらず、生まれたての小動物のような歩法になっている。これなら逃げ切ることが出来……
その時、強烈な眩暈を感じて私は地べたに倒れることになった。魔力がもう限界か。頭は打っていない。しかしこのままでは追いつかれるかもしれない。
ぼうっとした頭で、神父が来ないことを祈り続けていると、足を強く掴まれる感覚を覚える。
「捕まえた……! 捕まえたぞ!」
万事休す。どうやら神父に足を掴まれてしまったようだ。逃げ出そうにももう体に力が入らない。
「ハハハ! この小娘が! 手こずらせやがって!」
足を握る手が強くなる。痛い!
と思った次の瞬間、その力が一気に抜け、私の体は自由になった。
「あれ……動ける?」
私は神父の様子を見るため、体を起こす。
そして足元を見て戦慄した。神父の背中には真っ黒な大剣が刺さっており、大量の血が流れていたからだ。
「こ、これは!?」
「ノ、ノーゼルダム……様」
神父がうめき声に近い声を上げる。
「この程度の小娘にこれほどまでに見苦しい真似をするとはね。君には失望したよ」
神父の横にはもう一つの影があり、今まで聞いたことのない、老人のような威厳と青年のような覇気を兼ね備えた声が聞こえる。
私は顔を上げた。目の前には真っ黒なローブを着た男が立っている。間違いなくこの人物こそが--
「ノーゼルダム……」




