第40話:元村人A、サシでやります。
「アラン・アルベルト……?」
目の前のメイド服の幼女は俺の名前を繰り返す。
先ほどまで、迷子になっていた俺はメイドが歩いているのを見かけてついていった。最初はなんの疑いもなくメイドを追いかけ回していたが、階段を上り始めて気づいた。
メイドは各階にたくさん配備されていて、同じ階で寝ているはずだ。なのに階段を上ってわざわざ他の階の巡回をする理由がない。
疑い半分、迷子半分で俺も階段を上りメイドを追いかけたら、どんどん上へと上がっていったから疑いが確信に変わった。
あとは足が速い彼女に必死で追いついて、アリシアが殺されそうになったのを助けたというわけだ。
それにしてもどういう状況なんだ。アリシアは全く体が動いてないし、目の前の幼女はナイフなんて恐ろしいもの持ってるし。まさか暗殺者とかじゃないだろうな。状況的にあり得るか。
「あなた、なんでこの毒を浴びて動いてるのよ!?」
少女は声を荒げて俺に聞いてくる。
「いや俺が聞きたいよ……」
「とぼけないで! この魔法は魔力と結合して体の自由を奪う毒なの! 一般人ですら立っていられなくなるはずよ!」
一般人ですら、だと?
魔力と結合して、だと?
そんなの、決まってるじゃないか。
「俺の魔力が……ひ、ひく」
「何!?」
俺がごにょごにょ喋るから聞こえないようだ。
「だから、俺の魔力が、ひ、ひ」
「ハッキリ言いなさい!」
この女。察せよ。
「俺のまりょ、魔力が……その」
「早く!」
「俺の魔力が一般人と比べて低いからに決まってんだろぉぉぉぉぉぉ!!!」
この部屋に防音用の結界が張られていることを思い出したのと、低いことに定評がある怒りが沸点に達し、叫ぶ。
「くっ、こんなこと聞かれたら婿にいけねぇ……」
「お、おかしいわよ! 限度ってものがあるわ!」
「褒めてんのか貶してんのか……」
いや、絶対貶されてる。
「ま、どっかでまた会いましょ」
さっきまで会話をしていたのに突然少女がそう呟くと、部屋の窓ガラスを突き破り、下に落ちていった。
「な!? ここ11階だぞ!?」
しかし取り逃がす訳にはいかない。追いかける前にアリシアの救助。
「アリシア!? ケガは!?」
「だ……いじょ……うぶ」
掠れた声を振り絞ってアリシアが返事をする。あいつも追いかけないといけないが、アリシアも放って置けない。
「よし、とりあえず、これを!」
俺は先ほどトイレに廃棄しようとしていた癒し人形をアリシアの横に置く。目がビームのように光って、アリシアの体にその光が当たる。これで回復魔法がかかっているはずだ。
「誰か来るはずだから、それまで頑張れ!」
俺はアリシアにそれだけ言い残すと、メイド服に続いて窓を飛び降りる。
「結構高いんですけどぉぉぉぉぉ!!!」
眼前に広がる景色は、月夜がほんのりと照らす闇。落下しているので下から俺を突き刺すような強い風が吹き、バスローブが風を受けて上へとなびく。なによりも足元に何もないという恐怖感は思った以上だった。
「『クラフト』!!」
窓の内側、つまりは部屋の中から床になる瓦礫の壁を作り出し、足場を確保する。想像していたよりもしっかりと足場になってくれて、着地をする。
「失敗したら死ぬところだったが……。意外とレベルアップの影響で大丈夫だったっぽいが」
村人Aだった頃と違い、モンスターたちと渡り合ったこともありかなり強くなっている。現に11階から8階まで飛び降りたが、足が痛くならなかった。
我ながら思いつきでリスキーなことしたな。だが何故だか暗殺者をここで逃してしまってはダメな気がした。
気がする、なのにここまで確信めいた行動をしているのは、おそらくこの前の事件の時のパーティの皆に影響されているのだろう。
同様の動作を繰り返して、無事地面に最速で、怪我することなく着地することができた。
「次はこれだな!」
俺はスキル、「ファイア・フラワー」を発動させる。
星々が輝く夜の空に俺の花火は綺麗に広がり、大きな音を立てた。
これで異変に気付いた人がアリシアの方に向かってくれるはずだ。
走っていくと、王城の外に出て、広場の時計の前で彼女は俺を待っていた。
王城の入り口を出て右に進むとある小規模ではあるが広場。真ん中に街のシンボルのひとつとも言える街灯くらいの大きさの時計がある。
地面は珍しくコンクリートではなく土で、木や植え込みがあり、自然のあふれるスペースとなっている。
「あなた、アホね」
「なんでだ」
開口一番に侮辱される。
「あなたが私に勝てる訳ないでしょう」
クスクスと笑いながら幼女メイドはこちらを嘲るような目で見てくる。
「うるせえ。幼女のくせに。種だって割れてるんだし、偉そうなことを言うな」
その時、メイドの何かがプチッと音を立てて切れた音がしたような気がして、彼女が顔を真っ赤にする。
「さっきから幼女幼女と……」
あ、間違いない。これ怒ってるわ。
「頭に来たわ。私は毒蛾のメイジー。ひとりの暗殺者としてあなたをこの場で殺すわ」
先ほどまでの余裕のある表情とは違い、冷静で落ち着いた顔になる。が、目が猫のように光っている。黄色い目である影響なのだろうが、そう思わせるほどの不気味さだ。
「暗殺者モードってわけか」
「ええ。そうよ。あなたには地獄に落ちて貰うわ」
メイジーは怒りの表情で話し続ける。
「体をナイフで切り刻んで、悶え苦しんでいるところに回復魔法をかける。地獄の苦しみを与えて、蜘蛛の糸を一本垂らすのよ」
「……そりゃまたいいご趣味で」
「私を侮辱した罰よ。いたぶったあと蹴り殺してやる!」
彼女が語尾を強めて、ナイフを懐から取り出し、全ての指の間に挟み、投げてくる。
食事用の銀のナイフだ。城から持ち運んで来たのだろう。合計八本のナイフは一直線に俺の方へと向かって飛んでくる。
「『クラフト』!!」
八本に対応した位置にレンガを生成し、ナイフを弾く。キン、と音を立ててナイフが落ちる。
これ、便利なスキルだけど攻撃に全然使えないんだよなあ。メイジーの頭の上にレンガを落としても倒せる気がしないし。複雑なものは生成できない。
物をストックするのも、「五指で十秒触り続ける」という条件があるから足元に落ちている武器に格好のナイフを戦闘中にストックできない。
「同じ手ばかりじゃない!」
そう言いながらメイジーはもう一度同じようにナイフを八本投げつけてきた。
「お前も同じようなことやってんじゃねえか!」
俺もレンガで対処する。こっちの方が出せるレンガの量は多いに決まっている。ジリ貧で対処すれば増援も来て、俺でもなんとかなるかもしれない。
とりあえず、つぎのレンガの準備を、と思った瞬間、腹に冷たい感覚が走った。
何かと下を見ると、ナイフが突き刺さっていた。
「えっ……」
白かったバスローブは真っ赤に染まっている。ナイフはすべて弾いたはずだ。
「だから言ったのよ。ナイフの後ろにナイフを隠して投げただけなのに。そんなことも見抜けないとはね」
嘘だろ。痛い。痛い。熱い。頭が真っ白になる。
「この前腹に穴が空いたばっかりだっていうのによ……」
痛みでどうにかなりそうだったが、一目散に俺は走った。
「逃すわけないでしょ!」
メイジーが追ってくる。俺は腹を抑えながら、くねくねと曲がり、走って逃げる。
「ちょこまかと……!」
「こんな所で死んでたまるかよ!」
俺にだって意地がある。魔王を倒すまでは、こんなやつに負けてられない。妹も村に置き去りだ。それにこの前のゴーレム戦で助かったのは、おそらくパーティーのみんなが頑張ってくれたからだ。
あいつらに会うまで。あいつらのぶんまで。
「俺が頑張るんだよ!!」
「何もできないくせに!」
メイジーが叫びながら後ろを追いかけてくる。いや、もう手は打ってある。あとは逃げるだけなんだ。
が、もう……。
俺は走るのをやめた。
「はあ、やっと諦めたわね。グルグル走り回って。手こずらせてくれたわね」
メイジーが肩で息をしながら話しかけてくる。相当走ったから、当たり前だ。
「結局時計を一周してきて元の位置に戻ってきただけじゃない」
はあ、とため息をつくとメイジーは戦闘前の恍惚とした表情でまた語り始めた。
「あなたは蜘蛛の巣に引っかかったの。いくら足掻いたって私には敵わない。この後あなたの仲間が来る算段なんでしょうけど、意味なんてないわ」
「どういう意味だ」
「私のスキル『アンノウン』を使えば通行人になれるのよ。そしてここから去ったら私は大陸を渡り、また仕事に出る」
「そりゃご苦労なこった」
「あなた自分の置かれてる状況わかってる?」
俺はたったひとりジャージを着て、腹にナイフが刺さっていて、目の前には暗殺者。どう見ても絶望的だ。
「お前こそどうなんだ?」
「何がよ」
「気づかないのかよ。俺の服装」
そこまで言って、メイジーはハッとした表情になって何かに気がついた。あのニヤケ顔を台無しに出来ただけでも俺の中では大きいんだけどな。
「バスローブを脱いだのね?」
「その通り」
「だからなんなのよ」
そう、先ほどまで着てきた血だらけのローブは脱いだ。だが重要なことはそこじゃない。
「気づかないようだから教えてやる」
「だから何を……! しまっ」
メイジーは重要な事実に気づき、顔を歪めた。
「蜘蛛に捕らわれたのはお前だ! 毒蛾!」
手に持っていた紐を引っ張ると、時計を中心にして糸が一気に結ばれ、メイジーを縛り付けた。
「足掻いても無駄だ。走ってる時にうまく調節してる。何本か編み込んでてここまできつく縛れば動けないだろ」
このバスローブはとんでもない素材でできていて、あの最強のカインが引っ張ってもちぎれないものだ。何本かで縄のようにして周辺にある木や植え込みを利用して組んだから簡単に切れるはずがない。
「一応もう二周くらい縛っとくからな」
「……充分動けないわよ」
メイジーは涙目で足を伸ばして地面に座り込んだ。




