第30話:元村人A、助けられます。
「シンシ……ア?」
地面に座り込んだリリーは恐ろしいものを見たような顔で愕然としている。
「そうよ」
シンシアと呼ばれる少女は凍りつくような笑みを浮かべて返事をする。
手に持っていた黒いナイフのようなものを懐にしまい、少しずつ歩いてくる。
「おい! リリー! 知り合いか!?」
俺が問いかけるが、リリーは既に返事ができないほど焦っている。見たところ単なる知り合いという訳ではなさそうだ。
「シンシア……なんで……」
リリーは過呼吸気味になりながらやっとのことで言葉を紡ぐ。
「なんで? そんなの当たり前でしょ」
シンシアは繰り返し、さっきの不敵な笑みから表情を一変して曇らせる。
「あなたを殺しにきたのよ」
「リリー! 逃げろ!」
シンシアが会話モードから戦闘モードに切り替えたのを察知し、『クラフト』を発動させ、今使える限りありったけの瓦礫で攻撃を防ぐ。
しかしさっきのようにシンシアがナイフを横に軽く一閃したことで、壁は見事に斬られた。
「リリー!」
彼女は既に動揺して腰が抜けてしまっているのか、全く動ける様子ではない。
顔を見ると先ほどの一撃により頬に軽い切り傷が出来ている。
「でも、今はあなたが邪魔ね」
自分の横で囁く声がする。さっきまでリリーの前にいたはずのシンシアが既にリリーの後方の俺の真横に来て耳元で囁いている。
「しまっ……」
その時だった。シンシアの動作が一瞬止まり、カキン、と金属同士がぶつかり合う音がした。
音の方を見ると、シンシアのナイフが強い力によってか、曲がっているのがわかる。俺の心臓を抉ろうとしていたナイフだ。
そして、足元にも一本鉄製の短刀が転がっていた。何の変哲もない短刀に見えるが、持ち手の部分に剣が交差している紋章のようなものが書かれている。
「そいつから離れた方がいいぜ」
男の声がして、 シンシアがその呼びかけに応答する。
「さもなくば、死ぬ」
声の方向を見て、ようやく声の主を見つけることが出来た。
茶髪に、前が開いた黒いパーカーを着用している20代くらいの男だった。
「『針ネズミ』」
男はスキルを詠唱した。次の瞬間、短刀が何も無かった空間から次から次へと現れ、シンシアを中心に向かっていく。
シンシアは曲がったナイフで何本か弾いたが、そのうちの何本かはシンシアの体を捉え、足や肩に短刀が刺さる。
シンシアはたまらず俺とその男から距離を取る方向へ飛び跳ねた。
「……賢明な判断だ」
痛みで肩を抑えて座り込んだシンシアを見て、男は言った。
「何者……だ」
シンシアは痛みに喘ぎながらも、必死に声を出す。
「王都ラクシュ、冒険者ランキング一位のカイン。カイン・スティールだ」
目の前の男は鋭い目でカインと名を名乗った。どうやら言葉やここまでの状況を見るに、かなりやり手らしい。
「邪魔を……するな!!」
シンシアは刺さった二本の短刀を抜き、カインに叫び、向かっていこうとする。
その叫び声やオーラに、俺は思わず身震いした。まるで獣のような純粋で、恐ろしいまでの強い殺意だ。
「残念だがお前はもう捕えられてるんだよ」
シンシアは走ってカインの方に行こうとしたが、動くことが出来なかった。
左足が凍りついていたからだ。既にカインによって布石されていたというわけだろう。
「チェックメイトだ。女の子はあんまりいたぶりたくないから大人しく投降してくれないか」
カインの一言にまたシンシアは荒ぶり始めた。
「どこまでも……! どこまでもどこまでもどこまでもどこまでも!!」
悔しそうな表情をし、子供のように喚く。先ほどの殺意と言い、このシンシアという少女からは愚直なまでの感情が伝わってくる。
少し叫び、シンシアは息を荒らげながらリリーの方に一瞥をくれる。
リリーは先程よりかは落ち着いているように見えるが、目の前の出来事が信じられないとばかりに目を大きく開き、こちらの様子を見ている。
「アハッ、一週間後、また来るわね」
シンシアは怒りの表情から一変して笑いながら言った。
「しまった!」
カインが驚いた表情をして走り始める。
次の瞬間、シンシアは凍りついた右足を自分の曲がったナイフで切り落とし、黒い霧となって消えた。
一瞬の出来事であった。たくさんの事が起きすぎて頭の中が整理できないが、とにかく目の前からシンシアはいなくなったのだ。
「ちっ、逃げられたか」
カインは悔しそうな表情をして、軽く地団駄を踏んだ。
が、俺達がいることを思い出し、表情を和らげる。
「あー。大丈夫……ではないわな」
「危ないところをありがとう、カインさん……」
「合ってるよ。じゃあ次のことをするか」
カインはそう言うと歩いて俺の後ろにいたセシアとニーナを見下ろす。
こっちの銀髪の子は力を使い果たして気を失ってるだけみたいだけど、赤髪の子は怪我が酷いな。
「命に関わりそうか?」
「いいや。ちょっと待ってろ」
カインはそう言うとセシアの額に手をかざした。すると白い光がカインの手から放たれ、傷がだんだんと癒えてきた。
「これで一先ずは大丈夫だ。全員応急兵士たちの救護班のところに見てもらいな」
「ありがとう。助かった」
「どういたしまして。俺は行くから、その子を落ち着かせてからお前らも行くんだぞ」
カインはリリーを指さす。リリーは過呼吸は治まっているが、呆然としており、まるで魂が抜けてしまったようだ。
「じゃ、後はよろしく」
カインは後ろを向いたまま手を上げてバイバイのハンドサインをした。戦闘の時とは打って変わって実は結構適当な性格なのではないかという印象を受けた。
とにかく、カインには後でお礼を言うとして、今はこいつらをなんとかしよう。
「おい、リリー。しっかりしろ」
「アラン……」
受け答えはしっかりできるようだが、なんとか言葉を出しているという、か細い声だ。
「怪我はないか? 落ち着いてきたか?」
「うん……だいぶね」
「……あの子については後で聞く。今は救護班の所へ向かうぞ」
俺とリリーはそれぞれセシアとニーナを担いで王都中心街の救護班による応急手当のスペースにつれていった。
そこには何十、何百という人々が身体に包帯を巻いて寝っ転がっていた。現在進行形で痛みに苦しみ喘ぐものもいる。
まさに、地獄絵図と言ったところだ。
その後はリリー、セシア、ニーナを救護班に任せて、俺は瓦礫に埋もれた人々の救出作業に加わった。ゴーレムはほとんど片付いているようで、危険が少なかったため単独でも作業に参加できるのが、不幸中の幸いというやつだった。
ポーラが午後から雨が降ると言っていたように、衛兵や救護班たちが雨による低体温の対策について話し合っていたのが耳に入ってきたが、これも幸いなことに曇っただけで、むしろ午後は晴れて杞憂に終わったのだからよかった。
だが、空の天気とは対照的に、人々の心には大きな雲が出来ているように見えた。




