表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想徒然絵巻  作者: 日生
62/150

商売敵

 次の瞬間に、猿面の人が走り、天宮くんが床を蹴った。


 お互いに会話もないまま、いきなり戦いが始まる。


 猿面の人は、確かに以前、私を助けてくれたあの人だ。

 ちゃんと覚えてる。


 でも今はなぜか天宮くんと戦っている。相手は武器を持っているけれど、炎を拳にまとって殴りかかる天宮くんには触れられないのか、徐々に後退していく。


 天宮くんの炎は物を燃やしたりはしないし普通の人には見えないけれど、妖怪には有効で、人にも多少の痛みを与えることができるらしい。


 猿面の人がどんどん後ろに下がってくれたので、私は一つ目入道さんのところまで前に出ることができた。


「一つ目入道さんっ!?」


 声をかけ、揺すっても大きな一つ目は閉じたまま、口は開いたまま。頭も少しへこんでいる。

 まさか死んではいないと思うのだけど、妖怪のことはよくわからない。


「一つ目入道さん! 一つ目入道さっ―――」


 その時、後ろから口を塞がれた。

 さらに右の手首を捕らえられ、逃げられない私の耳元に、男の人の声が囁く。


「大人しくしていたまえ。さもないと痛い目に遭うよ」


 全然、知らない声だ。


 妖怪の気配はしない。けれど、妖怪より怖い感じがする。


 その人は私を立たせ、廊下の向こうに呼びかけた。


「天宮! この娘の命が惜しくば止まれ!」


 天宮くんが振り返り、背後の状況に目を瞠る。


 その隙に猿面の人は天宮くんの脇をすり抜け、ちょうど天宮くんと私たちの間の位置に止まった。


古御堂こみどうの奴らだな?」


「さすがに調べはついているか」


 低い声音で尋ねる天宮くんに、答えたのは私を拘束している男の人だ。


「佐久間を放せ。祓い屋がなんのつもりだ」


 祓い屋? この人たちも?


 だとしたら、本来は味方のはずじゃないの?


「解放するのは無事話を終えてからだ。少しでも妙なまねをしてみろ、彼女がどうなるかはわからないぞ?」


 腕が首に回り、力が込められる。一瞬だけ喉の骨を圧迫され、思わず咳き込んでしまった。


「やめろっ!」


 天宮くんが叫ぶ。

 肌で感じられるほどの怒りが発せられていたけれど、本人はじっと、その場を動かなかった。


 それに満足したのか、後ろの人は「ふふん」と笑う。


「やはり、この子は天宮にとってよほど重要な人物なんだな? それでこそ調べた甲斐があったというものだ」


「佐久間を監視してたのはお前らか」


()、ではないよ。そこの弟さ」


 猿面の人を、顎で指すのがわかった。

 弟、ってことは、このお二人は兄弟なんだ。


「この子については色々と問い質したいところではあるが、こんなにおいしい状況は滅多にないのでね。――椿さん、いるのでしょう? 姿を見せてください」


 お兄さんのほうが声をかけて数秒後、天宮くんの後ろ、曲がり角から椿さんが現れた。


 その瞬間、背に当たる体から細かな振動が伝わってきた。


「あぁ・・・相変わらずお美しい。またお会いできて光栄ですよっ」


 さっきより声がワントーン高くなっている。

 伝わる震えは、身震い?


 対する椿さんは片手で眉間を押さえていた。


「また、あんたなの・・・」


「知ってんのか?」


「兄貴のほうが、昔からちょいちょい邪魔してくれるのよ」


「そんな、僕は貴女にお会いしたいだけなんです。最近は仕事でもお見かけすることができず、毎日貴女を想っては狂おしいほどの恋の炎に身を焼かれ続けていました。あと少しお会いするのが遅ければ焦がれて死んでしまうところでしたよ」


「構わないから骨まで残らず燃え尽きて?」


 なんとも情熱的な告白を、椿さんはばっさり笑顔で切り捨てる。

 けれどお兄さんはめげなかった。


「相変わらず氷のように冷たいお方だ。ですが僕は信じています。いつかその頑なな心が僕の愛に解けることをっ。貴女のパートナーは僕以外ではあり得ないのですっ。というわけで椿さんっ」


 お兄さんは私を拘束する腕に力を込める。


「この娘を返してほしくば僕と付き合ってくださいっ!」


「・・・」


「・・・」


「・・・」


 私も含め、全員が沈黙してしまった。


 やがて椿さんが大きく大きく溜息を吐き、真ん中で静かに佇んでいる弟さんに、疲れたように言った。


「・・・弟くん。キミ、身内なら止めなさいよ」


「無理」


 初めて弟さんが喋ったのはその一言だった。


 椿さんはやれやれと首を振る。


「ごめんね、ユキちゃん。そいつ思考回路がバグってるの」


「確かに僕は椿さん、貴女を想うと脳がショートするようですよ」


「もはや嫌味も効かないの。―――だからね?」


 椿さんはその時、今までとは違う笑みを浮かべていた。


「ちょっとだけ、我慢しててね?」


 辺りが、眩い光に包まれた。


 それは目も開けていられないほどの光で、何も見えないでいると、後ろからうめき声が聞こえ、同時に私を捕まえていた腕の感覚が消えた。


 しかし間髪入れずまた誰かに捕まる。

 抵抗する間もなく引き寄せられ、体が浮いた。


 一体何が起こったのか、まったくわからなかったけれど、視界が戻るといつの間にか私は天宮くんの腕の中にいて、例のお兄さんは床に倒れ、弟さんは一歩前に踏み出した体勢で硬直していた。


「よしよし、打ち合わせなしでよく動けたわね。上出来よ♪」


 隣で椿さんが満足そうに言い、懐からいそいそとなぜかビニール紐を取り出している。


「怪我はない?」


 そんな様子は気にせず、天宮くんは私に尋ねた。


「う、うん。今、何があったの?」


「椿が術で目を眩ませて、その間に俺が佐久間を助けた。あいつらは椿の術にかかって金縛り状態になってる」


「か、金縛り?」


 確かに自分からはぴくりとも動かない。そこを椿さんに無理やり腕を後ろに曲げられ紐でぐるぐる巻きにされていってる。それにしても、どうして紐なんか持っていたんだろ。


 最終的に兄弟は背中合わせにまとめて縛られ、足まで完全に拘束されて絶対に脱出できない状態にされてしまった。

 お兄さんは「ひどいよ椿さん・・」とぼやき、お面を外された弟さんは、両目とも閉じてひたすらに沈黙していた。


「あんたらねー、状況ってものがあるでしょう? 妖怪に閉じ込められてるのにどーして喧嘩ふっかけてくるのよ」


「またとないチャンスだったもので。もちろん、椿さんのことは僕が守るつもりでしたよ!」


「あんたに守られるくらいなら舌噛むわ」


「おぉ! いかなる時も己一人の力で立つ、貴女の高潔な精神には脱帽ですよ!」


「・・・もう、だめね」


 椿さんはあきらめたように、会話を投げ出してしまった。


 とりあえず状況は安定したようなので、再び一つ目入道さんの傍に行って揺すってみると、一つ目入道さんはようやく気づいて、「あいたたた・・」と頭を押さえながら起き上がった。


「大丈夫ですか?」


「なんとかな。我としたことが、寄る年波には勝てんのう」


 言いつつ、すりすりと若干へこんだ部分をなでさする。もとの形に戻ればいいけれど。

 ひとまず、大事にならなくてよかった。


「―――で? どうして古御堂がユキちゃんを尾行してたわけ?」


 向こうでは椿さんによる尋問が始まっていた。私も離れたところから耳を澄ませた。


「近頃、妖怪たちから頻繁に佐久間という名を聞くものですから」


 質問にはお兄さんが答えていた。


「祓い屋の間でも聞いたことのない名でしたので、一体何者か調べることにしたのです。はじめは単なる興味本位でした。ところが、ようやくそれらしい人物を発見すると、彼女の傍にはいつも天宮の者がいるじゃありませんか。噂では、佐久間とは妖怪の絵師とのことでしたが、なぜ天宮が張りついているのか、こちらこそが説明を乞い願いたいところですよ」


「そんなことを知りたくてここまで尾行したわけ?」


「いえ、生憎と偶然です。古御堂にも別口から同様の依頼が来たんですよ。おそらく恋の女神が僕に微笑んだのでしょうね。椿さんが来ていたうえ、問題の少女も迷い込んでいた。チャンスは逃さないのが僕の信条でして、天宮が彼女を守る理由はともかく、人質に取れば今度こそ椿さんに迫れるのではないかと思ったわけで」


「あーもうあんたのお釈迦になった頭を直してあげる気力はないから、その辺の説明はいいわ」


 ひらひらと手を振り話を遮る椿さん。

 先ほどの乱闘はお兄さんが椿さんに告白するためのお膳立てだったんだなあ。


 付き合ってもらうために人質まで取るなんて、かなり激しい求愛。

 それをあっさりかわしてしまう椿さんもすごい。


「では、今度はこちらがお尋ねします。彼女は一体何者なのですか? なぜ天宮が守護しているのです?」


「煉の恋人だからよ」


 ぶっ、と吹き出したのは私と天宮くんの両方。


「おいっ!」


「なによ。別に隠すことでもないじゃない」


「隠すもなにも違うっ!」


「うっそ、あんたらまだ付き合ってなかったの? 我が弟ながら奥手過ぎるわよ?」


「黙れ!」


 天宮くんが普段らしからぬ激しい口調で椿さんに怒鳴り立てている一方、私は何も言えずにただ口をぱくぱくさせているだけだ。


「で、結局どういうことなんですか?」


 私たちの混乱をよそに、お兄さんが改めて尋ね直す。


「要するに修行よ修行。彼女、ユキちゃんには妖怪がやたらと寄って来るの。それらから彼女を守り抜くっていう修行。だから家ぐるみで守ってるわけじゃないわ。動いてるのはあくまで煉だけ。ま、あたしたちだって鬼じゃないから? 時々は力を貸してあげたりもするけどね」


「修行、ですか・・・しかしなぜ彼女なのですか? 彼女は天宮とはもともとまったくの無関係だったのですよね?」


「偶然ユキちゃんが煉と同じクラスになって知り合った、それだけのことよ」


「なぜ彼女のもとに妖怪が寄って来るのです?」


「ユキは絵がうまいでのう」


 と、これには一つ目入道さんが答えた。


 皆さんが一斉にこちらを向いたので、私は慌てて顔を伏せる。だって、まださっき熱くなった頬が冷めていなかったのだ。


「我らの絵をそれはそれは上手に描いてくれるのだ。ゆえにユキは我らの人気者なのだ」


「と、こういう妖怪たちがユキちゃんをさらったり、危ない場所を連れ回したりするのよね。だから煉が守ってあげてるわけ。納得したかしら」


「にわかには信じ難い話ですが・・・よくわかりました、お答えいただきありがとうございます椿さん」


 どうやらお兄さんが納得してくれて、いったんこの話は終わったようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ