夜祭り
夜店の通りには、人の川ができていた。
沙耶たちもこの中にいるのかもしれないけど、こう人が多いと出会う確率は低そう。っていうか、歩き出して数秒で、私はさっそく天宮くんとはぐれそうになっている。
浴衣はスカートやズボンと比べて極端に歩幅が狭くなるから、軽く走らないとすぐ間に誰かが入り、緋色の頭を見失いそうになる。
うう、沙耶たちが来ないとわかってたら普通の服を着たのに。いや、わかってたらそもそもこんな状況にはならないか。
「っ、天宮くんっ」
間に二人くらい入ったところで危機感を抱き、私は慌てて手を伸ばす。
とりあえず指先が触れたところを掴むと、一瞬、ぴくんと跳ねるような感覚があった。
ともあれ、なんとか天宮くんに追いついた。
「よかった・・・」
ほっとして思わず笑みが零れる。
私も天宮くんも足を止めたので、人は私たちを避けて流れていく。
天宮くんは無言でじっとどこか下のほうを見つめていて、何かと思って視線を辿れば、彼の腕を掴んでいる私の手があった。
「あ、ご、ごめんなさいっ」
「いや・・・」
慌てて手を放し後ろに隠す。咄嗟とはいえ、前の人の体を掴むなんて子供みたいなことをしてしまった。急に触られて天宮くんも驚いたのだろう。
「歩くの早かった?」
「い、いえ、私が遅いんです。ごめんね? いきなり掴んでしまって」
「それはいいけど・・・まあ、じゃあ、えーっと・・・」
天宮くんは、何かを悩むように唸り、
「腕、でも、どこでも、掴んでて。そしたらはぐれねーと思うし」
と、目を逸らしながら言う。
私はこの時、顔が赤くなるのを自覚できた。
ど、どこでもと言われても、服は引っ張ったら伸びちゃうだろうし、あと掴めるところなんて本当に腕くらいしか・・・で、でもそれってまるで恋人みたいじゃありませんか?
いいのかな。いや、いいわけないと思うけど、でも、はぐれたら困るし・・・この場合は、いいの?
「・・・あ、嫌だったら」
「い、いえっ。じゃあ、あの、し、失礼します」
半分申し訳なく半分かなり緊張しながら、私は天宮くんの腕に両手を添えた。
ああ、顔から火が出そう。
天宮くんはどうなのかなと思っても、恥ずかしくて視線を上げられず、表情は確かめられなかった。
「見たいものあったら止まっていいから」
「う、うん」
声を聞くだけなら、天宮くんは平静そのもの。
彼のほうは仕事と割り切り、全然気にしてないのかな。
実際、天宮くんにぴったり張り付いて歩いていれば、すごく楽だった。
速さは私に合わせてもらえるし、人ごみには彼が盾になってくれて、周りに押しつぶされることもない。
それをありがたく思う一方、罪悪感が激しく襲い来る。
恋人でもないくせに遊びに付き合わせて庇ってもらってるこの状況って・・・うわあだめだ! 本格的にだめだ私!
そんな時、目に飛び込んできたのは、ブルーシートを屋根がわりにしている地味な感じのお店。お酒のケースを土台に薄い板を乗せ、その上で皆が画鋲を持ってかりかりやっている。
「あ、天宮くん、あれっ」
いたたまれなかった私は、思いきって彼を止め、そのお店を指した。
「あれ、やってもいいですか?」
そこは型抜き屋さん。ピンク色の薄っぺらいお菓子の板に、傘やコマなどの型が彫られてあって、その形を画鋲できれいに抜き出すと賞金がもらえる、お祭りには定番のお店だ。
「ん、いいよ」
天宮くんの了解も得て、店のおじさんに百円を払い、いざ二人でやってみる。
実を言うと、私はこれが得意だった。
焦らず丁寧にさえやればうまくいくから、鈍くさい私にもできるのだ。さすがにスケッチするよりは時間がかかるけれど、よく集中して・・・。
「―――できました!」
私が抜き出したのはコマの形。お店のおじさんの厳しい審査をなんとかくぐり、五百円の賞金をもらえた。
「おー」
天宮くんが感心したような声を漏らす。彼は傘の型だったのだけど、途中で割れてしまったようだ。柄の部分が細くて難しいもんね。
「やっぱ佐久間は器用だな」
「ううん、できるのはこれだけだよ。ね、向かいのたこ焼き食べませんか? 成功したのでおごりますっ」
「いいの?」
「今日付き合ってくれたお礼です」
臨時収入だもの、ぱーっと使ってしまおう。
ジャンボたこ焼きを買って二人ではふはふ食べると、空腹だったことに気づき、次には目に付いた綿菓子が食べたくなって、その次はリンゴ飴を舐めた。
天宮くんも焼き鳥や焼きそばなんかを買い、道の端に寄って食べる。
すると少し緊張もほぐれて、ようやく私はまともに天宮くんの顔を見られるようになった。
辺りがだいぶ薄暗くなってきた頃だ。
「あ」
また歩き出してしばらく、今度は天宮くんが先に足を止めた。
これもお祭りの定番、射的屋さんだ。
赤白の幕の前に四段の棚があり、ぎっしりと景品が並んでいる。子供たちが腕を精一杯伸ばし、目当ての景品目がけてコルクを発射していた。
「天宮くん、やるの?」
「あー・・・やってみるか。やったことねーけど」
言いつつ、お店の人にお金を渡して細長い銃を取る。
「佐久間、なんか欲しいのある?」
「? 私の?」
「言って」
「え? でも」
「いいから。十発もあるし」
促されて、ずらりと並んだ景品を見回すと、狐の小さなぬいぐるみが目に入った。
頭に紐が付いているから、ストラップのようだ。ちょこんとお座りしている可愛い子狐で、クリーム色の毛並みが少しお狐様に似ていると思った。
「あ、あの狐のストラップ、とか?」
「わかった」
天宮くんは台に肘をつき、銃を抱え込むようにして構えると、狙いを定めて数秒のうちに発射した。
それが、ぽんと見事に狐の頭に当たり、ストラップはバランスを崩して、こてん、と横に倒れた。
「わ、すごいっ、一発で」
やったことないと言っていたわりに、子供たちが一生懸命腕を伸ばしても当たらないものをあっさり的中させてしまった。
天宮くんはお店の人から景品を受け取ると、
「はい」
と私の手に置く。
「ほ、ほんとにくれるの?」
「うん。せめてものお詫びで」
「? お詫び?」
「色々、窮屈な思いさせてるだろうから」
私が咄嗟に言い返せずいるうちに、天宮くんは銃に残りのコルクを詰めて、小さなお菓子の箱をいくつか連続で命中させる。
・・・どうして、天宮くんが私に謝るんだろう。
窮屈な思いって、彼が何を私に強いているというの?
このお祭りだって、ふらふら遊んでないで家で大人しくしてろ、くらい言っても当然なのに。優しい彼が、これまで何度、私のわがままに付き合ってくれたことか。
謝るのは私のほう。
報いなければいけないのは私。
でも、どうしたらいいのかわからない。それとも、そんなことを考えること自体、おこがましいのかな。私という存在は天宮家の方々を不安にさせるだけで、なんの役にも立ちはしないのだから。
こんな時、おじいちゃんならどうしただろう。おじいちゃんは私なんかよりもずっと絵がうまかったのだから、もし天宮くんたちに出会っていれば同じ状況になっていたかもしれない。
もし今もおじいちゃんが生きていたなら、相談できたのかな。
とっくに失ったものを求めるのは、愚かしいことなんだろう。
決して戻ってはこない。
わかっているのに、視線は人ごみの中を、懐かしい姿を探してさまよった。
「――」
それを待ち構えていたかのように。
人の波の向こうに、見えた。
亡くなる以前の元気な姿で、微笑みを浮かべている。
ゆっくりと、その右手が顔の高さまで上がり、おいで、と。
私は誘われるままに一歩、踏み出す。
途端に後ろから、目を塞がれた。
「落ちついて」
一瞬パニックになりかけた私の耳元で、天宮くんの声がする。
「鼻から大きく息を吸って、口から吐いて。・・・そう、繰り返して。あれは幻」
彼の落ちついた声音が、私の頭に冷静さを取り戻す。
「雲外鏡っていう妖怪だよ。相手が望むものを映し、魅入れば取り込まれる。もう一度、よく見て。あるのはただの鏡だ」
そっと、目を塞いでいた手が取れる。
天宮くんの言ったとおり、その先にあるのは紫色の煙に包まれた大きな鏡だった。
鏡面に人の目鼻口が浮かんでいて、にやりと笑みを残し、消えてしまう。
緊張が途切れ、危うくその場にへたりこんでしまいそうになった私を、天宮くんが支えてくれた。
「祭りは闇との境が曖昧になってるから気をつけて。変なものが見えても気を確かに持ってれば、雲外鏡みたいな妖怪は佐久間一人でも追い払えるよ」
「う、うん。ありがとう」
「いや、俺が待たせたのが悪かった」
「ううんっ」
妖怪を見つけたのが、ちょうど天宮くんが射的を終えた時でよかった。死んだおじいちゃんが現れるなんて予想外過ぎる。
妖怪たちも人にまじって遊んでいるのだろうか。なんにせよ、ちょっと危ないところだった。
「傍、離れないようにしよう。そろそろ、はぐれるとまずい時間になってきた」
「うん、わかった」
気を引き締めて、私は天宮くんの腕をさっきよりしっかり掴む。
すると、天宮くんが何か言いたそうにこちらを見てきた。
「? ――あ、やっぱり腕を掴んでたら邪魔で」
「やっ、そうじゃないっ」
慌てて手を放そうとしたら、同じく慌てた感じで止められた。
「邪魔ってわけじゃなくて、そうじゃなくてっ・・・いや、なんでもない」
「・・・?」
「なんでもない。えっと、掴んでてくれたほうが、いい。俺も安心できる」
「そ、そう?」
大丈夫、なの、かな?
なんだか一瞬変な空気になったものの、結局、さっきと同じ状態でまた、歩き出す。
「あ、そうだ。これ、ありがとうっ」
まだストラップのお礼を言っていなかったことを思い出し、歩きながら改めて頭を下げた。
「大切にします」
「あー・・・うん」
「でもすごいねっ。初めてであんなに当てちゃうなんて」
「前に、酔っぱらった椿に捕まって、延々コツを聞かされ続けたんだ。あいつ、祭りとか騒がしいのが好きなんだよ」
意外にもお兄さんではなく、お姉さんのほうに教わっていた。
椿さんはモデルさんみたいにスタイルのいい、ものすごい美女で、見た目からはあんまり屋台で遊んでるイメージが湧かない。
でも実際にお話ししてみると、かなり気さくで砕けた方だから、案外こういうお祭りの雰囲気が似合っているかもしれない。
「椿さんも今日のお祭りに来てたりするの?」
「いや。たぶん、今はそれどころじゃないと思う」
「あ、そっか、お仕事とか忙しいよね」
「まあ、そんな感じ」
「・・・その、ごめんね? 忙しいのに誘っちゃって」
「いや、俺はまだ大して忙しくないから。佐久間の護衛も仕事だし。ってか」
天宮くんはちらりとこちらを見て、それからまた目を逸らす。
「・・・仕事で遊べるってかなり役得だと思ってる。俺も、楽しませてもらってるから、そんなに気にしなくていいよ」
「え!?」
私が思わず大きな声を上げてしまったから、天宮くんをびっくりさせてしまった。でも、だって。
「天宮くん、楽しんでたの?」
「そこ驚くとこ?」
「ず、ずっと表情変わらないし、楽しくはないのかと」
「あー・・・っと、無愛想なのは生まれつきっつーか、えっと、ごめん」
「あ、謝らなくていいよっ。天宮くんも楽しいなら何よりです、うん、ほんとに」
それなら誘った甲斐があるというものだ。私ばっかり楽しんでいたら悪いもの。
「あんまり、祭りとか行事に参加したことないんだ。だから、まあ、新鮮っつーか」
「そうなの?」
「昔は休む暇なく妖怪祓いの修行させられてたし、神降ろししてからは面倒ごとが色々あって。遊ぶこと自体ほぼない」
「た、大変なんだね」
「天宮に生まれた奴は大抵そうだよ。俺は、まだ楽なほうだと思う」
天宮くんたちが普段何をしているのか、想像もつかないけれど、遊ぶ暇すらないことを、しかたがないと割り切っているその心は、どんなものだろうか。
つらいだろうか、寂しいだろうか。
それとも意外に平気なのかな。私には全然わからなかった。
「――あの、天宮くん」
「なに?」
「もうすぐ河原で花火が上がるの。それで、いい場所を知ってるんだけど、行きませんか?」
「ん、どこ?」
「北山神社。階段長いから登る人が少なくて、でもよく見えるの。河原のほうはたぶん、もう場所取られてると思うから」
「わかった」
そうして、私たちは河原へ行く人の流れに逆らい、神社へ登っていった。
感じ方は人それぞれだけど、今の時間を天宮くんが楽しいと感じてくれているのなら、私にできる限りのことで、もっと楽しませてあげられたらいい。




