友の罠
お盆を過ぎれば、夏休みも残りわずか。
まだ受験も遠い高校一年生の夏休みというのは、世間様から見ればのんびりしたものらしいけれど、学校の課題は当然、中学校の頃より量も難易度も上がってる。
一応ちょこちょことは進めていたものの、私は決して勉強が得意とは言えないほうだから、よくわからないところがたくさんあって困っていたところ、沙耶から家で勉強会をしようと誘ってもらえた。
沙耶のお家にお邪魔するのは、これで三度目くらい。
夏休みになってからは初めてだ。
この夏はテニス部の合宿などにも行って、一生懸命練習していたらしく、久しぶりに会ったら沙耶はすっかり小麦色になっていた。
「ねえ、明日、北山神社の近くでお祭りあるでしょ?」
わからないところを二人で相談しながら(というより私はほとんど教えてもらう側だったけれど)、しばらくまじめに勉強して、ちょっと休憩、とシャーペンを置いた時、沙耶に言われて思い出した。
明日、北山の麓で大きなお祭りが行われる。
近くの河原で花火も上がるし、夜店もたくさん出て賑わう。
小さい頃は家族で行ったりもしたが、かなり混むので最近は家の窓から花火を遠目に見るくらいだった。
「ユキは天宮くんと行くの?」
「んぐっ」
「わ、大丈夫?」
麦茶が変なところに入り、げほげほ咳き込む。
「な、なんで?」
「そりゃお祭りデートは基本でしょ」
「い、いや、だから、私は天宮くんとそんな関係じゃないよ」
「なになに? うまくいってないの?」
「そうじゃなくて・・・」
「あー、あれでしょ? 二人とも大人しい性格だから進展しないんでしょ。夏休みはデート何回くらいしたの?」
「そんなのしないよ」
「え!?」
沙耶は驚いて、そしてなぜか怒り出した。
「うそでしょ!? なにやってんの!?」
「な、なにって言われても・・・」
夏休み中、天宮くんとは数えるほども会っていない。部活に二回ほど、顔を出してくれた時に話して、あとは南山の河童の沼で会ったくらい。
「ひと夏の思い出作らなくてどうするっ! 天宮くんからは誘ってこないわけ?」
「私相手に誘うもなにも」
「あーもー草食系どうしはこれだから!」
沙耶は、ばん、と机を叩く。
そう言われたって沙耶の勘違いなのだからしかたがない。天宮くんは私と遊びたいなんて欠片も思ってないのだ。
「とにかくっ、明日のお祭りは天宮くんを誘うことっ。いい?」
「無理だよー・・・」
「無理じゃないって。自信なさすぎだよユキはっ」
「だって、それは・・・」
「じゃあさ、みんなで行こうよ。クラスの子、男子も何人か呼んであげる。そしたら誘うのも恥ずかしくないでしょ?」
沙耶の申し出はひたすら親切で、その後も渋る私を一生懸命説得してくれた。
沙耶はお人好しというかなんというか、ものすごく優しい友達だと思う。本当にそういう状況だったのなら、こんなにありがたい手助けはないだろう。
心から私のためを思って言ってくれてる。それがわかっているから、結局、断ることができなかった。
沙耶に促され、その場で天宮くんにメールを打つことになる。
明日の夏祭りへクラスの人たちと一緒に行こうということになったので、よければ天宮くんも来ませんか、と。
断られるのを覚悟で待つこと三十分ほど。
行く、との返信がきた。
「やったぁ!」
私より沙耶のほうが喜んでいた。
でもたぶん、遊ぶ気になったというより、お祭りが夜で、妖怪が出るかもしれないから付いて来てくれるだけだろうなあ。
「ユキは浴衣持ってる?」
「あ、うん。あると思うけど、浴衣着て行くの?」
「そりゃあねっ。お祭りでもないと着れないじゃん?」
「そうだね。あ、じゃあ、沙耶の浴衣姿あとで描かせてもらっていい?」
「そ、それはさすがに恥ずかしいよっ。てかユキもちゃんと浴衣着てよ? それで天宮くん悩殺しちゃえ」
「無理だよ・・・」
私の浴衣姿なんてたかが知れています。沙耶が着ると言わなきゃ絶対に着ないもの。
そういえば今さらだけど、誤解が解けないまま天宮くんを呼んで大丈夫なのかな?
色々と気まずいことになりそうな・・・。
けど、課題を無事に終えて、暗くなる前に家路を辿っている頃には、私もだんだんとうきうきしてきた。
久しぶりのお祭りが実は楽しみなのだ。
誤解はすぐには解けないかもしれないけど、別に天宮くんと二人きりで回るわけではないし、普通に沙耶たちとみんなで遊ぶだけだと思っておけば、少しは気が軽くなる。
そうだ、あんまり気にし過ぎないほうが、きっとうまく楽しめるはず。
――と、この時は暢気に考えていたのでした。
❆
お祭り当日。
お母さんが自分の昔の浴衣を、箪笥の奥から見つけて出しておいてくれた。私が大きくなったらあげようと思って、実家から持ってきていたものらしい。
白地にピンクや薄紫色の小さな花の模様が入った浴衣だ。お母さんいわく、夜の暗がりには白い色が映えるだろうとのこと。
姿見の前で着付けて、髪も浴衣に合うように結い上げてもらった。
「――はい、これでいいでしょ」
「ありがと」
やっぱり人にやってもらうと、きちんとできる。大天狗様の宴で自分で着付けた時は、相当おかしなことになってしまったもの。
「携帯と財布は持ったの?」
「うん、持ったよ」
赤いちりめん模様の巾着袋をお母さんに見せる。
「気をつけて遊んで来なさいよ。迷子にならないようにね」
「ならないよ。もう高校生だよ? 私」
的外れな心配にちょっと呆れてしまう。小さな子じゃあるまいし。大体、もしみんなとはぐれたとしても、一人で帰って来られる。
それでもお母さんは、なんだか不安げな顔をしていた。
「あんた、昔お祭りで迷子になって、朝まで見つからなかったことがあるのよ?」
またこの話だ。
毎年、時期になると必ず蒸し返される。
「それって、私が幼稚園くらいの頃でしょ? 覚えてないよ」
「あんたねえ、あの時はほんっともう、心配で心配でお母さん死ぬかと思ったのよ? 警察にも届けて大事になったんだから。結局おじいちゃんが見つけてくれたからよかったものの」
「っ、もう、大丈夫だよっ。そんな心配いりませんっ」
正直、自分で覚えていない過去のことを言われたって、なんともしようがない。
お母さんはまだ、私をふらふらどこかに行っちゃう小さい子と同じだと思っているんだろうか。
さすがの私にも、それが嫌だと思うくらいのちょっとしたプライドならある。
なのでついつい、言い返す口調が強くなってしまう。
「あんまり遅くならないうちにちゃんと帰るから、心配しないで待ってて。行ってきますっ」
「はいはい。気をつけてねー」
家を出たら、いつもより混み合うバスに乗って、町の北へ。
北山のだいぶ手前のバス停で降りて、そこから少し歩く。バスを降りると、すでにお祭りのお囃子の音が聞こえてきた。
待ち合わせは六時。
まだ早いので、沙耶の家に寄って一緒に待ち合わせ場所に行こうかと思い、出発前にメールを送っておいたのだけど、バスを降りてから携帯を開けたら、着付けに手間取っているから先に行っててと返信が来ていた。
なので、しかたなく一人でからころ下駄を鳴らしながら、お祭り会場へ向かう。
待ち合わせ場所は、ずらっと屋台が並ぶ道の入り口。
何十メートルもの車道を警察が全部通行止めにして、色んな屋台が出て、すでに多くの人が通りの幅いっぱいにひしめいていた。
その人ごみに呑まれないように、道の端っこの街灯の下に避難。
頭上には小さな提灯が紐に繋がれて、ずっとずっと北山のほうに向かって連なっている。
笛や太鼓のお囃子は、通りの入り口にある、お祭りの実行委員会のテントに付けられたスピーカーから流されているもののようだ。時々、何かの拍子に音がかすれる。
腕時計を見ると五時四十分くらいで、他の人はまだ来ていないみたい。
沙耶が誘った相手は詳しく知らないけど、同じクラスの人ではあるみたいだから、来たらわかるだろう。ただ人が多いので、見つけられるか不安。
待つ間、他にすることもなく、私は周りの様子をただ眺めていた。
闇を前に赤く染まる空に浮く、提灯の中身は電球だろうか。
女性は浴衣の人も多く、十人十色の鮮やかさがよく映えている。男性にも、ちらほら渋い色の浴衣姿の人がいる。
ソースや炭火や、何かおいしそうな匂いが漂い、楽しげな声がスピーカーのお囃子に負けず響いている。
辺りはどんどん暗くなるのに、ここだけはだんだん明るくなっていくような。そんな独特な活気に、胸が期待にふくらむ。
ああ、この光景を絵に描きたいなあ。
でもさすがに今は何も描くものは持っていない。よく目に焼き付けて、帰ったら描こう。
そうして、じーっと眺めていたら、後ろから控えめに肩を叩かれた。急に現実に引き戻され、振り返れば天宮くんがいた。
「・・・やっぱ佐久間だった」
振り返った私の顔を見て、若干ほっとしたように言う。
「普段と違うから、一瞬わかんなかった」
「え? あ、ご、ごめんっ」
「いや謝らなくていいけど」
そういう天宮くんは半袖のシャツに深緑色のズボン姿で、浴衣ではなかった。まあ、浴衣を着て来てねとは天宮くんにはさすがに言っていないからですが。
お仕事着のきれいな狩衣も似合うけれど、シンプルな服装もかっこいい。
「他の奴、まだ来てねーの?」
「うん。あ、もう六時になるんだね」
アナログの腕時計がちょうど集合時間を指している。
でもそれから五分待っても、誰も現れなかった。
別にまだそんなに遅刻というほどでもないのだけど、なんとなく二人で並んで待っている状態が気まずい。天宮くんもずっと無言だし。
「さ、沙耶に電話してみるねっ」
沈黙に耐えきれず携帯を取り出す。
とりあえず、あとどのくらい待てばいいのかがわかればと思ったのだ。
『――ユキ? もう着いたの?』
がやがやと、電話の向こうが妙に騒がしい時点で気づくべきでした。
「うん。沙耶はあとどのくらいで来れそうなの? こっちはまだ天宮くんしか来てなくて」
『あ、ちゃんと時間通り来たんだー。じゃあもう待ってなくていいよ』
「・・・は?」
わけのわからない言葉に、一瞬、思考が停止する。
けれど電話口の声はひたすら明るく先を続けていた。
『実は、ユキたちだけみんなと集合場所が違うんだよねー』
「・・・・・・えっと、どういうこと?」
『私たちは私たちで遊んでるから、ユキたちはデート楽しんで! 邪魔しないからさ!』
「ちょ、ちょっと待って沙耶! そんなの私聞いてな――」
『じゃ、がんばってね!』
ぷつ、と通話が切れ、つー、つー、と虚しい音が響く。
「なんかあったの?」
おかしな様子を察してか、天宮くんがおずおずといった感じで尋ねてくる。
とりあえず私は、頭を下げるところから始めた。
「・・・えっと、つまり、他の奴は来ないってこと?」
「ごめんなさいっ。なんていうか、色々とすれ違いというか誤解というか私の説明力不足でっ!」
「いや、まあ、何をそんなに謝ってんのかわかんねーけど」
天宮くんはやや困惑したように頭を掻き、
「別に、俺は佐久間がいればいいよ。行くなら行こう」
「・・・・・・」
「? やっぱ行かねえの?」
「い、行きますっ」
「ん」
・・・びっくりした。いえ、わかっています。
私がいればいいっていうのは、護衛の対象が傍にいればいいということですよね。
でも、わかっててもどきっとするよ、その言い方は。勘弁してください天宮くん。
ともかくも彼の後ろに付き、私たちは出店の並ぶ道に、踏み出した。




