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幻想徒然絵巻  作者: 日生
初夏
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事の顛末

 翌日、翔さんが聞き出してくれたお店には、部活を休んで即座に向かった。


 翔さんが天宮くんの携帯に送った住所を頼りに、北へ向かって行くと、やがて線路沿いの飲み屋の多い通りの端に、ひっそりと佇む店構えを見つけた。


 看板はないものの、お店正面の窓には《美術・装飾品大特価》と貼り紙がされている。

 いわゆる古美術店なんだろう。


 新しくできたばかりのお店と聞いていたけれど、瓦の屋根は傾き、壁も風にぺらぺらめくれてるところがあって、なんだか今にも崩れそう。


 入口のガラス戸から覗くと、中は薄暗く、色んなものが所狭しと並べられ、掛け軸などが天井から吊られていたりもして、奥までよく見通せない。


 通りの雰囲気とも相まって、ちょっと不気味。


 つい怖気づいてしまう私を尻目に、天宮くんは迷いなくお店の戸をがらがらと開け、わずかな隙間から白児さんがいち早く中に入った。


 棚という棚、さらには床にまで雑多なものがあまり分類もされず並べられていて、まさしく足の踏み場もない。


 失礼かもしれないけど、ここ、お店じゃなくて物置なんじゃ・・・?


 それに胸が妙にざわつく。


 どこか人の世ではないような、不思議な雰囲気がそこには漂っていた。


 通路の物を跳び越えつつ、奥へ進むとカウンターがあり、その向こうに積み重ねられた古書の山に埋もれて、店主と思しき人が、顔の上に広げた本を乗せて寝息を立てている。


 カウンターの上には呼び鈴が置かれていて、天宮くんがそれを鳴らすと、ややあってその人は起きた。


 本をどかすと、頭にタオルを巻いている人の顔が見えた。


 おじさんといおうか、おじいさんといおうか・・・微妙な年代の人だ。


 タオルの端から覗く髪には、白いものもちらちらと交ざっている。


 無精ひげをはやし、黒い羽織りの下に着たシャツは首元がよれよれ、下は股引だけで、あんまりお店に立てる格好ではなさそうに思えるけれど、その人は平然と応対していた。


「らっしゃい。お客さん今日はどんな物を・・・って?」


 学校帰りに寄ったので私たちは制服のまま。場違いな客人に驚いているのかと思ったけど、


「こりゃあ、派手な兄さんでんなあ」


 天宮くんを見上げて、店主さんはへらりと笑った。


 派手って、天宮くんが派手に見えるってことは、この人・・・


「変わった匂いがするが、人かい?」


 しかしそれに天宮くんは答えない。先ほどからずっと、店主さんが下敷きにしている古書を注視しているようだった。


「なあ、あんさん――」


 瞬間、店主さんのすぐ横で火の手が上がった。


「おぅわっ!?」


 もちろん炎は天宮くんが発生させたもの。驚いて飛び退いた店主さんとは逆の方向に、黒いものが走った。


「あ!」


 思わず、私も声を上げていた。


 黒いものは、女性の形をした影だった。一瞬視界を横切り、棚の後ろへ消える。


「お前が影女を使役して、盗みを働かせてたんだな」


 崩れた古書の中に埋もれている店主さんを、天宮くんが上から睨み据える。店主さんは倒れたまま、「た、はは・・・」と乾いた笑いを漏らしていた。


「は、祓い屋のお方でしたんかいな」


「名は?」


「・・・キイチと申しやす」


「苗字は」


「生まれの家からは勘当されとります。手前の他に妖怪が見えるモンがおらん普通の家庭だったもんで、厄介者扱いされてすっかり縁を切られたんですよ」


「祓い屋ではないのになぜ妖怪を使役してる」


「使役しとるんやない、憑りつかれとるんです」


 古書を積み直して、キイチさんは笑いながら話してくれた。


「こいつのせいで手前はどこに行っても追い出されやした。昔はそれはそれは恨んで絶対祓てやろうと思いやしたが、今はあきらめて、いっそこいつを利用してやることにしたんです。幸い、影女の奴も長年憑いとる手前に情があるんか、よう言うことを聞いてくれますもんで、妖怪から物を盗ませ、売って生計を立てとりますねん」


 盗難騒ぎは実は人の仕業だった・・・どうりで妖怪の間を探しても見つからなかったはずである。


「いつか復讐されるぞ」


「だとしても、あんさんにゃ関係ないことでっしゃろ?」


「人に付喪神を売りつけたろ。お前が妖怪に殺されるのは勝手だが、他の人間まで害を被るなら、この地の守護者として俺らはお前を排除する」


 妖怪に対するのと同じように天宮くんが凄むと、さすがにキイチさんから笑みが消える。


「も、もしや、天宮家のお方、でしたか?」


 おそるおそる尋ねるキイチさん。どうやら天宮家のことは知っていたようだ。


「俺らの役目を知っているんなら、今後は身の振り方に気をつけろ。すでにお前は目をつけられた」


「・・・承知、しやした」


 キイチさんがぎこちなく頷いた直後、ものすごい音がして、棚の一つが崩れた。


 見れば白児さんが、埋もれた物の隙間から、丸太のようなものを掲げて叫んでいる。


「ユキ! ユキ! 見つけた! 琴があった!」


「ちょっとなにやってんのっ!?」


 慌ててまた古書を崩したキイチさんよりも先に、私と天宮くんは白児さんに駆け寄る。


 それは私が知っている琴よりもずっと幅が狭く、長さもたぶん一メートルくらいしかないように見える。しかも弦がたったの二本。不思議な琴だ。


「ああっ!」


 急に、白児さんが悲鳴を上げた。


 珍しい形に目を奪われて、最初気づけなかったけれど、白児さんが指でなぞった琴の胴部分に、端から端まで大きな亀裂が走っていた。


「なんで・・・これじゃあ、鳴らない・・・」


 琴の中の空洞が見えるくらい、割れはひどい。


 白児さんの大きな瞳に涙がみるみる溜まっていく。


「ど、どうして、どこも壊れてないって話、でしたよね?」


 あのお屋敷の女性はそう言っていたはず。壊れてないのに鳴らないから返品したんだ、って。


「それならこの間、品を取り返しに来た妖怪が暴れた拍子に割っちまったんですよ。お探しだったんですかい?」


 すみませんねえ、とカウンターの向こうでキイチさんが笑い混じりに言っていた。


「な、直せないんですか?」


「さあ。そこまで割れちまったら無理かもしれまへんなあ」


「そんな・・・」


 せっかく、見つかったのに。

 これでは山の妖怪たちは許してくれないかもしれない。ずっと心細いのも怖いのも我慢して、傷つきながら白児さんは一生懸命探したのに、こんなことってない。


 その時、ちりん、と鈴が鳴った。


「――憐れよの」


 一緒に、声も聞こえた。


 見れば白児さんの腰紐に付けられていた絵馬が光り出し、金色に輝く老人が宙に現れる。


 足元まで届く長い長い顎鬚に、烏帽子をかぶった人。思わず目をすがめてしまうほど、その姿は神々しい光に包まれている。


「やはり、おぬしは何も成せぬか」


 声は何かに反響するように重なって聞こえる。


 突然現れたおじいさんは白児さんを見下ろし、穏やかに、冷酷に、告げていた。


「絵馬の精・・・」


 白児さんが呆然としたように、おじいさんを見つめてつぶやく。


 おじいさんと絵馬は光でつながっている。


 このヒトは、絵馬の精霊? 付喪神?


 わからない。けど、少なくとも白児さんの知らない相手ではなさそうだ。


「道定まらず、信ずるものを見失い、唯一の大事を失くしたか。憐れや憐れ。されど報いぞ。琴はおぬしが得るべきものではなかったのだ」


 おじいさんは、そっと琴を白児さんの手から取り上げる。


 あ、と白児さんがその小さな手を伸ばしても、宙に浮きあがったおじいさんには届かない。


「案ずるな、これは我らが直そう。もとより我ら一同そのつもり。おぬしに木霊の琴は渡さぬよ。さらば白児。達者に暮らせ」


「まっ――待って、待って!」


 必死の叫びは届かず。


 おじいさんの姿はどんどんまぶしくなって、やがて目を開けていられないほどになる。


 瞼の向こうに光を感じなくなってから、ようやく目を開けると、何もいなくなっていた。


 琴も、どこにもない。


 すすり泣く白児さんが、うなだれているだけ。絵馬からは白い馬の姿が消えてしまっていた。


「――あれは、北山の妖怪か?」


 天宮くんが静かに尋ねる。白児さんは無言で頷いた。


「・・・たぶん、白児が琴を見つけたら奪うために、ずっと見張ってたんだろう」


 私にもわかるように、天宮くんは解説してくれた。


 だとするなら、はじめから、北山の妖怪たちは白児さんを二度と迎え入れる気がなかったということだ。


 私は、白児さんになんと声をかけていいのかわからなかった。


 悩むうちに、やがて、白児さんが先に顔を上げる。


「――ありがとう、ユキ」


 こちらを見上げる白児さんは、もう泣いていなかった。涙を払って、笑みすら浮かべている。


「あのね。おいらもはじめは人だったんだ」


「・・・え?」


「生まれた時からおいらはまっ白だったから、親が気味悪がって捨てたんだ。それでおいらは死んで、妖怪になった。犬神に拾われて、人のきたないところをたくさん教えられて、だからおいらは人が憎くて、嫌いで、でも」


 小さな両手が私の右腕に触れ、包帯の上から柔らかな頬をすり寄せる。


「ユキも、ユキの家族も、お師匠様みたいにあったかかった。おいらもう、人が憎くなくなっちゃったよ」


 絶えず続いていた鈍い痛みが、吸い取られていく。白児さんが離れ、急いで包帯を取ってみると腕は元の肌色に戻っていた。


「こうなったのはぜんぶ、おいらのせいだ。おいらが悪いんだ」


 白児さんは、勢いよく立ち上がる。


「――じゃあな!」


 そして開け放したままの入り口から、出て行った。


 あっという間に、あっけなく、消えてしまった。


「・・・あのう、一つお尋ねしたいんでっけど」


 奥から、キイチさんに声をかけられ、振り返る。


「お嬢さんのほうは、お名前はなんとおっしゃるんです? お見受けしたところ天宮のお方ではなさそうやけど」


 これだけ騒ぎを起こしておきながら、そういえばこちらはまだ名乗ってもいなかった。


「・・・佐久間ユキと申します。お騒がせして、すみませんでした」


「サクマ? もしかして佐久間冬吉郎さんのご親戚かなにかで?」


「え・・・祖父を、ご存知なんですか?」


 まさかここでその名を聞くとは思わなくて、驚いてしまう。


「おじい様でっか。なぁるほど、匂いが似てると思たらそういうわけで。あ、匂いってのは雰囲気のことでっせ。手前は妖怪じゃありやせんからね。――冬吉郎さんとは、こうして店を構える前からの数十年来の付き合いでしてねえ、冬吉郎さんの絵はマニアの間じゃかなり高値で取引されとりますんで、何度も交渉させていただいたことがあるんですよ」


 つまりは画家と画商の関係、だったのかな。


 おじいちゃんの絵は妖怪たちには人気でも、人にはあまり売れなかったと聞いていたから、マニアがいるというのは意外だった。


「お嬢さんも絵をお描きなさるんで?」


「あ、はい。いちおう・・・」


「きっとお上手なんやろねえ」


「いえ、大したことは、ないです・・・」


 こんな偶然は滅多にないのだから、本当だったら色々とおじいちゃんのお話を聞くところだけど・・・今は、ちょっとお話しする気分になれなかった。


 白児さんはこれからどうするのだろうと、そればかりが気になる。


「佐久間のお嬢さん」


 呼びかけられて我に返る。キイチさんは、にやにやと笑みを浮かべていた。


「あまり妖怪に情けをかけとると、手前みたいに憑りつかれちまいまっせ。将来売れっ子の画家になって、うちに絵を卸してくれるようになるまで、どうか死なんでくださいよ?」


 忠告なのか冗談なのか、よくわからない。私はなんとも答えられなかった。


「帰ろう。もうここに用はない」


 天宮くんに促され、でもせめて崩した棚を元に戻してからと思ったのだけど、「ああいいですいいです!」とキイチさんには両手を振られた。


「ご迷惑をおかけしやしたからね、お構いなく。今後はどうぞご贔屓に!」


 元気な声に押されて、私たちはお店を後にした。


「・・・結局、狐が最初から答えを言ってたんだな」


 帰り道、天宮くんがつまらなそうにつぶやいた。


「え?」


「目撃証言は影だけ、犯人はよそから来た奴、って言ってただろ」


 そうだった、かも。千里眼を使わなくても、お狐様には最初から真相がすべて見えていたのかもしれない。的確な情報がその証拠だ。


 注意して聞いていれば、壊れてしまう前にもっと早く、琴を見つけられたのかな。あの絵馬の精さんの存在に気づいていれば、琴を奪われてしまう前にどうにかできたかな。


 そんなの考えたってどうしようもないと、わかってはいるけれど。


「・・・白児さんは大丈夫でしょうか」


 呪いは解けたけれど、まだ何も解決していない気がする。むしろ、悪化したような。


「佐久間が気にすることじゃないよ」


「でも」


「やってしまったことは消えないし、その咎は背負わなくちゃならない」


 確かに、琴を置き去りにしたのは白児さんだ。けれど誰よりもその琴を大事にしていたのも白児さんだったはず。


「・・・白児さんはきっと怖かったんだよね。お師匠様と同じ演奏を求められても無理だと思って」


「うん・・・でも無理だろうが怖かろうが果たさなきゃなんないのが役目だ。自信のあるなしは関係ない。逃げたなら、やっぱりそれなりの罰は下るよ」


 厳しいことを言う天宮くんも、浮かない顔をして見えるのは、気のせいだろうか。


 この結末がたとえ世の道理だったとしても、大切なお師匠様を失ってしまった白児さんの、せめてもの願いが叶ってほしかった。


 私は、ちゃんと約束を果たせたのかな。


 本当に果たしたと言っていいのだろうか。


 呪いが消えたかわりに、もやもやとしたものが胸の中にいつまでも残っていた。

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