お化け屋敷
やはりここにいる妖怪は一匹だけではないようで、空気は依然として淀んでいた。
翔さんが通りかかった部屋の襖を開けると、棚に飾られていた行燈が突然炎に包まれる。
「か、火事!?」
「大丈夫、大丈夫」
翔さんはのんびりと言って、周りにどこからともなく透明な塊を出現させた。塊はその場から行燈に向かって一直線に伸び、行燈にぶつかる。
じゅ、と音がし、炎は消えてしまった。
「・・・みず?」
現れたものは、たぶん、水。無重力空間にあるように、球体の形で浮いている。不思議なことに、行燈は触れみても濡れていなかった。
天宮くんがどこからともなく炎を出すなら、翔さんは水を出せるみたい。これもきっとただの水じゃなく、妖怪を倒す力のある、普通の人の目には見えないものなんだろう。
「あ。足跡があるね」
言われてから見てみると、逃げ回ったのか、あるいは、出口を探し回っていたみたいに、乱れた足跡が部屋中にあった。
「こっちかな?」
翔さんが隣の部屋へ続く襖を開く。足跡は続いていたけれど、中には何もいない。
「へたくそ」
急に背後で翔さんが言った。それに振り返ると同時に、上から何かが降ってくる。
ちりん、と一緒に鈴の音もした。
「天宮くんっ、白児さんもっ」
どうやら天井に張りついて隠れていたらしい。天宮くん普通に忍び込んでた・・・。
「ユキ! あいついなくなった!」
白児さんが駆け寄って来る。
一方の天宮くんはだいぶ驚いている様子だった。
「佐久間、付いて来たのか? 翔まで、なんでいるんだよ」
「俺は別件の仕事。あのなあ、お前、妖怪なんか追っかけてユキちゃん放置するなよ」
溜め息まじりに翔さんは天宮くんに言い聞かせる。
「罠にかけたつもりが、逆だったらどうするんだ」
「・・・すぐ捕まえて戻るつもりだった」
「隙は一瞬あれば十分なんだよ。その影女は明らかにおかしいだろ。妖怪が本来の性質と違ったことをしてる時こそ、よく警戒して動き方を考えろ」
「・・・」
「あ、あの、私は大丈夫でしたからっ」
慌てて会話に割り込む。もとはといえば私がお願いしたから、天宮くんは影女さんを捕まえようとしてくれたのだ、責められるいわれはない。
「ユキちゃんは気にしなくていいよ。叱られるのも修行のうちだ」
けど、かわりの弁解はやんわりと遮られてしまった。
優しい口調でも有無を言わせない雰囲気で、私は勢いを削がれた。
「で、影女は見失ったのか?」
先ほどの白児さんの言葉を受け、翔さんが尋ねる。
一拍間を置いて、天宮くんは苦々しげに頷いた。
「・・・足跡が付き過ぎて、どこに向かったかわからない」
「はは、見事に攪乱されたか。どうせこの屋敷は通り抜けに使っただけなんだろ。無駄な時間だったな」
「うるさい」
低い声を出す天宮くんを、翔さんは陽気に笑う。
「もう今日はあきらめろ」
「なんでだよ。術はまだ続いてんだ、足跡をよく探せば行先はわかる」
「そうか? 俺は、追われてる泥棒が自分の棲み処に素直に帰るとは思わないけどな。せっかく盗んだ宝のありかを教えるようなものじゃないか。お前の作戦は、逃げられた時点で失敗だよ」
確かに、翔さんが言うことは考えられる。そうなったらこのまま町中を走り回って、朝を迎えてしまうのかもしれない。
天宮くんもそう思えたみたいで、やがて疲れたような深い溜め息を吐き出した。
「・・・ごめん、佐久間。家まで送る」
「それもだめー。ユキちゃんは今、俺の助手だから」
「は?」
「ここの人に言っちゃったんだよ。帰る時にいなかったら不審がられるだろ? ってことで、ついでにお前も仕事手伝え」
「っ、要するに楽したいだけだろっ」
「まあな」
翔さんはまったく悪びれない。
それにさらに怒る天宮くんとのやり取りを眺めていると、白児さんにスカートの端を引っ張られた。
「なあ、なあ、あの影を追うのやめるって言ってるのか?」
「あ、はい・・・」
「おいらは嫌だぞ!」
「だったらお前ひとりで行くがいい」
と、急に声を低くして翔さんが言った。顔は笑っていたものの、なんだか怖い雰囲気に、白児さんは瞬時に私の後ろへ隠れてしまう。
結局、翔さんに説得されて私たちは追跡をあきらめ、かわりにお屋敷の妖怪退治をすることになった。
と言っても実際に働くのは天宮ご兄弟であり、私と白児さんは後ろに付いていくだけだ。
「なあ、あいつ誰なんだ?」
白児さんは私の肩の上に移動し、こそこそと翔さんを指して訊いてきた。
「天宮くんのお兄さんですよ」
「あいつも祓い屋?」
「はい、そうです」
「おいら、あいつ怖いな・・・」
正直な感想に、なんと返していいのかわからなかった。
とはいえ翔さんは優しい方だ。まだ少ししかお話ししたことはないものの、初対面の時から愛想よくしてくれる。
ご兄弟でも、天宮くんとはけっこう性格のタイプが違う。
見ていると、私たちと同じように、前の二人も小声で話していた。
翔さんのほうが天宮くんに何かを言って、すると天宮くんが「は?」と不機嫌そうな声を出し、翔さんを睨みつけた。
話の内容は聞こえないけど、天宮くんはちょっと怒ってるみたい。
普段は眠そうな表情でいることが多い天宮くんだけど、感情が動く時は比較的わかりやすいかもしれない。
今怒ってるなー、とか、あ、呆れてるなー、とか、ああ困ってそう、とか。・・・って、改めて思い返すとここ二ヶ月、そんな顔しか彼にさせてないな、私。
軽く自己嫌悪に陥っている間にも、妖怪が現れる。
床の間のある部屋をちょうど通りがかった時に、飾られていた瓶がいきなり水を吹いたのだ。
「ひゃぅっ!?」
思わず変な悲鳴を上げてしまったけど、かかったのはただの水。見ると瓶の側面部に目、鼻、口があり、赤い舌がちょろりと覗いていた。
お札を貼ると、小袖の手と同様に、その顔は消えてしまう。
「瓶長か。また付喪神だなあ」
先ほどから話に出ている付喪神というのは、長い年月を経て物に魂が宿り、妖怪となったもののことを指す。
「古い家にはよくいるもんなんだろ」
「それはそうなんだが」
翔さんは煮え切らない様子で、そのままさらに屋敷を見て回った。
この後もまあ、出るわ出るわ。適当に部屋を開ければ、二つに一つの確率で妖怪が潜んでいる。
壁に掛けられていたお面が笑い声を響かせ、刀と共に飾ってあった鞍が「敵は何処!?」と叫んでいきり立ち、貝合わせという遊びに使われるらしい貝殻の精が、可愛い子供の姿で普通に歩いていて、押入れを開けたら巨大な蛙がいてびっくりしたら、それは葛籠が化けたものだった。
天宮くんたちがすべて退治し終えると、ようやく、屋敷の重い空気が消え去った。
「さすがにおかしいな」
すべて終わった時にはもう、翔さんの疑念は確信に変わっていたようだ。
「この家に付喪神はいなかったはずなんだ。いきなり増えるわけがない」
「ってことは、もともと持ってた物じゃなくて、最近持ち込んだってことか」
「その全部が全部付喪神だったというなら、何かあるんだろうな。報告ついでに訊いてみよう。ユキちゃんは俺と来てね。煉はどっかに隠れてろ」
というわけで私は翔さんと離れへ、天宮くんは白児さんに騒がないようにと言い聞かせ、一緒にどこかへ身を隠す。
退治が完了したことを、離れの玄関先で報告すると、女性はとても安心した様子で、どうぞ中へ上がってお茶でもと誘ってくれた。
それを翔さんは遠慮し、付喪神になっていた品々のことを手早く尋ねた。
「それらは骨董好きの父が買ってきたものでして」
「最近ですか?」
「ええ。なんでも近くに新しくお店ができたとかで、冷やかしに行ったつもりが、いい品がとても安かったからと、壺やら鞍やら、色々と買い込んできてしまったのです」
付喪神は百年以上の時を経た器物がなるものとされているから、確かに骨董としては《いい品》ではあったんだろう。
「他にその店で買った品などはありますか?」
「そうねえ・・・ああ、お琴がありましたわ」
その時、私は全身に電気が走るような感覚に襲われた。
「八雲琴って、ご存知ですか? 弦が二本の昔のお琴で、父が珍しがって買って来たものの、全然音が鳴らなくて。修理に出してもどこも壊れていないと言われて、父がお店に返してしまったんですのよ。でも今思うと、かえってよかったのかもしれませんわねえ。なにせ買った品々がすべて妖怪だったんですものねえ」
「ど、どこのお店ですかっ!?」
二本弦の琴、というのは白児さんに聞いていなかった特徴だけど、壊れてないのに鳴らない琴ならば、それかもしれない。
興奮して、かなり喰い気味に尋ねてしまい、相手を戸惑わせてしまった。
「どこ・・・と言われても、ごめんなさいね、私は知らないの。父に聞けばわかるのだけれど、あいにく今日はもう休んでしまっていて」
「では明日、改めてお聞かせ願えますか?」
思わず身を乗り出した私をさりげなく下がらせて、翔さんはにこやかに言った。
「怪異のあった品々を引き取りに参りますので、その際に」
「ええ、わかりました。いつもいつもありがとうございます」
「お父様には珍品集めもほどほどになさいますよう、お伝えください」
「よく言い聞かせておきますわ」
「では、我々はこれで」
女性は出口まで見送ってくれ、門が閉まると間もなくして、塀から天宮くんと白児さんが飛び降りてきた。
二人とも離れの会話を隠れて聞いていたらしい。白児さんは大興奮で、天宮くんに押さえつけられていないと今にも飛び出していきそうだった。
「ほら、あきらめてよかった」
「偶然だ」
得意げな翔さんに、天宮くんは不服そうだったけど、翔さんのおかげであることには違いない。影女さんを逃がしてしまったのも、かえってよかった。
ついに見つけられたかもしれない。
さあ早く、白児さんに琴を返してあげよう。




