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幻想徒然絵巻  作者: 日生
初夏
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山の琴弾き

 主人のお使いの帰り、迷子になった妖の子は、山で美しい妖に出会った。


 見た目は若い女性のようで、でも正体は樹齢千年を超える古木の精。


 薄桃色の長い髪を持ち、ほっそりとした白い指が、草の上に横たえられた琴の糸を弾くと、心を震わせる音が響き渡り、隠れて見ていた妖の子はつい、声を上げてしまった。


 怒られるかと思ったが、その妖は優しく微笑み、お前も弾いてみるかと言った。


 簡単な曲を弾き、妖の子がうとうとしてくると、膝に乗せて頭をなでてあげながら、子守唄を歌った。


 この時、妖の子は見たこともない母親に会えたと思った。


 こんなにも柔らかく、包み込んでくれる存在に、妖の子はその瞬間まで一度たりとも触れたことがなかったのだ。


 温かいものを知り、その子はもうどこにも行きたくなくなってしまった。後で怒った主人が山に乗り込んできても、古木の精はその子を守ってくれた。ここにいていいのよ、と言ってくれた。


 こうして妖の子は山に住むことになった。


 古木の精はその山でいちばん長く生きていたから、他の妖怪たちも妖の子が山にいることを認めてくれた。


 けれど古木の精が死んでしまうと、途端に居場所は消えた。古木の精が許したから、その子が山にいることを許していただけで、その子自身をみんなが認めてくれていたわけではなかったのだ。


 認められるためには、琴弾き木霊と呼ばれていた師匠のように、素晴らしい演奏を披露できなければならなかった。でも、その子は自分にそれができるとは思えなかった。


 琴は大切なものには違いなかったけれど、同時に周囲からの重圧という苦しみをもたらすものでもあった。


 持ち続けるのが、つらいものでもあった。


 耐えきれず、妖の子はほんの一時、少しだけ、山の麓に琴を置き去りにした。


 もちろんすぐ我に返り、慌てて取りに行ったけれど、その時にはもう、琴はなくなってしまっていた。


 ――これが、犬神さんが帰った後で、白児さんがぽつぽつと語ってくれた話の内容だ。


 琴を失くしてしまい、白児さんは山の妖怪たちに責められたらしい。なかば追い出される形で山を出て、琴を見つけるまで帰ることは許されない。


「でも、おいら犬神のとこには帰りたくねえんだ」


 白児さんは弱りきった顔で言った。


「犬神といると心がぐしゃぐしゃしてくる。まっ黒なのでぜんぶうまって、息が、苦しくなる。なんもかんもが憎くなってくるんだ」


 お師匠様とは違い、犬神さんのところはあまり居心地のいい場所ではなかったらしい。


 白児さんはできれば、山でお師匠様の亡骸を守っていたいそうだ。だけど仮に琴が見つかったとしても、お師匠様のように上手に演奏できなければ、やっぱり受け入れてはもらえない。そして白児さんにはその自信がない。


 だから、犬神さんはお師匠様が死んだ時点で白児さんの居場所はなくなったと言ったんだ。


「でも琴は見つけなきゃならない。あれはお師匠様の形見だ」


 白児さんは深く、頭を下げた。


「巻きこんで、八つ当たりしたおいらに、飯や風呂や着物まで、いろいろ優しくしてくれて、ほんとは呪いなんてとかなきゃいけないけど、ごめんなさい。いまのおいらにゃできねんだ。心がぐっちゃぐちゃのままじゃだめだ、琴を見つけないと。――ごめんなさい。どうか、琴を見つけてください。祓い屋も、てつだってくれたならおいら、二度と人をおそったりしないから」


 天宮くんにも白児さんは熱心に頼み込んだ。


「別に、お前じゃなくて佐久間を手伝うだけだ」


 淡々とした口調を変えず、天宮くんは言った。


「大体の作戦は考えてきた。うまくいけば、近いうちに例の泥棒を捕まえられると思う」


「えっ」


 ここでやっと、天宮くんは何をしていたのか全容を教えてくれた。


「最初は盗まれたものについて詳しく調べてたんだ」


 これは地道に聞いて回るしかない。祓い屋は妖怪たちから忌避されているから、なおのこと聞き込みは大変だったと思う。


 そして情報が集まるにつれ、一つわかったことがあったという。


「どうやら泥棒は噂を頼りに、価値のありそうなものをとりあえず盗んでいってるっぽい」


 お狐様は、泥棒はただのガラクタまで節操なしに盗んでいると言っていた。


 でも当の持ち主は、例えばただのビー玉を宝玉だと周りに言いふらしていたそうだ。本人にはそう見えたのだろう。


 つまり、噂だけならお宝だったのだ。


「で、それを利用して、ここに貴重な宝があるって噂を妖怪どもの間に流そうと思う」


 言いながら天宮くんは床を指す。


「ここって、ここ? 学校?」


「そう」


 天宮くんは事もなげに頷いた。


「あとは罠を張って待つ。相手は噂を集めるのが得意なようだから、数日中には現れると思う」


「・・・どうして学校にしたの?」


「あぁ、それは、ちょっと佐久間に協力してもらいたくて」


 嘘。今、なんて言われた?


「私に協力できることがあるの?」


 嬉しさを隠しきれず、自分でも口元が緩んでいるのがわかる。


「何か絵を貸してほしい。それを宝ってことにしたいんだ」


「わ、私の絵でいいんですか?」


「うん。ここに妖怪絵師の描いた貴重な絵がある、って噂を流そうと思うんだ。美術室なら授業以外では滅多に人が来なくてちょうどいい。放課後に妖怪を捕える陣を張っといて、朝まで見張る。それで捕まえられると思う」


 さらっと天宮くんは言ったけれど、その作戦、夜の学校に忍び込むということだろうか。


「・・・夜中に入れるの?」


「窓の鍵を一つ開けておけば簡単だよ。見たとこ、この教室に警備のセンサーは付いてないっぽいし、たぶんばれない」


 ばれたらどうするんだろう・・・や、でも、天宮くんの身体能力なら見つかる前に逃げられそうかな。それより夜中ずっと一人で見張るほうが大変そう。


「私もっ、私も手伝いますっ」


「いや、さすがにそれはさせられない。絵だけ貸してくれればいいよ。佐久間は家にいて」


 勢い込んで申し出てはみたものの、あえなく却下された。

 続けて白児さんが両手を挙げる。


「おいら、おいらも見張る!」


「お前は・・・まあいいけど。邪魔するなよ」


「おう!」


 白児さんはオッケ―だった・・・うぅ、私って頼りない。


「あー・・・佐久間? あともう一つ、盗人にちゃんとここで佐久間が絵を描いてるってことがわかるように、部活はいつもどおり続けてほしいんだけど」


 私がちょっと落ち込んだことを察したのか、天宮くんは今考えたかのような頼み事をしてくれた。すみませんお気を使わせました。


「相手にこの場所を警戒されないように、明日から部活中は俺と白児は隠れてる。なんかあった時だけ出て来るから」


 天宮くんは、その髪色を見られるとすぐに、祓い屋であることが妖怪たちにわかってしまう。罠を張っていると思われないように、念には念を、というところかな。


「――わかりました。他にももし、お手伝いできることがあったら、いつでも言ってください」


「うん。今のところは大丈夫」


 頼もしいような、ちょっぴり悲しいような。

 役に立てないのは残念だけど、これで白児さんの琴が見つかってくれればいいな。

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