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幻想徒然絵巻  作者: 日生
初夏
29/150

白児

 白い子供は私たちに背を向ける形で、歌っていた。

 女の子たちが歌っていたのと同じ、子守唄だ。


 その白い姿を前にした途端、腕がずきずきと絶えず痛みだす。


 私たちが来ると、その子は歌をやめ、宝石を埋め込んだような赤い瞳で、私たちを捉えた。


白児(しらちご)だ」


 天宮くんが私にだけ聞こえる声で言った。

 それが、この妖怪の名前なのだろう。


 白児さんは、昨夜のように泥だらけだ。

 むき出しの素足や顔には細かい切り傷がある。満身創痍に見えるが、それでも瞳には力強さがあった。


 強く、私たちを睨みつけている。


 それはきっと、憎悪の目。


 数ある感情の中で最もおそろしいものを、私はこの時に初めて体感した。

 それに晒された瞬間、全身の肌が粟立ち、心臓が縮むのがわかる。


 天宮くんはその目から私を庇うように立ち、白児さんに対峙する。


「お前が佐久間を呪った妖怪だな?」


「さくま・・・」


 幼い声が反復し、急にぴょんとその場で飛び上がる。

 彼の腰にある鈴が高く鳴った。


「妖怪絵師の佐久間か!?」


 白児さんはひどく興奮した様子で、何度もその場を飛び跳ねていた。


「佐久間、佐久間、見つけたぞ! お師匠様は、ずっと待っていたのに!」


 そしてある時、強く地面を蹴ると、獲物に喰らいつこうとするように、歯を剥いて飛びかかってきた。


 瞬時に天宮くんの右手に炎が宿り、腕を振ると同時に空間に広がる。


 白児さんは頭から炎に突っ込み、悲鳴を上げて地に転がった。そこをすかさず天宮くんが踏みつける。


「ま、待って!」


 恐怖を忘れ、咄嗟に、私は天宮くんの腕を掴んでしまった。


 妖怪とはいえ、白児さんは小さな子供にしか見えないのだ。

 それにとっても気になることを言っている。


「佐久間・・・」


 困ったような声は隣から。天宮くんは炎を周りにまとったまま、足もどかさなかったけど、とりあえず止まってくれた。


「聞け、佐久間!」


 そこへ、胸を潰されながら白児さんが叫ぶ。


「お師匠様は死んだ! おまえはまた来ると言ったくせに、来なかった! うそつきめ! お師匠様はおまえを待って、死んじゃったぞ!」


 細かい事情はよくわからないが、白児さんのお師匠様が、私を待っていたと、そう言っているのだろうか。


 そのお師匠様だってきっと妖怪だろうに、最近やっと妖怪と関わるようになったばかりの私に、心当たりがあるはずもない。


 もし、あるとすれば・・・


「もしかして、おじいちゃんのことですか?」


 妖怪たちの多くは私とおじいちゃんを混同している。可能性は高い。私は天宮くんの腕を、もう一度引いた。


「お願いします。白児さんと話をさせてください」


「・・・」


「お願いしますっ」


 天宮くんはしばらく渋っていたけれど、何度も言ったらついには足をどけてくれた。


 白児さんはすばやく起き上がり、慎重に距離をはかる。


「私のおじいちゃん、祖父の佐久間冬吉郎のことですよね?」


 天宮くんの背越しに、尋ねると白児さんは睨む視線をそのままに、眉をひそめるような仕草をした。


 実際は白児さんに眉毛はなかったのだが、そんなふうに目の上の皮膚が動いた。


「さくま、とうきちろう?」


「下の名前はご存知なかったですか?」


「知らない。お師匠様は佐久間とだけおっしゃっていた」


「たぶん、祖父のことだと思います。祖父の冬吉郎が、妖怪絵師だったんです。私はその孫で佐久間ユキといいます」


「・・・じゃあ、おまえはお師匠様のともだちじゃないの?」


「はい。それと、祖父は五年前に亡くなっています」


「え、死んだの?」


 白児さんは大きく瞳を見開いて、呆然としたようになった。


「そうか・・・佐久間は死んでたのか・・・」


 うつむくと、白い髪が頬にかかる。昨夜は頭の後ろで長い髪を結んでいたのが、ほどけてしまったんだろう。


「あの、白児さんは、おじいちゃんを呪おうとしたのですか?」


「ちがう。でも、佐久間を探してたんだ」


 すると、白児さんは勢いよく顔を上げた。


「そうだ! かわりにお前が手伝え! おまえのじい様は、そりゃあお師匠様のお世話になったんだから! 手伝わねばこのまま、おまえをとり殺してやるぞ! 嫌なら手伝え!」


「え? な、何を?」


こと(・・)だ!」


「こと?」


「お師匠様のこと(・・)をさがすんだ!」


「え、え?」


 なんの説明もないまま「はやく!」と白児さんが急かす。

 しかし近づいて来ようとしたところで、炎が白児さんの頭に灯り、悲鳴が上がった。


「なんなんだお前はさっきから!」


 軽く涙目になっている瞳を白児さんは天宮くんに向けている。


 天宮くんの髪色を見れば、たちどころに彼の正体がわかってしまう妖怪は多いのだけど、白児さんはどうやらわからないらしい。


「俺は祓い屋だ」


 やや溜め息混じりに、天宮くんは教えてあげていた。


「祓い屋!?」


「ひとまず話くらいは聞いてやる。はじめから、わかるように話せ」


 妖怪にとって祓い屋の名はやっぱりおそろしいものらしく、幾分か落ちついた白児さんはようやく、事情を説明してくれた。


 まず、白児さんは北山に住んでいる妖怪だと言った。


 お師匠様は古木の精、つまり木霊さんで、なんの師かというと、琴だという。それはそれは見事な腕前であり、山の妖怪たちはみんな、お師匠様を尊敬していた。


 ところがある時から、お師匠様はだんだん体が弱っていった。


 本体である木にもちゃんと、寿命があって、ついにこの間、お師匠様は亡くなってしまったらしい。


 これらのことを、白児さんは嗚咽まじりに話してくれた。


「おいら、おいら、お師匠様をなんとか治そうとしたんだっ」


 日増しに弱るお師匠様を、白児さんは必死に看病した。けれどやっぱり、どうにもならなかった。


 お師匠様は死ぬ前に、白児さんに形見として、自身の体を削って琴を作ってあげたのだそうだ。


 白児さんにとっては、自身の命よりも大事なもの。


 なのにその琴が、つい最近、盗まれてしまったのだという。


「それで、琴探しを手伝ってほしいと」


「そうだ」


 白児さんは大きく頷いた。そこへ天宮くんが尋ねる。


「山の中は調べたのか?」


「琴を弾く奴はお師匠様とおいらの他にはいない。だからぜったいに、外のやつが盗んだんだ。妖怪か人間かはわからないけど」


 うーん・・・妖怪の棲み処にそうそう人間が入れることはないと思うけれど、じゃあ妖怪が盗んだのかと言われると、どうして琴を? と首をかしげたくなってしまう。


「誰が盗んだのかおいらには見当もつかない。だから、佐久間に琴探しを手伝わせようと思って、佐久間を探してたんだ」


 と、白児さんが私を指す。


「佐久間は妖怪に顔が広くって、おまけにバカでめちゃくちゃ弱いと聞いた。それならおいらでも従わせられる」


 ・・・おじいちゃんのこととはいえ、身につまされる話だ。絵を描く以外に何も取り得がないのは、私と同じだったんだろうなあ。


「でも佐久間はすぐ見つからなかった。しょうがないから、他の妖怪の巣にこっそり忍びこんで、琴を探してたら見つかって、追いまわされてたとこに、おまえが来たんだ」


 だから、白児さんはぼろぼろだったんだ。きっとあの時、意識は朦朧としていたんだろう。


「おいら、人にはうらみがある」


 相手が誰かなんて、どうでもよかったそうだ。ただ人間だとはわかったから、琴を盗まれた腹立ちと相まって、咬みついてしまった。


 深い憎しみが、そのまま呪いとなったのだ。


 白児さんは赤い瞳で再びこちらを睨みつけた。


「琴を探せ。見つからないうちは呪いを解かないぞ」


「佐久間には関りのないことだ」


 私にかわり、天宮くんが言った。


「あるっ。佐久間はお師匠様との約束をやぶった。つぐなえっ」


「それは佐久間のじいさんの話だろ。そうでなくともこんな頼み方はない。道理を語るなら呪いを解け」


「うるさい! だまっておいらの言うこときけ!」


 地団太を踏む白児さん。


 天宮くんは私のほうを振り返り、


「やっぱ祓ったほうがいいと思う。面倒そうだ」


「そ、そこをなんとか」


 頭を下げて私からもお願いする。


 こんな強硬手段を取るのも、白児さんが途方に暮れている証拠だろう。大切なお師匠様の形見のため、なりふりなんて構っていられないのだ。


 その心を思えば、早く琴を見つけてあげたいと思う。


「私が死ぬまではまだ時間があるよね? だったらぎりぎりまで、琴探しを手伝わせてもらえませんか?」


 たぶん、私の発言は天宮くんの予想通りだったんだろう。


 彼は小さく、肩を竦めた。


「・・・手がかりもないんじゃ見つかる可能性はかなり低いと思う。大体にして、まだこの町に残ってるのかもわからない」


「それは、そうだけど、私にできることがあるなら、してあげたいんです。ごめんなさい。せっかく助けてくれようとしてるのに、勝手なことばかり言って」


「いや・・・かかってるのは佐久間の命だ。佐久間がそうしたいなら、いいよ。でも」


 と、天宮くんは少しばかり険しい顔になる。


「本当にやばくなった時は、問答無用で祓う」


「・・・」


 それをやめてと、言えるほどの勇気はなかった。

 私も、決して死にたいわけではないから。


「琴探しは俺もやる」


「え、い、いいの?」


「うん。だから一人で動くのだけはやめてくれ」


 本当は、私一人でなんとかすべきだ。けれど天宮くんがいてくれたらどんなにか心強くて、つい、嬉しくなってしまうのを止められなかった。


「ありがとう天宮くん!」


 何度もお礼を言った後は、白児さんに引き受ける旨を伝えた。


「ほんとだな!?」


 白児さんも、嬉しそうに白い顔を明るめる。


「どんな琴なのか、詳しく教えてもらえますか?」


「お師匠様がご自分の体を削ってお作りになられたものだ。他の琴よりずっとずっとずーっとよい音がするが、弾く者が上手でないと音は鳴らない」


 さすが妖怪の楽器とあって、不思議な特徴がある。でも見た目には特別変わったところはないらしい。


 ただ弾いただけでは鳴らない琴、と聞いて回ればいいかな?


 まだ空は明るい。


 おじいちゃんとは違い、私の情報網はごく狭く、その中で最初に思い浮かんだヒトのところへ、まずは行ってみることにした。

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