お説教
道路の端の、電柱の影に私は一人で小さく縮こまり、必死に椿さんと翔さんをスケッチブックに描いていた。
特に翔さんは動き回るから大変。途中で紙人形に入れ替わったりするし。
でもどうにかしてお二人の姿を描くうち、その中に在る神様の姿かたちが透けて見えてきた。
煉くんの時みたいに体の外に出てくることはなかったけれど、描き始めるとどんどん明瞭になり、夢中になってからは今の大変な状況さえ忘れかけた。
鉛筆を無心で動かし、描いて、描いて、描いて、描いて・・・描き切った。
「できました!」
先に宣言して、私は首元の紐をほどく。
大天狗様からお借りした、天狗の隠れ蓑が地面に落ちる。
きっと役に立つだろうと言われて渡され、学校から古御堂家に帰る道すがらもずっと着ていた。おかげで妖怪たちも、椿さんたちも、私に全然気づかなかった。
さらにお狐様の分身がアグリさんに化けて助太刀にきてくれ、私と入れ替わり囮役を務めてくれた。お狐様は椿さんたちが古御堂家を襲撃していることを知っていたのだ。
見ればちょうどお狐様が変化を解き翔さんを捕らえていたので、私は急いで完成した二枚の絵を頭上に掲げた。
剣の神様と水の神様。
どちらも煉くんの火の神様と同じような鎧を着ている。金属ではなく厚い皮でできている感じの鎧で、蔦のような渦巻のような模様が細かい。
椿さんの神様はまっすぐな剣を持つ。翔さんの神様は片手に宝玉を。中性的で優美な神様たちは羽衣をなびかせ、私が掲げている絵に迷わず入った。
絵を下ろして確かめる。
ただ鉛筆で描いただけ。
しかも満月とはいえ夜の暗がりの中だ。なのに、私の目には鮮やかな色がつき、絵が光っているように見えた。
椿さんと翔さんがあちこちに出現させていた剣と水は消えている。
神様は私の手元にあって、だから・・・成、功?
ぐるりと目が回る。
「佐久間!」
一瞬真っ暗になった世界を、炎が彩った。
倒れかけた私は煉くんにしっかり抱き留められて、頭上に鳥のようなけたたましい悲鳴が聞こえた。
そうだ、蓑を取ってしまったから妖怪に気づかれたんだ。取らないと神様も私に気づいてくれないんじゃないかと、思ったから。
「よくやってくれた。ありがとう。もう大丈夫だ」
煉くんの声で、やっと実感が湧いてくる。
よかった・・・私、ちゃんとできたんだ。
安心した途端、もうほんとに立てなくなった。煉くんは怪我をしているのに、わかっているのに足にうまく力が入らない。
「ごめ・・・う、動けな、くて」
「いいよ。まかせて」
温かくて、ほっとする。
そういえば、春に煉くんの神様を描いた時は気を失って救急車で運ばれて、その後もしばらく全身がだるかったっけ。
今回は二柱の神様をいっぺんに描いたからか、消耗が激しいのかもしれない。
体力だけじゃなくて、精神とか体の中にある色々なものがすり減った感じがする。でも、でも、まだ倒れちゃだめだと、思う。
煉くんに抱えられ、古御堂家の門前に戻ると、椿さんも翔さんもすでに拘束されていた。
お二人の髪はきれいな黒。まるで別人みたい。
「心臓に悪いです」
お二人に話しかける間もなく、すぐ洸さんにがっちり左右から頭を掴まれた。
「偽物だとわかっていても肝が冷えました。あなたの姿で死んでみせるなど九尾狐は悪趣味だ。さすがの妖魅ですよ」
「え・・・洸さん、知って・・・?」
入れ替わっていることを伝える暇はなかったはずだけど。
すると、いつもの青年の姿になったお狐様がカラカラ笑った。
「我が教えてやったのだ。でなくば、こやつらは身命を投げうち我を守ろうとするからなあ」
ちらりと正宗さんのほうも見やる。なんだか申し訳ない。
正宗さんは咳払いし、「早く中に入れ」と私たちを促した。
「結界を張り直す。狐、ここまで付き合うなら表の妖怪どもを片付けるまで手伝え」
「祓い屋の指図は受けぬ。が、ユキのためならば力は惜しまぬさ」
「俺もやる。他は中で休め」
椿さんたちを縛り終え、慧さんが出て行く。あちこち切り傷だらけだけど、大丈夫なんだろうか。お狐様以外は皆さん満身創痍で心配になる。
しかし正宗さんは残った人へも構わず指示を出していく。
「龍之介、拓実、動けるな? 龍之介は結界の修復をしろ。拓実はこの暴徒を蔵に閉じ込めておけ」
「椿さんの見張りならば僕がっ」
「だめだ。お前は逃がす」
素早く立候補した龍之介さんを正宗さんはにべもなく却下した。ある意味、親子の信頼関係があると言えなくもない、ような。
龍之介さんの負傷具合が他の人と比べて特に大きいせいもあるのかも。シャツが血みどろなの、本当に大丈夫なのかな。
「こっちも願い下げよっ」
椿さんが我慢できなかったように声を上げた。
「ああくそっ、慧も古御堂も殺せなかった! 腹立つ!」
「まさかユキちゃんに騙されるとは、ね。ショックだわー」
「ご、ごめんなさい・・・」
椿さんは縛られたままでも荒ぶっていて、翔さんはがっくり頭を下げる。その様子に罪悪感をえぐられていると、洸さんがお二人の頭を叩いた。
「何を言ってるんだ。口を慎め」
「うるせえ家出親父が説教すんな!」
「どんだけあたしらにっ、っていうか母さんに苦労かけたと思ってんのよ!」
「おっと?」
翔さんまで声を荒げて抗議していた。
そして椿さんが《母さん》って。当主じゃない、綾乃さんのことをそんなふうに呼んでいるのは初めて聞いた。
そのことが、私は嬉しかった。
まだ神様を移しただけで何も解決したわけじゃないけれど、ほんの少しだけ、天宮家が普通のお家に戻れたような気がして。
「親子喧嘩は帰ってからやれ」
正宗さんが見かねて仲裁に入った。
子供たちに逆に怒られてしまった洸さんは両手のひらを天へ向ける。
「はいはい。すべてが終わったら親として大人として償いをするさ。――だがそれとは関係なく、私はユキさんを殺そうとしたお前たちを赦さないよ」
ひやりとした気配が声に混じった。とても、怒っているみたい。
前に、洸さんがおじいちゃんの仇に容赦しないと言っていた時の、怖い顔を思い出す。
さすがに椿さんたちも口を噤んでいた。
「よく頭を冷やしなさい」
洸さんと拓実さんが椿さんたちを連れて行く。
「翔さん、椿さん」
そこへ私はお腹になけなしの力を込めて、呼びかけた。
「全部、お話しします。私が力を得た理由も・・・これ以上、同じことを繰り返しちゃいけない、理由も。全部、全部聞いて、一緒に考えてほしい、です」
無理やり神様を奪っておいて、こんな言い草もないけれど。
できればお二人にも、協力してほしい。
声を張ったら目眩がした。だから、こちらを振り返った翔さんたちがどんな表情をしていたのかはわからない。
「佐久間? 大丈夫か?」
また気が遠のく。もう周りの声もよく聞こえない。
私は神様の絵を挟んだスケッチブックを絶対に落とさないように、せめてそれだけを意識に残し、少しだけ目を瞑った。




