すれ違い
夕飯は一時間ほどで終わり、片付けを手伝った後、私たちはそれぞれに就寝となった。
いつもより寝るには早い時間だけど、他にすることもなく、また明日から大変なことが続きそうなので、よく休むに越したことはない。
煉くんたちは大部屋に布団を敷いて、男性陣の中に交ざれない私は一人部屋をいただいた。
ストーブで温めてもらったところに、湯たんぽもお借りして布団の中に丸まり眠りを待つ。
冬の夜は、とても静か。風のない今夜は特に、闇に音がすべて吸い込まれていくよう。世界に一人ぼっちになるみたい。大げさかもしれないけど。
死んだらこんな感じなのかなと想像したりする。そんなことを考えていると、ますます眠れない。
でも私は絶対に目を開けず、寝返りも打たずにじっとする。
時間はゆっくり過ぎていくようだった。
「――」
意識が軽く沈んで、また浮いた頃。
後ろで障子戸の開く音がした。
でも気のせいかもしれないから、変わらず規則的な呼吸を繰り返す。
さらに、大きな音がした。さすがに目を開けると、私を炎が包んでいる。
すかさず部屋の照明が点き、畳の上で翔さんが、慧さんに押さえつけられている姿が見えた。
煉くんが私を立たせて翔さんたちから距離を取り、間もなく、洸さんや正宗さんたちも部屋に駆け込んできた。
「・・・ばれてたわけね」
翔さんの溜め息が聞こえる。
その腕をしっかり固めて、慧さんは冷たく応じた。
「何年お前の兄をやってると思っている」
「兄上様にはお見通しって? その調子で家の仕事も積極的にやってくれりゃ文句ないんだけど」
こんな状況でも翔さんはいつもの軽口を崩さない。それがかえって怖く感じられる。
夕食の前に、私は煉くんたちから、翔さんは天宮家の刺客かもしれないと忠告された。
できれば、その予想は当たってほしくなかったけれど。
洸さんは我が子を見下ろし、肩を竦める。
「・・・私はそんなに信用がないかな。さすがにへこむね」
「いや? 俺はあんたの話を信じてるよ」
あっけらかんと、翔さんは言った。
「証拠は微妙だけど、そうすれば辻褄の合うことが多い。腑に落ちたよ。天宮の神は荒神なんだろうさ」
「では話に納得した上で彼女を狙うその心とは?」
龍之介さんの問いかけには明快に答えた。
「要はアマノザコオノカミが顕現しなければ何も問題はないんだろ? だったらその可能性を一つずつ潰せばいい。普段の地道な妖怪退治と何も変わらない」
「我が子ながら浅はかな・・・我々の知らない方法で顕現される可能性は考えないのか?」
「ま、そういうこともあるかもね。もしどうしても顕現してしまうのなら、むしろ神の力は手放さないほうが利口だろう。俺から言わせれば、得体の知れない神の言う通りに力を返そうとしてるあんたらのほうが頭お花畑で可哀想」
翔さんの考えは確かにおかしくはなくて、そういう捉え方もあるんだと思わされた。
だけど。
「永遠に神と戦い続ける気か? 両面宿儺の封印を保ちながら、さらに枷を増やすことになるだけだぞ。それがなぜわからないっ」
洸さんが声を荒げるほどに、胸が苦しくなる。
どうして、つらいほうへ重いほうへ物事は流れていくのだろう。
翔さんには、やっぱり届かない。
「何を今さら。どうせ俺たちを守ってくれるものはない。だったら最後まで生き残るために足掻くべきだろ」
「おい。いつまで話している」
正宗さんが咎めた、その時。
突如煉くんに押し倒された私の後ろの壁に、水がぶつかった。
「腕なまってんじゃねえの!?」
翔さんが慧さんの拘束から抜け出して、次々と周囲にシャボン玉のような水塊を発生させる。
そこへ青白い光が走り、それらを一斉に割った。
たぶん、慧さんの宿す神様の雷だ。
弾けた水が霧のように部屋の中に立ち込めていく。何も見えなくなっていく。
「目閉じてっ。息も止めてっ」
煉くんに言われたとおりに目と口を急いで閉じる。
程なくして大きな物音がし、冷気が吹き込んだ。
つららを肌に当てられるような寒さを感じるとともに、視界の霧は外に流れ出し、庭の雪にまみれる翔さんが見えた。
慧さんが上げていた片足を下ろす。障子や雨戸ごと、翔さんを蹴り飛ばしたんだ。
これ以上は分が悪いと見たのか、雪から起き上がった翔さんはそのまま塀を越えて走り去ってしまった。
「佐久間、大丈夫?」
煉くんが手を取り起こしてくれる。
私に怪我はない。右手も、命も無事。
無事だった、けど。
「・・・っ」
「佐久間?」
堪えようとした呻きが漏れそうになり、私は胸を押さえてうずくまった。
怖いのと、悲しいのと、やるせないのと、色んな気持ちが混ざり合って苦しい。
私の右手を包む煉くんの手に力がこもる。
「・・・ごめん」
彼にそんなことを言わせたいわけじゃなかった。
天宮家に、綾乃さんや翔さんに、明確な害意を向けられていることを嘆いたって仕方がないし、慰めがほしいわけでもない。
ただ、もう本当に、覚悟を決めなきゃと思うだけ。
「大丈夫、です」
彼の手を強く握り返し、立ち上がった。




