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幻想徒然絵巻  作者: 日生
13/150

一緒に登校

「おは・・・よー」


 眠い目をこすりこすり、いつも通りの時間になんとか起きた。


 家を出るのが早いお父さんはもうネクタイを締めており、お母さんは台所に立って玉子焼きを焼いている。


「ユキ、夜中に何かやってた?」


「え」


 ご飯をよそってくれながら、お母さんに言われて思わずどきりとしてしまう。


「どたばた聞こえたよ? ねえお父さん?」


「え、そうだった?」


 お父さんは気づかなかったようだ。お茶をすすり、きょとんとしている。


「また妖怪の絵でも描いてたの? 眠そうにしちゃって、ほどほどにしなさいな」


「別に、そういうわけじゃ・・・」


 もごもごと私は曖昧に反論する。


 うちの両親は妖怪が見えない。でも妖怪の存在は信じている。いや信じているなんて生易しいものじゃない。


 なんと言っても二人の付き合ったきっかけが、大学時代に妖怪の話で盛り上がった、というくらいだから、そりゃもう筋金入りの妖怪好きだ。


 二人とも妖怪が見える娘を心底うらやましがり、私の描く妖怪の絵をいつも目を輝かせて見てくれる、ある意味でとても理解の深い両親なのだ。


 そんな二人に、昨日のことを話そうかどうか迷っていた。


 実は妖怪とすでに口をきいてしまっていることもまだ話していなかったのだ。


 私と同じように二人ともおじいちゃんの話を聞いていたから、妖怪がおそろしいものであることは十分に知っている。心配をかけてしまうんじゃないかと思うと、なかなか言い出しにくかった。


 でも昨夜のことは、やっぱり話しておくべきなのかもしれない。大天狗様というのがなんなのかはよくわからないけど、どうも私は妖怪に狙われているようだから。


 とはいえ全然実感はない。正直、まだ昨夜のことは夢だったんじゃないかとさえ思っている。


 でも、夢じゃないことは荒らされた部屋とパジャマに付いていた泥でわかった。


 これからもおかしなことが起きないとは限らない。心配させたくはないけれど、何かあった時に何も知らせないでいたほうが、よけいに心配されるかもしれない。


 私はもう、妖怪に存在を知られてしまったのだから。


「お父さん、お母さん、ちょっと聞いてくれる?」


 意を決して、昨夜のことを二人に話した。


 すると天宮くんのことも説明しなければならないので、神様の話を避け、彼のお家が祓い屋さんであるということだけを話した。


 それと、さらわれた理由はただ絵を描いてほしいと頼まれただけと言っておいた。


 話を聞くと案の定、両親は驚き、


「うわあ、とうとうユキも妖怪デビューしたのかあ」


「ついにやったのね!」


 お父さんは変な感想を漏らし、お母さんは嬉々としてしゃもじを振った。

 こういうところが、うちの親のちょっとおかしなところかもしれない。


「妖怪が来たなら教えてくれればよかったのに。お母さんも見たかったなあ」


「父さんもー」


 見えないくせに、すぐにそういうことを言う。大体、無理やりさらわれたのだから呼んでいる暇なんてない。


「ユキも高校生になったんだもんなあ。高校生になったら妖怪の友達を作るんだって、ずっと言ってたもんなあ」


「けど、ちょっと心配ね」


 真っ先に喜んだお母さんが、ふと顔を曇らせた。


「妖怪のことじゃあ、お父さんもお母さんも対処できないもの。その天宮くんっていう子は、ユキのこと守ってくれるの?」


「天宮くん家は普段から見回りして、町の皆を妖怪から守ってくれてるんだよ」


「彼らはこの町の守り神みたいな人たちだからねえ」


 何気ない感じで、お父さんがそんなことを言い出す。


 神、という言葉に私は心底驚いてしまった。


「・・・お父さん、天宮くんのお家のこと知ってるの?」


「そりゃ知ってるよ。有名な祓い屋大家だからね。昔は町の北の辺りは全部、彼らの土地だったんだよ」


「そうなの!?」


「大地主なのねえ」


「今はほとんど売っちゃったみたいだけどね」


 天宮くん家の家業とか、この土地に妖怪を封じた伝説など、私だけが教えてもらえたことかと思っていたのに、聞けば信じる信じないは別として、町の大人は普通に知っていることらしかった。お母さんはこの町の出身ではないから知らなかったみたいだけど。


 もしかすると、昨日の私は無知を綾乃さんたちに呆れられていた、かもしれない。


 うぅ、だってうちではお狐様の話はしても、天宮くんのお家のことは話題に出たことなかったんだもん。おじいちゃんも何も言ってなかったと思うし。


 もう少し、自分の住んでいる場所のことを勉強したほうがいいのかなあ。


「――ま、妖怪のことで何かあったら、その天宮くんに相談するのが確実だと思うよ。でもユキ、お前自身もよく気をつけるんだよ?」


 急に、お父さんは真面目な顔になる。


「これからはもう、見て見ぬふりは通用しないかもしれない。もっと妖怪と関わるようになって、人と妖怪の世界を行き来するようになるかもしれない。でも越えてはならない場所までは決して踏み込んではいけないよ。自分は人だということを忘れてはいけない。彼らの領域を侵してはいけないんだ。さもなくば」


「戻れなくなる、でしょ? わかってるよ」


 能天気な両親だけど、やっぱり心配は心配なんだろう。


 浮ついていた気持ちが引き締められた。

 うん、しっかりしなきゃ。


「にしても、ユキも隅に置けないわね。そんなすてきな彼氏を見つけてきちゃうなんて」


 ところが気を引き締めた直後に、私は味噌汁を吹き出すはめになった。


「な、なに、彼氏って!?」


 慌てて布巾で拭きつつ、訊くとお母さんは「えー?」と目をぱちくりさせた。


「隠さなくていいじゃないの。ユキと同じく妖怪が見えて、しかも守ってくれる彼氏なんて最高じゃない?」


「彼氏じゃないから! ただのクラスメートだよ!」


「照れなくていいってばぁ。写真ないの?」


「ないよ!」


「かっこいい?」


「えっ、や、それは、その・・・」


「ほらほら描いて見せてみなさい」


「や、やだ!」


「とうとうユキにも彼氏か・・・もう高校生だもんなあ」


「今度、連れて来なさいな。妖怪から助けてもらったお礼をしなくっちゃ」


「だから違うんだってば!」


 ひたすら楽しそうなお母さんと、寂しそうに肩を落とすお父さんに怒鳴るも、聞いちゃいない。


 そんなことをしているうちに登校時間になるというのに、ひたすら弁解のために貴重な朝の時間を使い果たしてしまった。


 リュックを背負い、両親から逃げるように家を出る。


 ちょっと助けてもらったくらいで、まったくなんて勘違いをするんだとか、朝からこんな話をされては学校で天宮くんと顔を合わせるのが気まずくなりそうだとかなんとか思っていたら、


「・・・はよ」


 家からたった数歩で天宮くんに遭遇した。


 あくびをしながら、ご近所の塀に寄りかかり、いかにも今まで待ってましたと言わんばかりの体勢。


 家の配置的に、彼と私とではどうがんばっても通学路はかぶらないはずなのに。


「ど、どうしたの?」


「事が解決するまで、佐久間の護衛しろって当主に命令されて」


「ごえい?」


「歩きながら話すよ」


 促され、天宮くんと並んで学校へ行くことになった。


「佐久間の家の周り、カラスいるだろ」


「? うん」


 私の家に限らず、カラスはどこにでもいる。燃えるゴミの日の朝は、特にゴミ捨て場などに。それがどうかしたのだろうか。


「カラスは天狗の使いだったりするんだ」


「え」


「妖怪どもが天狗の話をしてたんだろ? けっこーな数の妖怪に狙われてるっぽいし、用心したほうがいいと思って」


「・・・それで、わざわざ迎えに来てくれたの?」


 学校に行くよりさらに遠い私の家に来るのだから、いつもより早く起きなければならなかっただろう。 


 きっと昨夜は遅くまでお仕事をしていたのだろうに。私が出てくるまで一体どのくらい待っていたのだろうか。


「ご、ごめんなさいっ、待たせてしまったよね? 呼んでくれてよかったのに」


「勝手に来といて呼びつけるわけにいかないだろ。大して待ってないし、気にしなくていいよ」


 そう言われても気になります。昨日だって家まで送ってもらったり、夜中助けてもらったりしたんですから。自然と深く頭が下がる。


「すみません、本当にたくさんご迷惑をおかけしてしまって、こんな私のために」


「いや、これはこっちの都合でもあるから」


 すると天宮くんは若干言いにくそうに、視線を逸らした。


「佐久間が妖怪にさらわれると、あのことばれるかもしんねえから」


 あのこと、とは言わずもがな、私と天宮家との間の秘密のことだろう。


「妖怪は何するかわかんねえ。たとえば憑りつかれて操られたりする場合もあるし、できるだけ、妙な妖怪とは関わらせたくないってのが本音なんだ」


 つまり、現時点で妖怪たちがどういう目的で私を狙っているのかはわからないけれど、もしさらわれた先で私が秘密を漏らしてしまったらと、天宮家の方々は不安に思っているというわけか。


 それは、当然の心配だ。だって私には身を守る術がない。


 この護衛は天宮家、ひいては町の平和のためでもあるということ。


 私って、本当に厄介な存在なんだなあ・・・。


 再度自覚し、落ち込んでしまう。


「悪いけど、しばらく張りつかせてもらうな?」


 どう考えても悪いのは私。なのに天宮くんのほうがなぜか申し訳なさそうにしている。


「私は全然、大丈夫ですっ。というかむしろ、ありがとうございますっ」


「ん。学校でもできるだけ目の届くとこにいるよ。あと携帯持ってる? 何かあったらすぐ連絡してほしい」


 というわけでアドレスを交換することになりました。


 初めて登録する男の子の連絡先・・・ってそんなことを考えてる場合ではなくて。


「本当に本当に、すみません」


「別に謝らなくていいって。つか、さっきからまた敬語になってる」


「あ、すみません」


 と謝ったらまた敬語になってしまった。言うまでもないかもしれないけど、私はバカです。


 すると、天宮くんがわずかに吹き出した。初めて笑顔を見せてくれたことに、羞恥心よりも先に驚きが立つ。


「まあ、話しやすいほうでいいよ」


 天宮くんはまだ少し口角を上げたまま。


 空気が張り詰めていたというわけではないけど、なんとなく緊張していたのが和らいだ、気がした。


 よく、考えてみれば、天宮くんとはこうして妖怪の話ができる。クラスの友達が相手の時のように、見えるもの聞こえるものをいちいちごまかしたり嘘をつく必要がない分、もっと構えなくてもいいくらいなのだ。


 ずっと昔から、私は妖怪の友達がほしかった。


 それと同じくらい、妖怪が見える友達がほしかった。


 でも後者のほうはいつからか、あきらめてしまっていた。天宮くんと知り合えたのは、とても幸運なことだったのかもしれない。もちろん天宮くんにとっては災難でしかないと十分承知しているが、もし、彼と友達になれたなら・・・。


 話したいことがたくさんある。聞きたいこともたくさんある。


 この件が解決したらもう、二人で話してはくれなくなるかもしれない。だって天宮くんはとても忙しそうだし、学校では夜回りの疲れのせいで眠っているんだもの。親交を深めるのは今しかないかもしれない。


 男友達は人生で一人もいたことないけど、ここは勇気を振り絞るべきところ。


 我ながら呆れるほど大げさに気合を入れた直後、いきなり彼に抱き締められた。


「っ!? ――っ!?」


 片手で天宮くんに強く肩を押さえられ、体の前がぴったり彼にくっついた。頭がまっ白になると同時に顔はまっ赤になる。と、


「ぎゃああっ!」


 背後からとんでもない悲鳴が響き、すぐ我に返った。


 首を横に動かすと、私たちを囲むように紅い炎が渦を巻いて、続いて上空に目をやれば、同じ色の炎に包まれた塊が飛び去っていくのが見えた。


 炎を消して、天宮くんは私を放す。


「・・・朝っぱらから襲ってくるとは、かなり必死らしい」


 空を睨んで、静かにつぶやく天宮くん。


 今のは、妖怪だったのだ。背後から迫っていたのを私は全然気づきもしなかったが、天宮くんは私と話しながらも敏感に察知して対応した。


 目にもとまらぬ早業。


 圧倒的な力。


 これが、祓い屋と呼ばれる人々。


「行こう」


「・・・う、うん」


 先へ進む彼に、慌てて付いて行く。


「あの、ありがとう」


「いちいち礼は言わなくていいよ。仕事だから」


 天宮くんは、まるで何事もなかったかのような調子だ。


 そこに絶対的な安心感を抱くと同時に、私は、自分が恥ずかしくなってしまった。


 天宮くんが傍にいるのは遊びでなく仕事。なのに、一人ではしゃいでいた私はなんて場違いなんだろう。面倒をかけている張本人が能天気でいてどうするのだ。


 その後は反省し、ひたすら大人しくしていた。友達になりたいとか言ってる状況でも立場でもないんだとわかったから。


 結局、会話らしい会話をしたのは最初だけで、学校に着くまでほとんど無言だった。


「じゃ、また帰りも送る」


 教室まで来ればさすがに妖怪に襲われる心配もない。天宮くんはさっさと自分の席に行って突っ伏してしまった。


 かくいう私の席の隣には、目を爛々と輝かせている沙耶がいる。沙耶だけでなく、すでに教室にいた人たちは、一緒に登校してきた私たちを好奇心に満ちた目で見ていた。


 この後のことは、詳しく言わなくてもわかるだろう。私は必死になって、勘繰る彼女たちにまったく全然偶然以外のなにものでもないのだと、言い訳し続けた。


 実際は恋人どころか友達ですらないというのに。


 こんな私と噂になるなんて天宮くんの不名誉もいいところだから、なんとしても誤解を解きたかったけれど、事情を話すわけにいかないとなるとうまく弁解しきれず、最後は己の無能に打ちひしがれた。


 一方、護衛として張りつくと宣言していた天宮くんは、校内ではおおむねいつも通り過ごしているように、少なくとも私の目には見えた。


 ただ、授業中など視界の端に赤い光が映ることがその日は度々あり、そういう時は決まって天宮くんが机から顔を上げ、窓の外を睨みつけていたのだった。


 放課後になれば約束通り家まで送ってもらえた。もちろん日課の寄り道などはできず、また会話もなく、さっさと自宅前に辿り着く。


「怪しいものには絶対に返事しない、窓を開けない。いなくなるまで無視して寝たふりしてて。携帯は枕元に置いといて、何かあったらいつでもすぐ連絡いれて。遠慮されるほうが困るから。わかった?」


 去り際、天宮くんは念を押しに押し、私が完全に家の中に入るまでを見届けてから帰っていった。


 その背を私は二階の自分の部屋の窓から見送り、ほんとごめんなさいと心の中で深く、頭を下げ続けた。

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