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幻想徒然絵巻  作者: 日生
早春
126/150

過去の秘密① 

 湯気立つ紅茶が目の前に置かれた。


 でもそれに手をつける余裕はまだない。一つのソファに私と煉くん、テーブルを挟んで向かいに洸さんと慧さんが座り、清志さんは奥の執務机に、美月さんはその傍に控える。


 洸さんはまず、日向家のお二人へ断りを入れた。


「これからお話しすることは本来、天宮に何ら因縁のないお二人にお聞かせすべき内容ではありません。ですから、我々がここを去りましたら今日のことをすべてお忘れください。我々もあなた方のことを忘れます。それがこの家に災厄を招かぬ唯一の方法なのです」


「わかっています」


 美月さんが真っ先に言った。


「私たちは真相に至る踏み石の一つのようなもの、ですよね。これ以上は出しゃばりませんのでご安心を」


 最後のほうは慧さんに向けて言っているみたいだった。


 ここまでどういう経緯があったのかはわからないけれど、きっと慧さんも美月さんたちを関わらせるつもりはなかったんだろう。


 でも、繋がってしまったんだ。


「煉」


 鋭く、洸さんは次に我が子を呼んだ。


「お前にも確認しておく。たとえどんなことがあったとしても、お前は家よりも何よりもユキさんを一番に守ると誓うか?」


「ああ」


 煉くんは一瞬だってためらわなかった。

 隣で聞いている私は嬉しいような、緊張するような。


 洸さんは「よろしい」と少しだけ表情をやわらげ、最後に正面の私へ向き直った。


「ユキさん。私はこの数年、かつて冬吉郎さんに言われたことをもとに各地を巡り、これからお話しする内容を裏付ける証拠を集めて参りました。それでも未だ憶測の域を出ないものもあります。ですがまずは、あなたに我々の考えを聞いてもらい、その上であなた自身に起きたことを思い出していただきたいのです」


「・・・はい」


 私自身のこと、おじいちゃんのこと、天宮家のこと――おそらく洸さんは、今まで誰も教えてくれなかったことを知っている。

 急に家を出たのも、それらを調べるためだったのだ。


 私は固唾を飲んで、話の続きを待った。


 自然と膝の上の拳にも力が入ってしまうが、それを見た洸さんはふと笑みを零す。


「そんなに緊張せずとも大丈夫ですよ。そうですね、お話しすることはたくさんありますが、まずは思い出話をいたしましょうか」


 そんな穏やかな言葉に、ちょっと拍子抜け。

 洸さんは優しい笑みのまま話してくれる。


「私が冬吉郎さんに初めて出会ったのは十四の時でした。この辺りのことは、もう綾乃からお聞きでしょうか」


「あ、はい。あと、古御堂家の正宗さんからも」


「きっと散々な言い様でしたでしょう? 古御堂は短気ですからね。綾乃もあまり素直になれない性格なもので。どうか許してやってください」


「いえ、そんな」


 許すというかなんというか、そもそもうちのおじいちゃんが良かれと思って取った行動が、結果的に綾乃さんたちのお仕事の邪魔にしかならなかったみたいなので、まあ、怒られるのも仕方がないなと思っている。


「ですが悪態も彼らなりの愛情表現なんですよ。冬吉郎さんは我々のことを実の親よりも案じてくださっていましたから。子供ばかりで妖怪退治に行くのが心配で見ていられなかったらしく、勝手に仕事に付いてきては、必ずドジを踏み泣きついてくる顔が私はたまらなく好きで」


 洸さんはそれはそれは嬉しそうに、笑みを深めた。


「綾乃や古御堂に責められるとね、叱られた子犬のようになるんです。それを慰めてあげると涙目で懐いてきて、とても可愛らしかった。なので、つい泣くまで放置してしまったりして。実に、楽しい日々でした」


「・・・そう、ですか」


 どこかうっとりと語る洸さんに、私も含め、誰もなんとも言えなかった。


 男の人が男の人を可愛いと言うのは初めて聞いた。

 おじいちゃんは色んな存在に好かれているけれど、なんだか、その中でも洸さんはけっこう強烈な感じだ。


「冬吉郎さんと知り合った時には、私と綾乃はすでに神を降ろしていました」


 ちょっと反応に困っているうちに、話は進んでいく。


「私のほうは今、煉が宿している火の神と呼ばれるものを。綾乃は標的を探ることに長けた風の神と呼ばれるものを宿していました。はじめは私たちも冬吉郎さんも、例の力のことを知りませんでした。ただ何気なく冬吉郎さんが私の絵を描いた時、はじめて神を引き離す力を目の当たりにしたのです」


「・・・おじいちゃんが左腕を失くした時に天宮家から奪った神様というのは、火の神様のことだったんですか?」


 私が描いたのと同じ神様を、おじいちゃんも描いたことがあった?


 そんなところまで共通していたとは思いも寄らなかった。だけど洸さんは先走る私を止めるように小さく首を横に振る。


「その件は順を追って説明します。とにかく、その時はまだ我々も何が起きたのかわからず、急いで神をこの身に戻しました。――それからです。冬吉郎さんは自身に起きたことを少しずつ思い出していきました。ずっと昔の少年の頃、北山で神隠しに遭った時のことから」


「おじいちゃんは、両面宿儺の封印場所に迷い込んでいたんですか?」


「結論から言えば、そうです」


 やっと一つ、明らかになった。


「偶然だったのか、必然だったのかはわかりません。迷い込んだ先で、社を見つけ入っていってしまった。あの場所は人界と神界の狭間です。そこで冬吉郎さんは神に目をつけられてしまった」


「で、では、やはり、この力は、両面宿儺の呪い・・・?」


 無意識に私は自分の右手を掴んでいた。


 両面宿儺が封印を解くために、私に天宮家から神を奪わせ復讐するために、授けた力だったのなら、やっぱりこの手を切らなくちゃいけない?


 考えただけで心臓が縮こまる。


 けど、これにも洸さんははっきりと首を横に振った。


「いいえ。両面宿儺は関係ありません」


「え?」


「何度も確かめましたが、封印は綻びていませんでした。よって両面宿儺の仕業ではあり得ません。冬吉郎さんが記憶をもとに調べ、突き当たった名は、まったくの別物でした」


 別物? 別の神様ということ? あるいは妖怪?


「なんだったんだ?」


「その前に、煉。お前に宿る神の名を言ってみなさい」


 逆に訊かれ、煉くんは眉をひそめた。


「・・・ミカハヤヒだろ。イザナミを焼き殺して生まれたカグツチの首を、イザナギが切り落とした時に、飛び散った血から生まれた火の神だ、って」


「そうだな。慧が宿す雷の神はタケミカヅチ、椿は剣の神アマクシヒ、翔は水の神ミツハノメ、綾乃の風の神はシナツヒコ、と言われている。ユキさん、これらはいずれもイザナギ、イザナミを祖とする高天原で生まれた天神たちです。ですが、私はこれを嘘であると考えます」


「は?」


 煉くんは、ぽかんとしていた。私もそう。


「何が嘘だって? こいつは、ミカハヤヒじゃないってことか?」


 煉くんが自分の胸を叩く。


 それに答えたのは慧さんだった。


「ミカハヤヒとする証拠がない。すべて口伝だ。天宮の家に神降ろしに関する記録の類はなかった。――考えてもみろ。なぜ、天宮は天の神をこんなにも長い年月、宿し続けることができているのか。なぜ他の神事での神降ろしのように意識を奪われることがないのか。何よりも、なぜ天神を宿す天宮が中央から遠ざけられ、封印の地を離れることを一切許されなかったのか」


 滔々と疑問が並べられ、結論に辿り着く。


「それは我らの宿す神が、皇命に背いた荒神であったためだ」


「あらがみ・・・?」


「天から降りて来た神ではない、中つ国の、地上で生まれた土着の神ということです。いわば両面宿儺の同類です」


 同類?

 都を襲った鬼神の仲間ということ?


 待って。そうすると、ええっと、どういうことになるんだろう?


「ユキさんは正月に御巫宗助(みかなぎそうすけ)という男に会いましたね?」


 言われて、あの日、天宮家の庭でスニーカーを雪まみれにしていた若い男の人を思い出す。


「御巫家は千年前に天宮の者へ神降ろしの儀を執り行った家です。私はその子孫を捜し出し、彼の先祖が残した日記を手に入れました。それを日向さんのお知り合いにお願いし、修復していただいたのです」


 洸さんは、テーブルの端から端まで古い巻物を広げた。


 紙は全体的に茶色く焼けていて、たぶん修復される前はばらばらに千切れていたんだろう。ところどころに紙の継ぎ目がある。


 中身の文字ははっきり見える。けど、残念ながら私には意味がわからない。漢文で書かれていたから。


 授業で習ってはいるけれど、そんなすらすら読めたりしない。しかし煉くんは身を乗り出して、真剣な目で文字を追っている。もしかして読めるのかな。


「ここに荒神という記述があります」


 洸さんは目を滑らせている私のために、見るべき場所を指してくれた。

 漢字は、例えば草書のようなこなれた線ではなくて、わりとはっきりした形で書かれてあったから、文章の意味はわからなくても一つ一つの文字なら読めた。


 確かに、『荒神』と書いてある。『天宮』という文字もある。


「・・・依代に荒神を五柱。依代には知らせず・・・依代を天宮と称し天神の器だと思わせた・・・」


 煉くんが独り言のように呟く。

 洸さんは指をさらに滑らせて、その先の文字を一つずつ、つついた。


 天、魔、雄、神。


「アマノザコオノカミと読みます」


 聞いたこともない、神様の名前だった。


「この神はかの有名な三貴神のひと柱、スサノオノミコトのいわば孫にあたる神です。古事記などの正式な資料には出てきませんが、荒神や天狗などの妖怪を従える神と伝えられています」


「・・・天狗を?」


 私が引っかかってしまったのは、前者よりもむしろ後者のほう。東山の大天狗様や烏天狗さんたちのことが浮かんだ。


「この日記には、アマノザコオノカミと誓約を交わし、彼の従えている荒神の力を依代に宿らせたと書かれているのです」


「おかしいだろっ」


 煉くんがたまらず声を上げた。


「仮にも天神の子孫を君主に据える朝廷が、どうしてわざわざ自分たちに背く神の力を借りたんだ?」


「それは今の我々に置き換えて考えればわかるだろう。天神の力を人の器で御し切れるものか。まして千年にも渡り宿し続け、便利に使うなんてことできるわけがない」


「・・・」


「目には目を、だよ。荒神を荒神に封じさせ、そのまま体よく監視役まで押し付けた。だから天宮は封印の地を出ることを許されなかった。そして、この呪縛から逃れる方法を隠され千年経ってしまった」


 黙してしまった煉くんから、再び洸さんが私へ視線を移す。


「どんな約束事にも期限があります。アマノザコオノカミから借りた荒神を、我々はもう返さねばならないのです」


「え?」


 力を返さなければならない? 両面宿儺の封印はまだ残っているのに?

 でも、もっと驚いたのはその後のこと。


「なのに、我々は神を返す方法を知らされていない」


「・・・神様を、返せない?」


「はい。天宮の血族の間で神を移動させることはできます。しかし、アマノザコオノカミのもとへ送り返すことができない。我々の知っている神送りの儀をしても無駄でした。――完全に天宮から神を引き離す方法の唯一はユキさん、あなただけなのです」


 心臓にナイフが突き刺さったような衝撃だった。


 ・・・待って。ちょっと、整理しなきゃ。だって今までの流れと全然違う展開になっている。


 ずっと、ずっと、厄介なだけだった私のおかしな力。


 天宮家の人々から大切な神様を奪ってしまう、その力が、洸さんはまるで必要なものだと言っているみたいだった。

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