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幻想徒然絵巻  作者: 日生
早春
125/150

長男の用件

 私には、六年前に亡くなった大好きなおじいちゃんがいる。


 名前は佐久間冬吉郎(とうきちろう)。人の間ではさほど有名ではなかったけれど、妖怪の間では評判の絵師だった。

 私はおじいちゃんの描く妖怪絵に魅了され、教えられずとも自然にその絵をまねて描くようになったのだけど、高校生になるまでは直接妖怪と関わり合うことを他でもないおじいちゃんに禁じられていた。


 そして念願の高校生になった私は、人でも妖怪でも、多かれ少なかれおじいちゃんと関わりのあった相手に出会ってきた。

 かくいう天宮家の人々も、その縁の一つだったのは最近知った話。


 私の持つ神様を奪い去る力は、どうやらおじいちゃんも持っていたらしい。


 三十年ほど前、お父さんがまだ子供だった頃、おじいちゃんは突然天宮家から神様を一柱奪い去った。それまでは何事もなく彼らと付き合っていたのに、だ。


 するとなぜか町の外から妖怪の群れがやってきて、おじいちゃんを襲い、利き手の左腕を奪っていった。


 調べるうち、私とおじいちゃんには二つの共通点が見つかった。

 それは神を奪い去る力が利き手にしかないことと、子供の頃に北山で神隠しに遭っていたこと。


 幼稚園くらいの頃に、私は天宮家が守っている鬼神の封印場所に迷い込んだ。

 それが自然のことなのか、導かれたのかははっきりわからない。そして迷子の私を見つけたのが、おじいちゃんだった。


 つまり、おじいちゃんは封印場所を知っていたということになる。だから、かつて少年だったおじいちゃんが迷い込んだのも、同じ場所だったのではないだろうか。


 私たちはおそらくそこで、神様を絵に移せる力を《何か》にもらった。《何か》は封印された鬼神であるのかもしれないし、別のモノかもしれない。どちらにせよ尋常ならざる存在の仕業だろう。


 なぜ、私たちは力を得たのか。

 なぜ、おじいちゃんは天宮家から突然神様を奪い去ったのか。

 なぜ、その途端に妖怪が襲ってきたのか。


 私の過去と未来はおじいちゃんに繋がっている。

 ならば、これらの疑問を解決すれば自ずと進む道が見えてくるはずと信じ、これまで色んな存在におじいちゃんのことを尋ねてきた。


 そして私はお正月に、茨木童子さんという鬼に出会った。


 茨木さんは町の外から来た妖怪だったから、おじいちゃんを襲った妖怪のことを知っているかもしれないと思い、誤解から生じた乱闘の後日にまた会った時、絵を描かせてもらうついでにそのことについて聞き出した。


「この間、棲みかの近くで妙なことがあった」


 赤黒い肌に金の双眸で、二つの長い角を額から生やしている茨木さんは、私の家のリビングでお酒を飲んで寛ぎつつ、話してくれた。

 三十年前が《この間》なのは、すでに千年以上の時を生きている大妖ならではの感覚だ。


(なにがし)とやらが妖どもを集め、北へ引き連れて行ったのだ。なんでも人に恨みを晴らすためじゃとか」


「某ってのはなんなんだ?」


 この時は煉くんも一緒にいてくれた。しかし茨木さんは首を傾げ、


「俺のもとへは現れなんだゆえ、よう知らぬ。連れて行かれた者は大概が、人に恨みを持つか、元来血を好む妖であった。そういう者らを選んでそそのかしたのじゃろう」


「佐久間のじいさんに恨みを持つ者じゃなく、人自体に恨みを持つ妖怪か」


「特に、祓い屋にな」


 茨木さんの話の中で、その言葉がいちばん引っかかった。


「――茨木童子の本拠地は京にある。天宮の元となった祓い屋たちもほとんどが京にいた者だから、その某が集めていた妖怪たちが京の者だとすれば、天宮と因縁があっても不思議じゃない」


 隣町へ向かう電車で、煉くんと私は改めてその話をした。


 放課後になるとすぐに相馬先生に部活を休む旨をお伝えし、急いで一時間に一本しかこない電車に飛び乗った。間もなく、隣町に着く頃だ。


「おじいちゃんを襲った妖怪たちは、力のことを知っていたのかな?」


「どうなんだろうな。知ってても知らなくても、佐久間のじいさんを襲う理由にはならないと思う。そもそもどうやって神を奪ったことを知れたのかが疑問なんだよな。まさか偶然なわけないだろうし・・・古御堂の言う通り、天宮が裏で手を引いたってのが、いちばんありそうな気がするよ」


「そ、そんなことないよっ」


 溜め息まじりの煉くんに、慌てて言い募る。


 おじいちゃんが腕を失った時に、煉くんのお母さんである現在の天宮家当主の綾乃(あやの)さんがその傍にいたと、古御堂家当主にして拓実さんのお父さんである正宗(まさむね)さんから聞いたことを、煉くんに話したのは私。


 正宗さんは三十年来のおじいちゃんの友達なのだが、神様を奪い去る力のことはおじいちゃんが頑なに話さなかったため知らない。

 だけどおじいちゃんが腕を失くした出来事を綾乃さんたちの仕組んだことではないかと今でも疑い、おじいちゃんや私が天宮家に脅され真実を黙っているのではと心配されているのだ。


 でも、祓い屋として妖怪から人々を守ってきた綾乃さんたちが、妖怪を使って人を襲わせるとは思えない。彼らはもっと誇り高い人々であるはずだ。

 こんなことは、煉くんのほうが私よりもずっとよくわかっていることだろう。


「おじいちゃんを襲ったのは、人に恨みを持ってる妖怪だったんだよ。それなのに祓い屋の言う通りに動くなんてこと、ないんじゃないかな」


「でも、天宮の仕業じゃないとすると、まだ俺たちの知らないことがあるってことで、もしかしたら」


 煉くんは真剣な眼差しで自分の手元を見つめていた。


「よくわかんねーけど・・・俺たちは、根本的に勘違いをしてるのかもしれない」


「勘違い?」


「神を奪われるとまずい――もし、その前提がまちがってたとしたら、って話」


 それは絶対的な前提のはず。

 だから私たちはおじいちゃんが腕を奪われた理由に見当がつかないでいるのだ。それがまちがっていたら、根底がひっくり返ってなおわけがわからなくなる。


「俺もちゃんと考えをまとめられてるわけじゃないけど、もし佐久間のじいさんの腕を奪うことが天宮への復讐だったとしたら、かなり面倒な事態になりそうだ」


 ・・・そんなこと、あるのだろうか。

 まるでマトリョーシカのよう。閉じているものを開けるたび、新たな謎が現れる。今日、慧さんの話を聞いたらまた新たに開く謎があるのかな。


「慧さんの話って、なんだろうね」


「さあ。慧は家とは別に、自分の意思で動いてるところがある。必要ないはずの大学に行ったのもそう。何か、あいつなりに掴んだことがあるのかもしれない。それも家には知られたくないことを」


 次は真実に辿り着けるのか、期待半分、不安半分で、私たちは電車を降りた。


 私たちの町の無人駅よりもずっと大きな駅だが、時間帯的にまだそんなに混んではいない。

 だからすぐに見つけられた。

 改札を抜けた先で、こちらに両手を大きく振っている人を。


「ユキちゃーん! こっちこっち!」


 しかも大声で呼ばれた。


 薄ピンク色のケープが可愛いらしく、腰まで届く優しい栗色の髪も素敵なお姉さんは、


「美月さん?」


 日向美月(ひなたみつき)さん。慧さんと同じ大学の人だ。

 私とは夏休みに偶然出会って顔見知りだが、初遭遇の煉くんは怪訝そうにしている。


「佐久間の知り合い?」


「うん。ほら、慧さんと同じ大学の」


「もしかて、慧の彼女かもって人?」


「そうそう」


 美月さんは駆け寄ってきて、手袋ごしに私の手を握る。


「お久しぶり! 私のこと覚えてる?」


「もちろんですっ。お久しぶりです、美月さん」


「よかった。そっちの彼が慧の弟さん?」


 視線を向けられ、煉くんは軽く会釈した。


「さすが兄弟。そっくりねっ」


「は」


 確かに天宮家の四兄弟の中では、煉くんと慧さんは雰囲気が似ているかも。でも当の本人はぽかんとしている。


「名前は――ごめんなさい、なんだったかしら」


「煉くんです」


 固まっている彼にかわって紹介すると、美月さんはなぜか嬉しそうに声を弾ませた。


「煉くんとユキちゃん、二人とも可愛くてお似合いよっ」


「えっ」


 い、いきなり何をおっしゃるんですか。

 相変わらず、こう、マイペースな方だなあ。


「・・・いや、あの、すいませんが」


 ややあって煉くんが気まずそうに切り出すと、美月さんは皆まで言い終わる前に手を打った。


「あ、そうね、自己紹介をしなきゃね。はじめまして、私は日向美月。あなたのお兄さんの友達よ。どうぞ美月と呼んで」


「・・・どうも」


 たぶん、煉くんが訊きたかったのはそうじゃなく、どうしてここで私たちを待っていたのかということだと思う。


「残念ながら妖怪は見えないけれど、仲間はずれにしないでね?」


 急にそんなことを言い出したかと思うと、美月さんはくるりと体の向きを変え、「こっちよ」と私たちを促した。


「なんだか大変なことになっているんでしょう? 私にできることはたぶん、ほとんどないと思うけれど、隠れ家を提供するくらいのことはできるわ」


「? 隠れ家?」


 一体、どういうことなのか。


 なんだか美月さんの口振りは、まるで私たちの事情を知っているかのようで。

 慧さんは彼女を極力、妖怪に関わらせないようにしていたはずなのに。


 美月さんに付いて行くと、駅前のロータリーに橙色の可愛い軽自動車が停まっていて、運転席には青紫色の頭の、慧さんの姿が見えた。


 車との色の組み合わせがポップな感じ。

 慧さんは窓を開け、無言で後部座席を示す。もさもさした髪で目が隠れており表情が読めないけど、たぶん乗れってことだろう。


「車持ってたのか?」


「貸してあげてるの」


 美月さんは煉くんに答えて、さっさと助手席に乗ってしまう。


「おい、どういうことなんだ?」


「後で説明する。早く乗れ」


 私も煉くんも状況がさっぱりだったが、ともかくも言われた通りにした。


 賑やかな駅前を離れ、十分くらい走った頃だろうか。住宅街の中の、ある大きなお家の前で車は停まった。


 慧さんはガレージに車をしまい、私たちは先に降ろされて美月さんに門の中へ招かれる。木製の古めかしい表札に『日向』とあったので、美月さんのご自宅なんだろう。


 天宮家のような大豪邸というわけじゃないけれど、庭に見事な松の木がある和風な造りのお家だった。


「さあどうぞ。遠慮しないでね」


 素敵な生け花が飾ってある玄関には、靴が一足だけそろえてあった。

 男性の黒い革靴だ。それにちょっと気を取られつつ、美月さんの誘導に従い奥へ行く。


 廊下を突き当たりまで進むとドアがあって、美月さんは「ちょっと散らかってるけど許してね」と最初に断り、そこを開けてくれた。


 香ったのは図書室のような匂い。

 中に入って見えたのは、古びた巻物や本がたくさん収められた棚。


 それらに囲まれている、影法師。


「――やあ!」


 黒いコートの裾を翻して迫りくる。


 私は即座に隣に引き寄せられ、影法師が目標をはずして「おっとと」と扉横の壁に手を付いた。


 そこへ煉くんが詰問する。


「どういうことだクソ親父」


 親父というのは揶揄でもなんでもない。


 紛れもなく、その人は行方不明だった煉くんのお父さんだった。


 年末に公園で行き倒れていたところで私は初めて会い、その後、茨木さんの騒動の中で血塗りの恋文の在り処を教えてもらったりしたのだが、それからまた行方知れずになっていたはずだ。


 なのに、今は当然のごとく目の前にいて、満面の笑みを浮かべている。


「ご挨拶だなあ。と見せかけて!」


 油断したところ視界が黒に覆われた。


 今度は至近距離であり、なおかつ後ろに本棚があったため、避けられずに煉くんと私はまとめて抱きしめられてしまった。


「はっはあ、まだまだ甘いぞ~息子よ」


「~~は・な・れ・ろっ!」


 ぐっと煉くんが腕を突っ張るが、同じくらいの力が、ぐぐっと押し返す。


「佐久間が潰れる!」


「おっと、それはいけない」


 急にお父さんは離れ、私はようやく息ができるようになった。いや本当に潰されていたわけじゃないが、天宮親子の間に挟まれるという混乱した状況で息の仕方を忘れてしまって。


 けれどほっとしたのも束の間、今度は両手を取られ、若々しい整ったお顔が眼前に迫った。


「正月の時は名乗りもせず失礼いたしました。遅ればせながら改めまして、天宮(こう)と申します」


 やっとお名前を聞けた、洸さんの目はかすかに潤んでいるようだった。


「この日を心待ちにしておりました」


「・・・あ、の?」


「離れろ」


 どうしたものか困っていたら、煉くんが間に入ってくれた。


 はあ、すごく緊張する。


 たぶん洸さんってうちのお父さんより年上だと思うのだけど、まったくそれを感じさせない。さすが天宮家。さすが煉くんのお父さん。


 押し戻された洸さんは、なんだか嬉しそうだった。


「一丁前に嫉妬なんかするようになったかぁ。子供だと思ってたのが、慧も煉もこんなに可愛い彼女を作れるようになって父さん嬉しい」


「表現に語弊がある」


 ここで慧さんが追いついた。

 隣で美月さんは車のキーを握り締め、なぜか小刻みに跳ねている。


「感動の親子再会ねっ。二回も見られるなんて感激だわっ」


「君は黙ってくれ」


 二回、ということは慧さんも抱きつかれたのかな。六年ぶりだもんね。そのくらいの感動があっても不思議はないけれど、慧さんも煉くんも、とっても嫌そうにしている。


「まあまあ皆さん、とりあえず腰を落ちつけてはいかがですか」


 やや散らかってしまった状況を、和やかな声が仲裁した。


 全然気づかなかった。よく見たら右手奥の机におじいさんの姿があった。大きな眼鏡をかけて、おしゃれなループタイをしている方で、なんだろう、大学教授みたいな雰囲気がする。


 すぐに美月さんが「うちのおじいちゃんよ」と紹介してくれた。

 美月さんのおじいさん、日向清志(きよし)さんは机に手をつき、ゆっくり立ち上がる。


「どうも、どうも、いらっしゃい。冬吉郎さんのお孫さんは、あなたですか?」


「は、はい」


 わざわざこちらに来てくれようとしていたので、慌てて私のほうから傍へ行った。清志さんは足が少し不自由なようだ。


「うちの祖父をご存知なんですか?」


「はい。まだ私があなたの町に住んでいた時に、冬吉郎さんが絵を持ってこられたことがありました。自分が何を描いたのか、教えてほしいとおっしゃってね」


「絵を?」


「そうらしいのよ。私も今まで全然知らなかったのっ」


 美月さんが不満そうに両手の拳を上下する。彼女はおじいちゃんの大ファンだから、教えてもらっていなかったのが悔しかったみたい。


「ごめんよ美月。このことは口止めされていたからねえ。こうして天宮家の方がこられなければ、誰にも言うつもりはなかったんだよ」


 のほほんとした口調だけれど、なんだか不穏なものを感じる。


「・・・祖父は、なんの絵を持って来たんですか?」


 それもなぜ、美月さんのおじいさんのもとへ持って行ったのか。


 清志さんより先に洸さんが口を開いた。


「ユキさん、まずはお座りください。過去に何があったのか、これから何が起ころうとしているのか、順にお話ししましょう」

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