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幻想徒然絵巻  作者: 日生
正月
108/150

彼の部屋にて

 天宮家の様子がいつもと違うことは、玄関からすでに感じられた。


 広い玄関口に靴がたくさん並んでいて、奥からは複数の大人の声がする。いつも人の気配の希薄な場所が今日はずいぶんと賑やかだ。


「とりあえず俺の部屋に。あとで客間用意するから」


 私はこっそりと中に招かれて、声がしない方向へ。


 煉くんの部屋だと言って通されたのは八畳くらいの和室。

 机と、教科書などを入れている小さな本棚と、後は箪笥とストーブくらいで、よけいなものが全然ない部屋だった。


 煉くんはストーブを点火すると、「ちょっと待ってて」と部屋を出ていった。


 どうしようもないので、隅で荷物と一緒にちょこんと座って待つ。


 すでに今さらだけど、普通に煉くんのお部屋に入ってしまっているの、いいのかな? 


 いや、別に何も変な意味はないわけだけど、仮にも意識してる相手の部屋とあっては、言い知れぬ緊張が湧き起こる。


 しばらくして、煉くんは戻って来た。

 手にはお盆を持って、そこにはジュースや重箱に入ったお節の一部なんかが乗っていた。


「食糧、奪ってきた」


 煉くんは畳の上にお盆を置いて、割り箸や小皿を渡してくれる。


「あ、あの、綾乃さんたちにご挨拶は」


「今は宴会の真っ最中だから行かないほうがいいよ。報告はしといたから大丈夫」


「そう、なの?」


「挨拶なんていちいち気にしなくていいよ」


 と言われても、お世話になるのに、きちんとしなくていいのかなと思う。

 それとも、宴会で盛り上がってるところに赤の他人が入っていくほうがお邪魔なのかな。


 とりあえず、煉くんに促されるまま、栗きんとんなどをいただく。

 お正月にお節を食べるなんてひさしぶりだ。とてもおいしい。


「煉くんは宴会に出なくていいの?」


「最初だけ顔出しときゃ、あとはいてもいなくても気にされないよ」


「ふ、ふうん?」


 色々な意味で一般庶民とは異なる天宮家だけど、子供が大人の宴会に交ざりにくいところは、同じみたい。


「あの場にいると酔っぱらいにからまれるからいたくなかったんだ。俺としては、佐久間のことが抜け出す理由になって助かった」


「そ、そう?」


 確かに、煉くんは騒がしい場所が苦手そう。

 彼の助けになれたなら、嬉しいけれど、ただそうなると部屋に二人きりの状態が続くということだから、また緊張がぶり返す。


 そりゃあ、部活の時は二人きりだし帰り道だって二人だけど、美術室などと彼の部屋とでは全然違うし、部活では妖怪も頻繁に来るから実質二人きりでいる時間はそんなにないのだ。


 というか煉くんは、女の子を部屋に招くことに抵抗はないのだろうか。

 それとも、これも役目として割り切っているのかな?

 じゃなかったら、私のことはまったく女として意識していないとか・・・あ、なんか悲しくなってきた。


「佐久間、どうかした?」


「っ!」


 気がついたら煉くんに覗きこまれていた。


 まずい、変に思われてる。

 彼が気にしていないことを私が気にしても仕方ないのに。


「な、なんでもないですっ。この伊達巻、おいしいねっ」


「? うん」


 言い繕ったものの、不審に思われてるっぽい。ここは早くごまかしておかないと、意識してるのがばれてしまうかも。


「あ、え、えとっ・・・あ、そういえば昨日ね、不思議な人に会って」



「ちょお待ったぁぁっ!」



 言いかけた言葉は突如響いた大声と、すぱあんと勢いよく開いた襖の音に掻き消された。


 現れたのは、長いストレートの黒髪を持つ、とても可愛らしい女の子。

 よく考えたらご親戚が集まっているんだから当然ここにいるはずの、煉くんのいとこの莉子さんである。


 目を丸くしている煉くんと私を彼女は交互に鋭く一瞥すると、「よかったぁ」と胸をなでおろした。


「ゆんちゃん、あけおめ! もー来てたならすぐ教えてよねー」


「・・・ど、どうも、あけましておめでとうございます莉子さん。お邪魔してました」


 隣に座り、私の両手を取る莉子さんはにこにこしてる。


「煉がなかなか帰って来ないなーと思って翔ちゃんに聞いたら、もうとっくに戻ってゆんちゃんを部屋に連れ込んでるってゆーから焦っちゃったよー。まだ何もしてないよね?」


「っ、するか馬鹿!」


 煉くんが間髪いれず怒鳴ったけど、莉子さんはぷいと顔を逸らして、私の肩を掴んで言い聞かせる。


「気をつけないとだめだよ、ゆんちゃん。男はケダモノなんだからっ」


「え? あ、あの」


「ゆんちゃんみたいなのは警戒し過ぎるくらいでちょうどいいんだよっ」


「はあ」


 でも相手が私じゃあ、そんな気も起きないんじゃないかと・・・莉子さんだって、本当は私じゃなく煉くんの身が心配で駆けつけたのだろう。


 だって彼女は彼のことが大好きだから。

 私に注意するのは、本人に言いにくいからなんじゃないかな。


「・・・二人とも、そんなに仲良かったっけ?」


 煉くんが、私たちの様子を見てるうちに首を傾げてしまった。

 すると莉子さんは私の腕に抱きついて、得意げな顔をしてみせた。


「煉、知らなかったのー? 莉子とゆんちゃんは友達になったんだよっ。よくメールしたりしてるんだもん、ねー?」


「はいっ」


 それもけっこう、頻繁に。

 内容はお互いの近況や学校のことや、それから、煉くんのこと。


 私と莉子さんはいわゆる恋敵なわけだけど、正直、争ってどうなることでもないと思うので、いがみ合うより普通に友達として付き合ってもらっている。

 同じ人を好きになるだけあって、話してみれば莉子さんとは意外に趣味が合う。


「というわけだから、莉子もまざるぅ!」


「・・・勝手にしろ」


 煉くんは投げやりに言い、莉子さんと三人、場は賑やかになった。

 かくいう私は少しだけほっとしていた。三人なら、変に緊張しないで済む。


 ところが、やって来たのは莉子さんだけに留まらなかった。


「やっほーガキどもぉー♪」


 間もなくして白髪ロングヘアの美女、煉くんのお姉さんである椿さんが、一升瓶を片手に現れた。


「こっち楽しそうでいいわねえ。お邪魔させてもらうわねん♪」


 椿さんはどうやら酔っているようで、普段に輪をかけて明るい。


「酔っぱらいは来んなっ」


「なによぉ、女の子二人も部屋に連れ込んで楽しもうなんて、お姉様が許さないわよぉー?」


「誰がンなこと言った! あっちでおっさんどもの相手してろっ!」


「そのおっさんの相手が面倒になったから逃げて来たんだっつの。いいからさっさと場所あけなさいっ」


 椿さんは長い足で煉くんを蹴倒し、無理やり奥に陣取る。

 そしてコップに一升瓶からお酒を注いで飲み、ご満悦だ。


「煉、何か適当に取って」


「自分でやれ」


「あららお姉様の言うことが聞けないのー? あーあー、ユキちゃんにこっぱずかしいあんたの昔話、しちゃおうかなー?」


 ちっ、と煉くんは舌打ちしつつ、結局は椿さんのためにお節を小皿に取り分けて渡した。

 相変わらず、力関係がはっきりしてるなあ。


「おーいやってるかー?」


 と、次には物の影が映り込む不思議な髪色をした翔さんと、鮮やかな青紫の髪色の慧さんとが一緒にやって来た。


 慧さんは椿さんと双子で、隣町の大学に通って一人暮らしをしている方だ。夏休みのはじめに一度会って少しだけお話ししたきりで、とてもひさしぶりの再会だった。


 翔さんは盆にお節やおつまみ、取り分け皿に箸にコップと、まるでこの人数を予測していたかのような用意を持っていた。


「なんだよ慧まで」


「ついでに連れて来た。一番面倒な人にからまれて大変そうだったからさあ、俺も避難避難っと。あ、ユキちゃんあけましておめでとう。お邪魔するね」


「は、はい、あけましておめでとうございます」


「慧と会うのは初めてだよね? こちら、天宮家長兄の大学生ね。見ての通り神憑きの一人だよ」


 わざわざ翔さんが紹介してくれる。

 煉くんにもそうだったけど、どうやら普段こちらに住んでいない慧さんは、ご家族の誰にも私と会ったことを話していないらしい。


「あ、いえ、前に偶然、道でお会いしたことがあります。――おひさしぶりです、慧さん。あけましておめでとうございます」


「えっ、そうだったの?」


 驚いた翔さんに見られ、慧さんはそっぽを向く。

 以前と同じように、もさもさとした髪が顔の上半分を覆い隠し、慧さんの表情はほとんどわからなかった。


「美月さんはお元気で――」


 その、瞬間に、私は口を塞がれていた。


 そっぽを向いていたはずの慧さんに素早く引き寄せられ、大きな手で口と鼻まで塞がれ息ができなくなる。


「美月のことは他言無用だ」


 凄みのある、押し殺した声が耳元に落ち、私は何度も頷いた。

 ここで頷かなければ殺されるんじゃないかと思えた。


「おい!?」


 煉くんが割って入る前に、慧さんはあっさり解放してくれた。はあ、ようやく息ができる。


「大丈夫か? おい、なんのつもりだっ」


「なんかー、女の名前が聞こえた気がするんだけどー?」


 奥から、楽しそうな椿さんの声が飛んで来た。


 翔さんもにやあ、と笑みを広げて、そっぽを向く慧さんの前にわざわざ回り込む。


「まさか、彼女といるところをユキちゃんに見られたとか?」


 あ、翔さん鋭い。


 いや、実際に彼女かどうかはわからないけど、美月さんは慧さんと同じ大学に通っている人で、二人はとても仲良しに見えた。


 慧さんは口を引き結び、一言も発しないので、翔さんは私に詰め寄る。


「ね、どうなの?」


 ちらりと慧さんを見やると前髪の隙間からとても怖い目が見える。


 い、言えない。言えるわけがない。


「す、すみません、私からは、何も」


「慧ー? ユキちゃんを脅すんじゃないわよ。別に彼女の一人や二人、いたって恥ずかしいもんでもないでしょーに」


「そうそ。慧も人並みに恋愛できるんだってことがわかって安心したくらいだ」


「慧ちゃんの彼女なんて想像できなーい。ゆんちゃん、どんな感じだった? 可愛い系? 美人系?」


「ええっと・・・」


「答えなくていい」


 ぴしゃりと慧さんに制され、口を噤む。


「言っておくが、その推測は完全に間違いだ。断じて俺に恋人などいない」


「逆に恥ずかしくないか? その発言」


「黙れ」


「あらあ、そんな言い方はないじゃない? 私たちはあ、わざとみっともない格好して、女にからまれないようにしてる偏屈野郎のことを心配してやってんのよ? さ、盛大に祝福してあげるから、洗いざらい吐きなさいな」


「莉子も聞きたーい♪」


 一瞬、逃げようとした慧さんだったけれど、翔さんと莉子さんに両腕をがっちり掴まれ、奥に魔王のごとく鎮座する椿さんの前へ引き出されていく。


 それを横目に、煉くんが私にこっそり耳打ちしてきた。


「その相手って、慧と同じ大学の人ってやつ?」


「う、うん。でもほんとに彼女かどうかはわからないの。よけいなこと言っちゃいました・・・」


「佐久間は悪くないって。隠すからかえって怪しいんだよ」


 私と会ったことを慧さんが誰にも話していないのって、もしかして美月さんのことを知られたくないから、だったりして。

 やっぱり、悪いことしたなあ。

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