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幻想徒然絵巻  作者: 日生
正月
107/150

佐久間家のこと

「あの、他に妖怪が入って来てないか確認したいんで、家の中見て回ってもいいですか?」


「あ、じゃあ、私が案内します」


「悪いなあ、ごめんね?」


 両親をリビングに残し、私は煉くんを連れて大して広くない家をすべて回る。

 大掃除の後だったのが幸いだ。


「あ、あの、煉くん」


「ん?」


 うるさい二人から離れ、ようやく静かになれたところで、改めて頭を下げた。


「あけましておめでとうございます」


 まだ新年の挨拶すら、ろくにできていなかった。


「あ、うん。おめでとう」


「新年早々に面倒かけちゃってごめんなさい」


「面倒じゃないよ。佐久間を守るのが俺の役目だ」


 少しだけ笑って、言ってくれる。


 近頃、煉くんは仕事という言葉を使わなくなった。

 役目というのは誰に命じられたことじゃない、彼自身が決めたこと。自分の中の正しさに従い、私を守ると約束してくれた。


 煉くんのお家、天宮家は千年以上前に、神様をその身に降ろし、都を襲った強大な力を持つ鬼神をこの地に封印した祓い屋の一族。以来、封印を保ちつつ、人々を密かに闇の脅威から守ってきた。


 そんな彼らに宿る神様を、私は絵を描いて奪い去ることができる。


 神様を奪われたら天宮家は力を失い、恨みを買っている妖怪たちに滅ぼされてしまう。


 それを危惧し、天宮家の中には私を排除しようと考えている人々がいる。自分と家族の命がかかっているのだから、無理のない話だ。仕方のないことだと思う。


 けれど煉くんは、たとえ天宮家が私を排除しようとしたとしても、私を守ると言ってくれた。

 私の不思議な力の由来がわかり、解決法が見つかるまで、付き合ってくれると。家族よりも私に味方してくれると、言ってくれたのだ。


 煉くんは本当に優しく、そして、強い人だ。そんな煉くんが、私は・・・すごく、好き。

 でもこの気持ちはまだ打ち明けられない。


 いつかすべてが解決し、彼が私に縛られる必要がなくなった時、その時には、砕けるつもりで当たろうかと思う。


 正直これが初恋なので、どうアピールしたものかまるでわからないし、今のところ煉くんに好かれる要素がまったくなく、おまけに強力なライバルもとい友達もいて、予想される結果はかなり絶望的。


 けれど私の一番にすべきは彼を振り向かせることじゃなく、みんなが幸せになれる結末を探すこと。

 それまでにたくさん、煉くんに迷惑をかけてしまったとしても、決してあきらめず進み続けることが、私の役目。


「ん・・・とりあえず、大丈夫かな」


 煉くんに家中をざっと見てもらったところでは、他に妖怪の影はなく、ひとまず安心していいらしかった。

 でも、見回っている間ちらちらと窓の外に異形の姿があって、何度も煉くんが追い払うということがあった。


 私の顔も名前もすっかり妖怪たちの間で有名になってしまっているが、家にこんなにも多くの妖怪が訪ねてきたのは初めてだ。


「どうして急に妖怪がうちに集まって来たのかな?」


「正月の宴会で酔っぱらった妖怪どもが、余興のつもりで佐久間をさらいに来てるらしい。さっき追い払った奴らが言ってた」


 ああ・・・前にも宴会の余興ために、さらわれたことがあったなあ。

 絵を気に入ってもらえることは素直に嬉しいのだけど、あんまり気に入られ過ぎちゃうと帰って来れない可能性があるのだから怖い。


「宴会は大体、三が日まで続くんだよな」


 こうして話している間も、窓の外に現れる妖怪を煉くんが片手間に、もぐら叩きのように追い払っている。


「三が日中、ずっと妖怪が家に来続けるってこと?」


「かもしんない。小物なら札でも貼っておけば防げるけど、もし大天狗クラスの妖怪が来たら無理だな」


「ど、どうしよう?」


 すると煉くんは複雑そうな顔を私へと向けた。


「あの、さ。ほんとは気が進まないんだけど・・・」


「? なに?」


「・・・当主が、佐久間をうちに連れて来いって言ってるんだ」


「え?」


 煉くんはとても言いにくそうに、続けた。


「相手が酔っぱらいだとどこまで無茶してくるかわからないし、一度脅すくらいじゃ懲りない。佐久間がここにいると佐久間の両親も危なくなるかもしれない。さすがに天宮の家にまでは押しかけないだろうから、妖怪に対しては安全になる。ただ」


 ここで煉くんは最も渋い顔をする。


「今、うちでも親戚連中が集まって宴会やってて、佐久間を消したほうがいいって主張してる奴らも来てるんだ。当主は一応、佐久間に危害は加えないって言ってるし、そいつらが勝手なまねをすることはないと思うけど・・・完璧に、安全ではない」


「―――」


 それは私も、知っている。


 天宮家が私に害意を抱いているとわかった後でも、私は彼らとの友好関係を望み、綾乃さんもそれを望むと言ってくれたものの、突然気が変わってやっぱり、となる可能性は捨てきれない。


 煉くんがすぐにこの話をしなかったのも、その可能性を捨てきれないために、できれば私を連れて帰りたくないからだろう。

 彼は、私の味方だから。


「――私がお邪魔するのは、ご迷惑にならないの?」


 まずそれを確認すると、煉くんは「え?」と瞬いた。


「そりゃあ・・・部屋は余ってるし、誘ってんのはこっちだから迷惑なんてことはないけど」


「それじゃあ、ちょっと申し訳ないですが、お世話になります」


「・・・いいの?」


 戸惑っている彼に、大きく、頷いてみせた。


「私は綾乃さんたちのことを信じてます」


 天宮家に信用されていないのだから、私のほうはいつでも彼らを信じると決めた。

 そうでなければ、私たちの関係は簡単に壊れてしまう。

 

 その時、一番つらい思いをするのは煉くんだ。

 彼を家族と対立させるような状況には絶対にしたくない。


 ここで申し出を断れば、私が天宮家を信用していないと示すようなものだもの。

 それに、少なくとも、私が出会った天宮家の皆さんは優しかったから。


 だから、大丈夫。


「・・・ありがとう」


 なぜか煉くんに、お礼を言われてしまった。お世話になるほうが、お世話するほうにお礼を言われるなんてあべこべだ。


 でも、煉くんだって、身内を疑ったり疑われたりするのは本当は嫌なんだろう。

 このお礼は、きっとそういうこと。


 それからリビングに戻って、お父さんとお母さんにも煉くんは同じように事情を話し、私を三日だけ天宮家で預かってもいいか尋ねた。

 ちなみに神様に関することを二人はまるで何も知らないので、そこのところは伏せている。


「はあ・・・つまり、ユキを天宮のお家で守っていただけるということかな?」


 お父さんもさすがに酔いが醒め、まじめな顔になっていた。


「そうです」


「でもご迷惑じゃないの? お正月は色々とお忙しいでしょうに」


「うちのことはご心配に及びません」


 煉くんに続いて、私も説得に加わる。


「あのね、ここにいるよりはかえって迷惑にならないんだよ。私がいないほうがお父さんもお母さんも安全なの」


「お母さんたちのことは別にいいんだけど・・・まあ、ユキにまかせるわ」


「ユキが安全なら、父さんたちからは何も言うことはないよ」


 もともと妖怪に関することでは、あまり口出しをしない両親なので、無事、許可を得ることができた。


「何かご挨拶の品を持っていかなきゃね。確かこの辺に――」


「あ、いえ、お構いなく」


「そうだユキ、この大天狗様からいただいたお酒を持っていきなさい。お家の方に差し上げて」


「いや、ほんと何もいらないんで」


「ユキは早く準備してきなさい。煉くんはどうぞ甘酒でも飲んで待ってて? 今お餅も焼くからねー」


「いやあの・・・」


 流されて流されて、私が準備のためリビングを出る頃には、戸惑いっぱなしの煉くんがお父さんの隣に無理やり座らされていた。


 今まで何度も家に連れて来なさいと言われていたから、両親ともに待ちわびていたんだろう。


 家に迎えに来てくれた時も、なんとなく気恥ずかしくて、私は親と彼が出くわさないように玄関で待っていたりしたし。


 大好きな妖怪のことに精通している煉くんと、二人は話したくてしょうがないのだ。


 決してお喋りが好きではない彼があまり疲れないうちに、なるべく急いで着替えと、ついでにスケッチブックや筆記用具などの絵を描く道具を旅行用のバッグに詰めて、お母さんにお土産を持たされ家を出た。


 外にはまだ妖怪が残っていたけど、それは煉くんが追い払い、ついでに妖怪除けのお札を玄関に貼ってくれた。力の弱い妖怪ならこれで近づいてこれないそうだ。


「荷物貸して」


「え、そんな、大丈夫だよっ」


「いいから持たして」


 煉くんはさも当然のごとく、私の荷物を持って行ってしまう。

 うう、頼もしい。でもこれからご厄介になる身としては恐縮しきり。


「ま、待って煉くんっ」


 先へ行く彼を呼び止めて、振り返ったその首に、白いマフラーをかけた。


「私ので悪いけど、お家までの間使ってください」


 煉くんの格好はやっぱり寒そうだったから。

 このマフラーはクリーニングに出してからまだ一度も使っていないものなので大丈夫。


「え・・・あ・・・ありがとう」


 彼はちょっと戸惑った様子だったけど、マフラーを巻き直して口元まで覆った。

 うん、これで少しは温かいかな?


「ごめんね、とんだお正月にしちゃって」


「佐久間のせいじゃないよ」


 二人、並んで歩き出す。昨日降った雪の分で、また少し層が分厚くなっていて、踏むたびにぎゅむぎゅむ鳴った。


「お父さんたちのこともごめんね。びっくりしたよね」


「まあ・・・すごいなと思った。全然動じてなくて」


 煉くんは呆れを通り越して、もはや感心したようだ。


 確かに、見えない何かに突然どんどん家を叩かれても、妖怪が隣に座っていても、いきなり娘を預かりたいと言われても大して動揺もしてなかったのには私でさえ感心したくなる。


「二人とも、おじいちゃんのおかげで変なことには慣れちゃってるんだよね」


 妖怪が大好き、というのははじめにあるけど、他の大きな要因はやっぱりそれだろう。


「おじいちゃんが生きてた頃はよく妖怪が家に来てて、いたずらされることも多かったの。たまに、おじいちゃんが連れ去られちゃったりもして。突然姿が消えて何日も帰って来ないと思ったら、ひょっこりお土産持って帰って来たり。だから何があってもあんまり心配し過ぎないようにって、おばあちゃんに教えられてたの」


「・・・佐久間ん家の人って、つくづくすごいよな」


「そ、そう?」


「自分が見えないものを受け入れられるっていうのは、なかなかできないことだと思うよ」


「それは、おじいちゃんのおかげだよ。おじいちゃんの絵もお話も、とっても素敵で楽しいものだったから、うちの家族はみんな妖怪が大好きになったの。あと、基本的に暢気なんだよね。たぶんそういう家系なの」


 ごまかすように笑ってみると、煉くんもつられたように少しだけ笑顔を見せてくれた。


「佐久間が育った家なんだなって感じはした」


「お恥ずかしいです」


「いい家族だってことだよ」


 煉くんは何気ない感じで言う。


 家族のことを褒めてもらえるって、けっこう嬉しいものなんだなあ。

 好きな男の子に言われたら、なおさら。


 と、そんなことを考えたら顔が熱くなってきたので、マフラーを上げて隠す。

 こんなところで赤面してたら変なやつと思われてしまう。


「・・・それに比べると、俺の家のほうはろくな奴がいない」


 続けてマフラー越しに、低い声で言われた。


 そちらを見れば煉くんと目が合う。


「よけいな連中にはなるべく鉢合わせないようにする。佐久間も気をつけて。信用してくれるのはありがたいけど、誰にでも油断はしないで」


「う、うん。わかりました」


 少し現実に引き戻された。


 そうだ、気をつけなきゃ。

 私の立場はきっと、いつだって崖のぎりぎりにあるんだから。


 極力ご迷惑をかけないように、危険人物と思われないように。


 一年の計は元旦にあり、だ。


 できれば平穏な未来に辿り着くつくように、今日の一日を心して生きよう。

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