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二話連続投稿です。

元亀二年(1574年)  九月上旬      近江国蒲生郡八幡町      小寺孝隆




「太兵衛、良かったの、羨ましいわ」

「真。少将様から壺を頂くとは太兵衛は少将様に気に入られたようじゃ」

善助、九郎右衛門が壺の入った木箱を背負っている太兵衛を冷やかすと太兵衛が顔を顰めた。

「別に某は壺が欲しかったわけではござらぬ」

「ほう、では何故壺をまじまじと見ていたのだ、少将様に気付かれるほど。風情の有る壺と少将様に申し上げていたが」

俺が問うと太兵衛が困った様な顔をした。


「妙な壺が有るなと不思議に思って見ていたのです。ですが少将様に妙な壺とは言えず……」

太兵衛の答えに善助、九郎右衛門が笑った。二人で腹を抱えて笑っている。播磨へ帰る足取りが多少は軽くなる様な気がした。善助、九郎右衛門も俺の気を引き立てようとしている。二人の心遣いが有難かった。良い家臣を持った、素直にそう思えた。


「織田焼の壺だそうな。少将様は朝廷にも織田焼の壺を献上しておいでだ。中々由緒ある壺だと言える。太兵衛が貰ったのは少将様御愛用の壺、家宝として大事にするのだな」

俺が冷やかすと太兵衛が“殿”と情けなさそうな声を出した。普段の太兵衛に似合わぬ声だ。思わず噴き出した。


「そうだぞ、太兵衛。殿の申される通りだ。大事に扱わなくてはならんし間違っても壺を割るような事が有ってはならん。少将様から頂いた壺を割った等と知られたらとんでもない事になる。その方だけではないぞ、小寺家にも災難が振りかかる」

「善助の言う通りだ。播磨に帰ったら大事に床の間に飾って磨くのだな。母里家の家宝だ。いや、羨ましいわ」

「そんな」

善助、九郎右衛門にからかわれて太兵衛が情けなさそうな顔をしている。流石に可哀想だ、話を変えた方が良いだろう。


「それより少将様のお話、皆は如何思うか?」

三人の顔が引き締まった。

「少将様の御懸念は尤もかと思います。毛利が迫れば毛利に靡こうという意見が小寺家でも起きましょう」

「善助の言う通りです。毛利家も小寺を味方に付けようと手を入れて来るやもしれませぬ」

善助、九郎右衛門が答え太兵衛が頷いた。


「それに、小寺家中では殿を新参者、目薬屋と蔑む者も多いのも事実。殿への反発から毛利へと考える者も現れましょう」

太兵衛の言葉に善助、九郎右衛門が“太兵衛!”と声を上げた。

「良い、事実だからな。太兵衛の言う通り俺の家は目薬で財を成した。その事を蔑んでいる者も居る。十分に有り得る事だ」

新参者故足元が弱いと少将様に指摘された。少将様は小寺家の事、俺の立場をかなり深く知っている。八門、或いは伊賀か。


「播磨を攻めれば石山本願寺が動く、英賀が動けば三木も動くか……。混乱するな、だが先に本願寺を攻めれば……」

言葉を切って三人を見た。

「一向一揆の勢力が強いのは西播磨、英賀でござる。摂津まで兵を出すのは難しゅうござりましょう」

「三木から誘いが来るかもしれませぬが摂津に攻め込むとなれば加賀守様は腰が引けましょうな」

「となれば石山本願寺は単独で戦わざるを得ませぬ」


つまり播磨に兵を入れるのは本願寺の後か。それだけ毛利の手が東へと延びてくる、播磨にも……。やはり朽木家に付いた事は隠さねばならんな。今明らかにすれば本願寺、三木を刺激する。それと三村修理進元親の手当て、これを如何するか……。




元亀二年(1574年)  九月上旬      近江国蒲生郡八幡町    八幡城  朽木基綱




官兵衛達が帰った。さて、如何なるか……。

「下野守、重蔵。播磨が揺れている。やはり本願寺が邪魔だな」

二人が頷いた。

「現状では本願寺とは休戦状態にありますが何時戦いが再開するやもしれませぬ」

「今は未だ本願寺は一つに纏まっておりませぬ。戦うのであれば早い方が宜しゅうございましょう」

そうだな、重蔵のいう通りだ。早い方が良い。しかしいきなり仕掛ける事も出来ぬ、切っ掛けが要るな。


「顕如に起請文を出して貰うと思うのだが如何かな」

「……」

「摂津は朽木の治めるところだ。本願寺が朽木の法に従うのは当然であろう。違うか?」

二人が顔を見合わせ頷いた。本願寺が起請文なんて出す筈が無い。つまり朽木の法に従わないという事だ。十分に開戦の理由になる。


「もし、顕如が起請文を出すと答えましたら如何なさいます? 本願寺は内部で割れておりまする。時間稼ぎをするやもしれませぬぞ」

「その時は顕如自らが八幡城に来て起請文を差し出す事を要求する。今後の事を話し合わねばならぬ。当然の事であろう、重蔵」

重蔵が“畏れ入りましてございまする”と言って平伏すると下野守が声を上げて笑った。なんだかなあ、俺ってそんなに悪い奴? でも顕如には頭を下げて布教の許可を貰うなんて無理だろうな。


「朽木が本願寺と揉めているとなれば必ず公方様は裏で動く。本願寺を助け朽木の足を引っ張れと近隣の諸大名に書状を送る筈だ。畠山、三好、松永、内藤……」

本願寺が滅びれば畠山は紀伊での支配力を強化出来る。しかしいずれは朽木の標的になるのではないかと不安にも思うだろう。そしてそれは三好、松永、内藤も同様の筈。義昭は必ずそこを突く筈だ。


「御屋形様、畿内を制しなければ西へは進めませぬ。むしろ好機と見做すべきでありましょう」

「重蔵殿の言う通りです。いずれは避けては通れぬ道。丹波、丹後を得た今、避ける事無く進むべきかと思いまする」

「そうだな」

何時までも避けては通れぬか。その通りだな、松永、内藤と戦いたくはないが避けては通れない。


毛利が備前の宇喜多和泉守直家を調略しようとしている。しかし宇喜多の調略は簡単にはいかない、障害が有る。備中の三村修理進元親だ。三村氏は元親の父親の代から毛利と同盟関係、或いはそれに近い服属関係を結んでいた。元親の父親は今から八年前、備前に攻め込んだのだが宇喜多直家の配下によって鉄砲で暗殺された。要するに三村にとって宇喜多は親の仇なのだ。ここにきて宇喜多が毛利に付く事など許せる筈が無い。三村にとっては毛利の裏切りとしか見えまい。三村と毛利は必ず揉める。


俺は三村の事は良く知らない。史実で秀吉が中国路に攻め込んだ時には毛利の同盟者としての宇喜多の名前は有っても三村の名は出てこないからだ。要するに滅んでいたのだと思う。秀吉が攻め込んだ頃には備中は毛利領だった。そこから考えると毛利に滅ぼされたのだ。原因は宇喜多が毛利と同盟を結んだ事だと思う。


多分邪魔になったのだろうな。毛利から見れば織田とぶつかるのは時間の問題だった。となれば出来るだけ防衛線を東へ置きたいと考えた筈だ。宇喜多は信用出来ない事で有名な男だ。毛利も宇喜多を信じたとは思えない。むしろ三村の方を信用しただろう。だがそれでも毛利は宇喜多との同盟を必要とした。宇喜多と結びその先の播磨に手を伸ばす。要するに宇喜多を毛利の勢力で囲い込む形で防衛線を播磨に置く、そう考えたのだと思う。実際一時的にしろ播磨は毛利の勢力範囲になって秀吉は酷い目にあっている。


三村はその辺りの事を理解出来なかった。或いは理解出来ても受け入れる事が出来なかった。だから滅ぼされた。おそらく毛利はその事も想定しただろう。三村が毛利の新しい方針を受け入れれば良し、受け入れなければ滅ぼす。むしろ滅ぼす事を望んだかもしれない。宇喜多を受け入れれば宇喜多と敵対する三村は不安定要因になる。播磨に防衛線を置くには邪魔なのだ。そう考えたのだと思う。


官兵衛は上手くやるかな? 三村を暫くの間毛利に留めろと頼んだ。そして小寺家中にも内密に行えと。理由は簡単、小寺は信用出来ない。三村の件を小寺家として行えばその件を手土産に裏切りかねんと思っている。ここは官兵衛に頑張って貰わなければならん。俺も三村に使者を出すが官兵衛も使者を出せば朽木は播磨にも勢力を伸ばしていると思うだろう。


母里太兵衛が壺好きだとは思わなかった。そうだよな、壺は良い。困った時は壺を磨く。磨いている内に無心になれる。そして無心に磨くと艶が出るのだ。やっぱり壺は良い。播磨に行く時は太兵衛に壺を持って行ってやろう。次は珠洲焼だな。きっと喜ぶ筈だ。当主だけでなくその下の者にも朽木シンパを作る、それが大事なのだ。




元亀二年(1574年)  十月下旬    大和国添上郡法蓮村  多聞山城  内藤宗勝




「朝晩は冷えるようになりましたな」

兄の言葉に私と河内守護三好左京大夫様が頷いた。

「近江少将様が本願寺に朽木の法に従えと要求されました。回答の期限は年内一杯。従うのであれば誓紙の提出と新年の挨拶を兼ねて近江八幡城へ顕如上人自ら参上せよと。今後の事に付いても話し合う必要があると……」

兄の言葉が途切れると部屋には重い沈黙が下りた。左京大夫様、兄、私、この三人で支えられようか……。今にも押し潰されそうな気がした。


「顕如上人が従うかな?」

左京大夫様が兄と私を見た。

「出来ますまい。そのような事をすればこれまでの犠牲は何だったのか? 必ずそのような声が信徒達から上がりましょう」

「兄の申す通りです。本願寺は崩壊しかねませぬ」

左京大夫様が頷かれた。少しの沈黙の後、兄が話し始めた。


「朽木家は宗門に対して厳しい制約を課しております。本来なら摂津を有した時点で本願寺に制約に従えと命じた筈、それをせずに今になって要求したという事は……」

「最初から本願寺が従う筈がない、戦になると思っていたのでしょう。丹後、丹波を領した事で本願寺と戦える準備が出来た。播磨は頼りにならず、紀伊は本願寺には積極的に応援せぬ。そう判断したのだと思います。残るは河内、和泉、大和」

私の言葉に兄と左京大夫様が頷いた。


「左京大夫様、公方様から文が?」

兄が躊躇いがちに問うと左京大夫様が頷かれた。

「朽木の背後を突けと。そなた達にも来たのであろう?」

兄が“同じ物が我らにも来ておりまする”と答えると左京大夫様が太い息を吐かれた。


「近江少将が公方様の動きを気付かぬと思うか? 背後を簡単に突けると思うか? 霜台、備前守」

兄が首を横に振った。

「気付いておりましょうな、気付かぬ筈が有りませぬ。当然十分な備えをする筈。もし備えが無ければ……」

「備えが無ければ?」

左京大夫様の問いに兄が深い息を吐いた。

「誘いでございましょう。こちらに攻めかからせそれを機にこちらを潰す。そう考えているのだと思います」

今度は左京大夫様が息を吐いた。表情が暗い。


「備前守、そなたもそう思うか?」

「はっ、近江少将様が西へ兵を進めるとなれば畿内を疎かには出来ませぬ。我らは公方様に御味方するか、少将様に御味方するか、決断を迫られましょう。その時が来たのだと思いまする」

私が答えると左京大夫様が頷かれた。


「先日、三淵大和守が細川兵部大輔に御預けの身となりました」

「甲賀者を使って近江少将の命を狙おうとした、そう聞いている。それをそなたと三雲対馬守が阻んだと」

「その通りですが皆が知らない事が有ります」

「知らない事?」

左京大夫様が訝しんだ。

「左様。事前に近江少将様より甲賀者が少将様の命を狙うやもしれぬと報せが有りました」

部屋がシンと静まった。


「つまり公方様の身辺近くに近江少将に通じる者が居る、公方様の動きは少将に筒抜けという事か」

左京大夫様の声が掠れている。

「おそらくは」

兄が頭を下げると左京大夫様が“容易ならぬ事よ”と息を吐いた。確かに容易ならぬ事だ。少将様暗殺となれば秘中の秘、それが漏れている。


「如何なされます。義理の兄君である公方様に御味方致しますか? 我ら兄弟は何処までも左京大夫様に付いていきます。我らに遠慮斟酌は無用にござりますぞ」

「左様、弟の言う通りにござる。我ら兄弟は聚光院様に見出され今の身にして頂きました者。……如何なされます?」

左京大夫様が息を吐いた。

「戦って勝てるか? 霜台、備前守」

「……」

兄も私も答えられない。それを見て左京大夫様がまた息を吐いた。




元亀二年(1574年)  十一月上旬      近江国蒲生郡八幡町    八幡城  朽木基綱




「本当か、舅殿」

「はい、間違い有りませぬ」

自信満々だな、だがなんか狐に化かされている様な気がする。そんな事が有るのかな?

「しかしな、舅殿。本当に証意が本願寺を離れたいと言っているのか? 長島で戦った証意が?」

「はい、証意一人では有りませぬぞ。およそ一万人程が証意に従っておりまする」


思わず唸り声が出た。俺だけじゃない、蒲生下野守、黒野重蔵、明智十兵衛、竹中半兵衛、山口新太郎も唸っている。舅殿が突然やって来たから竹若丸の近況を教えようと思って半兵衛と新太郎を呼んだんだがな、舅殿がとんでもない爆弾発言をした。吃驚だ、まだ信じられない。俺が足利の御落胤だというあの馬鹿話の方が未だ信じられるわ。本願寺で一万人の分派行動が起きた? あのキチガイ信仰集団で?


「八門の調略がかなり効きましたようで。重蔵殿、小兵衛殿の御手柄にござる。良き御子息にござるな。羨ましゅうござる」

「まだまだ未熟者にござる」

舅殿の賛辞に重蔵が微かに照れたような表情を見せた。やっぱり息子が褒められると嬉しいらしい。しかも本願寺から脱落者を出させたんだからな。そりゃ嬉しいわ。


「御屋形様、証意は御屋形様の庇護を願っておりますぞ」

「はあ」

いかん、ついお馬鹿な声を上げてしまった。いや、でも俺の所為じゃない。あんまり突拍子もない事を舅殿が言うからだ。周囲を見れば舅殿を除いて皆の目が点だ。海千山千の下野守が呆け老人みたいな顔になっている。イケメン十兵衛、おぼっちゃま半兵衛も締まりのない顔だ。益々信じられん。


「舅殿、それは如何いう事だ? 俺は仏敵で一向一揆を目の仇にして殺しまくった男だぞ。その俺に庇護を願う? 証意は狂ったのか?」

何人かが頷いた。そう狂った可能性が有る。原因は顕如に苛められたから。顕如の奴、酷い奴だな。坊主のくせに人を救わずに殺せだの苛めてキチガイにしてしまうだの間違いなく破戒僧だ。あいつこそ仏敵だな。


「狂ってはおりませぬ」

舅殿がゆらゆらと首を横に振った。

「他に行く所が無いのでござる。一万人の門徒達など何処も受け入れませぬ。まして本願寺から離れた者達など……」

なるほど、受け入れんな。何処の大名、国人だって一向門徒なんて受け入れたがらない。受け入れるとすれば領主が信者の場合だが本願寺から離れたとなればその連中も受け入れない。


「如何したものか、このまま石山で蔑まれながら生きていくしかないのかと諦めかけていた時に御屋形様が顕如に誓紙を求められた。その事で朽木の法に従うのであれば受け入れて貰えるのではないかと気付いたのだとか」

思わず息を吐いた。なるほどなあ、そういう事か。俺は開戦の切っ掛けを作るために誓紙を求めた。だが証意にとっては救いの手に見えたわけか。


「加賀守殿、つまりその者達は朽木の法に従うという事かな?」

下野守が問うと舅殿が頷いた。

「証意達は顕如に、石山に幻滅したそうでござる。所詮、長島は利用されたに過ぎぬと。役に立たぬとなれば邪魔者扱い、何のために長島の信徒達は戦い死んでいったのか。これでは死んでいった者達が浮かばれぬと……」

シンとなった。


死ねば極楽浄土に行けるじゃないかと言いそうになったが堪えた。何を今更という気持ちが有る。越前一向一揆を見てみろ、越前の門徒達は加賀の坊主共に搾取されて朝倉の統治時代よりも酷い目にあっていた。証意が知らなかった筈が無い、そこから目を背けていただけだ。自分達が同じ目にあってようやく現実と向き合っただけじゃないか。


三河だって一向一揆の所為で荒れ果てた。家康は家臣だけでなく妻や子供も失った。殺さざるを得なかった。そこまで追い込まれた。証意達に同情はしない、いやするべきじゃない。だが利用はさせて貰う。顕如の統制に綻びが出たのだからな。






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太兵衛可哀想w ほぼ天下人から下賜された壺なんて価値が高すぎるw
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