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長島攻略


永禄十四年(1571年)  三月中旬      伊勢国三重郡塩浜村    朽木基綱




「では長島はかなり窮していると?」

九鬼孫次郎が頷いた。

「おそらくは。ここ最近何度か雑賀、堺の船が長島に入ろうとしております。我らの船が囲んでいるのを見て諦めましたが長島が助けを求めたのでしょう。或いは雑賀の者を引き取ろうとしたか」

「なるほど」


あまり面白くない。長島が助けを求め、雑賀、堺がそれに応えたという事は長島が困窮している事も有るんだろうが長島の封鎖に穴が有ると言う事でもある。もっとも人の出入りを完全に遮断するのは無理だとは分かっている。でも面白くない。俺だけじゃない、同席している蒲生下野守、真田弾正も不機嫌そうな表情だ。


「長島に物見は出しているのか?」

「何度か出しております。潮の満ち引き、砦の位置は確認しました。何時でも攻めかかれます」

自信満々だ。九鬼は大男だから頼もしいわ。下野守、弾正も満足そうに頷いている。大湊も船を提供してきた、長島攻略に使う船は除いても長島を囲む船は十分に有る、海上は問題無し。陸上も問題は無い、香取、大鳥居、屋長島、中江の城を落とせばそこから大筒で長島の願正寺、松の木を攻撃する事は難しくない。二時間程前まで九鬼の南蛮船に乗っていた、海上から確認したのだから間違い無い。今は長島から少し離れた塩浜村の浜辺で昼飯前の打ち合わせだ。昼飯は小姓達が作ってくれている。どんな料理が出て来るやら。


「一つ困っている事が有る」

三人が俺を見た、何事? そんな表情だ。

「長島の一向一揆が降伏した時如何するかだ。あそこは島だ、尾張、三河がこちらに協力する以上降伏を許さなければ一揆勢は逃げ場を失い死に物狂いになる。大変な損害が出るだろう。あの島を得るためだけに大きな損害を出す、割に合わぬし下手をすると朽木は一揆勢に手古摺っている等と思われかねぬ。となれば降伏を認めた方が良い。だが降伏を認めた場合、連中を如何するかという問題が有る。朽木の領内には入れられぬし尾張、美濃、三河も同様であろう」

一向一揆ってどこでも嫌われているからな、行き場が無いんだ。


越前では根切りにした。何故なら加賀、越中、飛騨の一揆勢も居たからだ。あそこで根切りにしたから加賀を獲れたし越中攻略も上手く行ったのだと思う。だが長島を得るためだけに根切り? 気が進まんな、長島は攻め辛い場所だ。こんなところで死に物狂いの一揆勢を根切りにするのは容易じゃないだろう、三万人もいるのだ。史実でも信長は手酷い損害を被っている。


「後々の事を考えればここで多少の損害を出しても根切りというのも有り得ましょう」

下野守の言葉に弾正、孫次郎が頷いた。後々か、いずれは本願寺と決着を着ける事になるのは確かだ。余り楽しい未来が浮かばないのは何故だろう?

「そうなのだがな、伊賀が寄ってきている。手古摺る姿は見せたくない、伊賀にも他にもな」

下野守と弾正は納得顔だが孫次郎は今一つだ。伊賀が味方に付けば大和へ兵を送り松永を援護出来ると説明すると“なるほど”と言って頷いた。


「船を使って本願寺に返すというのが有りますが?」

弾正が気が進まない、そんな感じで案を出した。と言うかそれしかないんだよ。でもなあ、それをやると本願寺の戦力が一気に増大する。それも面白くない。やっぱり根切りかな? でもあれやると気が重いんだ。全然楽しくない。如何したものか……。


「石山にまでは送れませぬぞ」

孫次郎が首を横に振った。

「一揆の者共を船に乗せて運ぶとなれば我らも護衛に付かねばなりませぬ。石山まで運ぶとなれば雑賀、安宅の勢力範囲の中を通る事になります。行きは良くとも帰りは……。連中にとって九鬼は敵でござる。攻撃を受け船を奪われかねませぬ」

そりゃそうだ、どこの家だって船は欲しい。


「勝浦村は如何でござろう」

「勝浦?」

那智勝浦の事か?

「あそこは良い湊が有ります。そこで一揆勢を降ろしそこから雑賀までは自分達で船を用意するか歩いて貰う。雑賀まで行けば後は雑賀の船を使えば良い」

良い考えなのかな? 下野守も弾正も困惑している。


「勝浦を治めているのは堀内だったな」

「良くご存じで。堀内新次郎氏善、熊野水軍を率いております。殿のお許しが有れば話を付けますが」

「しかし嫌がらぬか?」

一向一揆勢なんて誰も関わり合いたくないだろうし領内に入れたがらないと思うんだが……。あ、孫次郎が笑い出した。


「喜びましょうな、雑賀までの運び賃を取るのですから。良い仕事を回してくれたと感謝されますぞ」

なるほど、確かにそうだな。だが連中が歩くと言ったらどうなるんだ? 俺が思った事を弾正が問うと孫次郎がまた笑った。

「畠山が許しますまい、皆殺しにされましょう。生きて石山に行きたければ船を使うしか有りませぬ」

畠山か、本願寺には恨み骨髄に徹しているだろう。孫次郎の言う通り、皆殺しだな。


「これを機に堀内を味方に付けては如何で?」

悪い案じゃない。雑賀、安宅と戦う以上水軍の戦力増強は出来るだけ行うべきだ。それにあの件も有る。

「出来るか、孫次郎。熊野水軍が味方に付けば心強いが」

「長島攻略後ならば味方に付きましょう。今は朽木と三好の間で迷っておりまする」

「そうか、益々長島攻めは失敗出来んな」

俺の言葉に下野守と弾正が頷いた。


長島攻めは織田、徳川も関心を持って見ている。長島には三万の兵が居るからな。こいつを無力化しないと織田、徳川は東三河への進出、今川攻略に全力を尽くせない。対本願寺、対三好だけじゃない。織田、徳川、上杉にとっては甲・駿・相の三国同盟との戦の帰趨にも影響を与えかねない一戦だ。天下分け目の関ヶ原にも等しい。……長島の攻略を最優先だな、早期に降伏させて石山に送ろう。


「話を変える。孫次郎、土佐の一条家から使者が来た」

「土佐?」

孫次郎が意表を突かれたような顔をした。結構可愛いぞ。

「一条家は土佐の西部を治めているのだがな、最近では東部を治める長宗我部に押され気味だ。そこで朽木に援助を頼みに来たというわけだ」

孫次郎が“なるほど”と頷いたが要領を得ない表情だ。自分が如何関わるのか、そう考えているのだろう。


「使者は曽衣(そえ)という坊主でな、俗世に在った時は従四位下左近衛少将権中納言飛鳥井雅量といったらしい」

「飛鳥井? では御母堂様の?」

「そうだ、遠縁にあたるらしい。そして土佐一条家は知っての通り京の一条家の一族でな、飛鳥井の爺様、それに一条権大納言からの紹介状を持っていた」

孫次郎が感心している。無理もない、中納言だの大納言なんて言葉がポンポン出る。弾正と下野守も無言だ。

「一条権大納言と朽木は飛鳥井家を通していささか関わりが有る。そして権大納言はいずれは関白になると言われている人物だ、無碍には出来ん」


「では?」

「俺はただ働きは嫌いだ」

孫次郎がポカンとしている。弾正と下野守が笑い声を上げた。また始まった、そんな表情だ。悪いか? ただ働きが好きな人間は居ないぞ。労働には対価が必要だ。この時代は厚生労働省が無い所為でただ働きをさせたがる阿呆が多すぎる。その筆頭が足利だな。

「土佐の一条家は面白い話を持ってきた。一条家は琉球と交易をしているそうだ。朽木家が琉球で取引出来る様に取り計らうと」

孫次郎が“ほう”と嘆声を上げた。こいつ、結構単純だな。可笑しくなって笑ってしまった。


「琉球も苦しいのだ」

「と言いますと?」

「明はこれまで他国との交易を認めていなかった。そんな中で琉球は明に朝貢しそれによって交易を認められていた。他の国々は琉球と取引する事で明の品を手に入れていた。それによって琉球は繁栄していた。近江と同じよ、近隣の国々から商人が集まり物が集まる。それによって繁栄している」

なるほど、と孫次郎が頷いた。勉強になるだろう、朽木基綱のアジア経済情勢だ。


「だが明が数年前に海禁を緩和したのでな、琉球を通さずとも明の品が手に入る様になった。つまり琉球に船が来ない、物が集まらない状況が発生したのだ。南蛮人の登場もそれに拍車をかけている。琉球にとっては危機だ。出来るだけ多くの船に来てほしいと考えている。土佐一条家もその辺りは理解していよう。琉球に恩を売りつつ朽木を引き寄せようとしている」

なかなか強かではある。だがそのくらいの方が頼もしい。


「如何なされますので?」

「明は海禁を緩めたが日ノ本は明に嫌われて交易を許されておらん」

「しかし敦賀には」

「あれは私貿易だ。明の法を破って商人が来ている。朽木との取引は儲かるからな」

「では?」

「折角誘ってくれるのだ、受けよう」


取引相手は多い方が良い、それは琉球だけじゃない、朽木も同様だ。琉球と直接取引をし琉球を通して明の産物、明が交易で得た産物を手に入れる。伊勢を手に入れた以上、太平洋側でも明の産物を扱うべきだ。将来的には琉球の先、東南アジアとの直接取引も視野に入れている。それにいずれは島津が琉球に触手を伸ばす、それ以前に琉球にしっかり食い込んでおきたい。島津も朽木を無視出来ない程にだ。


「長島攻略後、一条家に援助をする」

対三好という事を考えるなら阿波に近い東土佐に勢力を持つ長宗我部を支援した方が良い。だが土佐一条家も長宗我部も先ず考える事は土佐統一だ。阿波攻略は統一後だろう。となればどちらを支援しても余り変わりは無い。むしろ京の朝廷工作を考えれば一条家を支援した方が良い。


問題は土佐一条家の当主、一条兼定だ。こいつが馬鹿ではどうしようもないが使者の話を聞く限りではそうとも思えん。ならばやりようは有るだろう。毛利には一報入れておこう。一条は伊予方面で毛利とやり合っている。朽木が一条に肩入れすれば不愉快に思うだろう。だがあくまで狙いは阿波だ、伊予ではない。三好の敵対勢力になるなら毛利にとってはプラスの筈。それに当分一条は土佐統一戦に忙殺される、伊予に出張る余裕は無い。忙しくなるな、対三好、対本願寺、対長宗我部か。だが先ずは腹ごしらえだな、味噌と魚介の臭いがする、昼飯が出来た様だ。




永禄十四年(1571年)  四月上旬      伊勢国桑名郡大鳥居村  大鳥居城    朽木基綱




「香取、大鳥居、屋長島、中江の城を落としました。これにて一揆勢は川中の中洲と島に押し込められた事になりまする」

明智十兵衛の言葉に彼方此方から満足そうな声が上がった。城を四つ落としたと言うよりも一揆勢が廃棄していったと言うのが正しいだろう。御蔭で損害らしい損害を受ける事無く城を接収出来た。


一揆勢が逃げたのは多勢に無勢と言うのも有るだろうが川を挟んでの防衛戦に有る程度の自信が有るのだと思う。この時代、川は天然の防御機構なのだ。朽木勢の主力は今攻略した大鳥居城に居るのだがこの大鳥居城、城とは言うがどちらかと言えば砦に近い。小規模で居住性は余り考えられていない。その大鳥居城の広間に朽木家の武将、国人衆達が集まっていた。おそらく対岸には朽木の様子を探る一揆勢の姿が有るだろうな。


「他愛無かったの」

「なんの、朽木が本気になればこんなものよ」

「気を抜くな。手強いのはこれからよ」

俺が窘めると皆が(かしこ)まる様なそぶりを見せた。勝ってから喜べ、未だ戦っている最中だ。

「安濃津に待機している船は何時来る?」

「明日の辰の刻には」

新たに軍略方に任じられた真田源五郎が勢いよく答えた。張り切っているな。船は明日か、まあ今からこちらへ向かわせると着くのは夜になる。夜間の移動は避けるべきだろう。手違いから混乱すると敵に付け込まれる可能性が有る。


「船が着き次第鉄砲隊一千を船に乗せよ。残りの二千は岸で待機。そして大筒は城の後方から対岸の願証寺を攻撃するのだ。一揆勢がこちらの攻撃を止めさせようと考えれば川を渡ろうとする筈。船に乗った鉄砲隊はそれを側面から攻撃せよ。岸に居る鉄砲隊は正面から攻撃。大筒も鉄砲隊に協力し一揆勢を攻撃するのだ。特に一揆勢が船で押し寄せてきた場合は必ず攻撃せよ」

長門守の叔父御とその部下達が頷いた。朽木の鉄砲隊三千丁、大筒が七十門。一揆勢を攻めるのではない、一揆勢に攻めさせてそこを叩く。一揆勢よ、川に守られていると思うな。川に守られているのは朽木だ。


「他の者達は弓隊を岸に配置せよ。敵が現れれば鉄砲隊、大筒と力を合わせて一揆勢を攻撃するのだ。それでも川を渡ってくる敵は槍隊が止めを刺せ。敵を排除し安全が確保された後に槍隊を対岸へ上陸させる。その後に弓隊、鉄砲隊が上陸する。そして願証寺、松の木城を攻略せよ」

「はっ」


皆が頭を下げた。長島でも一番大きい島に願証寺、松の木城が有る。それを排除してしまえばその島を拠点に残りの島を攻撃出来る。南には長島城、小田御崎城の有る比較的大きな島と大島城が有る小さな島が有る。こちらは九鬼の担当だ。大島城は簡単に攻略出来るだろう。その後小田御崎城を攻めれば長島城の敵は身動きが出来ない筈だ。北からは朽木の本隊、南からは九鬼が攻めて来るんだからな。


「今宵は此処で休むが夜襲には十分に注意するように。長島の一揆勢には後が無い、必死だという事を忘れるな。そしてあの連中は死を恐れておらん。死ねば極楽浄土に行けると信じている、何をするか分からぬと思え」

皆が頷いた。少しは浮ついた気分も収まったか。その後、軍略方から陣の配置の指示が有って皆が持ち場に散った。


翌日、辰の刻になると安濃津から船が来た。鉄砲隊を船に乗せ待機させると大筒が攻撃を開始した。ドンという音と共に球が飛び出し対岸に小さく見える願証寺に吸い込まれていく。大筒は十門づつ七隊に分かれているらしい。大筒は城の後方に二千の兵に守られている。あれは動きが鈍重だからな、安全な場所に置いておかないと。


小一時間もすると対岸に四千程の兵が現れたと報せが入ったので俺も前線にでて自分の目で確かめた。二千ずつ、二隊のようだ。伝令は既に長門の叔父御の所に向かっている。無線とか有ればな、簡単に連絡出来るのに。ついでに言えば自動小銃を一千丁、ヘリコプターが百機も有れば天下なんて楽に獲れるだろう。……止めよう、考えると虚しくなる。今だって朽木は十分な装備を持っている。無い物ねだりは止めるんだ。


対岸の敵が渡河を始めた。だが水の所為で動きが遅い、側面から朽木の鉄砲隊が攻撃をかける。そして大筒の玉が隊列に襲いかかった。混乱している、味方が歓声を上げた。俺の周囲からも声が上がった。

「数は少ないがあれは怖い、頭に当たれば間違いなく死ぬ」

「身体の何処に当たろうと大怪我をする、戦働きは出来まい」

「足に当たれば歩けぬ、転べば溺れ死ぬぞ」

陸に居る敵は川に入るのを躊躇っている。良い傾向だ、敵の士気は決して高くない様だ。高ければ味方を援けようと我先に川に飛び込むだろう。現状はようやく恐る恐るといった感じで川に入った。


敵が此方に向かってくるにつれて朽木の攻撃が激しくなった。弓隊が攻撃を始める。威力は鉄砲や大砲に比べれば弱い。だが回転が速いし数が有る、重いストレートではないが速く小刻みなジャブの様だ。

「結構効くな」

「気が削がれる、嫌になるわ」

敵の動きが鈍い事でかなり効果が有る。嬉しい誤算だ、敵は明らかに嫌がっている。負傷して脱落する奴、倒れる奴がいるがその事がまた敵を混乱させている。足元が悪く動き辛いんだ、邪魔でしかない。


史実で織田が苦戦した筈だ。敵を攻撃し長島を占拠するためには川を渡らなければならない。渡河中の織田軍なんて一揆勢からは丸見え、動きは鈍いんだからな。攻撃を受け崩れたところを突けば大戦果は間違いなしだ。もう少し近寄って来い。岸では鉄砲隊二千が待っている。五百ずつ四段だ。引き付けて四段攻撃を食らわせれば崩れるだろう。そこを追い打ちをかける。……あれ、何で?


「殿! 敵が崩れております」

「……そうだな、源五郎」

何で? そこで崩れちゃだめだろ。四段攻撃で敵にダメージを与えて一揆勢の戦意を挫いて……。いや、もう挫けてるのか?

「如何なさいますか、殿」

十兵衛が問い掛けてきた。困った様な顔をしている。


「大筒で追い打ちをかける。敵が居ないのを確認してから川を渡ろう。罠の可能性が有る、十分に物見を出せ」

「はっ」

一揆勢が強いって思ってたのは俺の勘違いなのかな。史実とは違うのか? 俺が戸惑う中、大筒が敗走する一揆勢を攻撃している。味方からは大きな歓声が上がった。何でだろう? 味方の勝利を素直に喜べない……。









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