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琉球処分




禎兆七年(1588年)    九月下旬      陸奥国会津郡黒川町  黒川城 朽木堅綱




「御苦労だったな、大樹。関東平定、見事であった」

父上からお褒めの言葉を頂いた。周囲には家臣達だけでは無く越後の義兄、三好孫六郎、弟達も居る。顔が熱くなった。

「有難うございまする。蘆名が滅んだ事で気力が尽きたようにございます。父上の御蔭にございまする」

父上が軽く御笑いになられた。


「何の、俺の方こそ助けて貰った。佐竹をその方が抑えてくれたからな、蘆名も気落ちしたらしい。手強く抗う事は無かった。関東はそなたが平定した。その事は皆が認めるところだ、謙遜には及ばぬ」

周囲には頷く姿も有る。益々顔が熱くなった。


「某一人の力では有りませぬ、皆が助けてくれました」

父上がまた御笑いになられた。

「皆の力を纏めるのが大将の役目だ。その方は十分にその役目を果たしたと俺は思うぞ」

“畏れ入りまする”と言って頭を下げた。


漸く関東を平定した。しぶとく抵抗し続けた佐竹も蘆名が滅んだ事で遂に気力が折れた。関東平定を命じられたのは禎兆元年の夏であったから六年が経っている。気が付けば歳も二十歳を過ぎ子も二人出来た。無我夢中の六年だった。父上は誉めてくれるがまだまだ及ばないと思わされる事ばかりだ。褒められた事を嬉しくは思うが素直には喜べない。


「父上、イスパニアの事でございますが……」

父上が“困った事だな”と仰られた。

「伴天連共が呂宋のイスパニアを唆したらしい。以前、駿府で話したがイスパニアと戦う事になる」

父上はあの時、日本がイスパニアに負ける事は無いと仰られていた。しかし本当にイスパニアと戦う日が来ようとは……。


「もっともその前に琉球と戦わねばならぬ」

「琉球? 人質を出すと聞いておりましたが?」

父上が首を横に振った。

「反故にした」

「なんと!」

琉球は日本に服属する約束だった筈、人質はその証だった。それを反故にした……。父上が御笑いになった。私の驚いた顔が可笑しかったらしい。


「父上、笑い事ではございますまい」

「そう怒るな、大樹」

「……」

「元々琉球は明との関係が深い。琉球王の周囲(しゅうい)には日本に人質を送る事に反対する者も多かったのだろうな。そういう者達がイスパニアが日本に攻め込んだ事で約定を反故にするようにと琉球王に迫ったのだろう。琉球王自身、人質を出したくないと思っていたかもしれぬ。一国の王ならば人質を出すなど屈辱でしかないからな。イスパニアの日本侵攻を知ってこれ幸いと取り止めたのだろう」

「しかし、約定を破れば父上を敵に回す事になります」

父上が御笑いになった。


「四郎衛門もそれを言ったのだがな、琉球はそれを無視した。俺を怒らせても構わぬようだ」

四郎衛門が頷く姿が見えた。

「如何なされますか?」

父上が私をじっと見た。


「呂宋攻めには琉球が必要不可欠だ。琉球を拠点として呂宋を攻める事になろう」

「では?」

「大樹なら如何する?」

父上が楽しそうに問い掛けてきた。でも眼は笑っていない。試されている、迂闊な返答は出来ない。背筋を伸ばした。


「攻めるしかありませぬ」

父上が満足そうに頷かれた。

「そうだな、攻めるしかない」

琉球を攻める、周囲に驚きはない。既に琉球攻めは皆に話しているのだと分かった。


「琉球が謝罪してきた場合は如何なされます?」

父上が小さく笑った。

「……一度約を破った者がまた約を破らぬという保証は無い。違うか?」

「……」

「呂宋攻めの最中に琉球に裏切られれば如何なる? 異国の地で兵糧もまともに届かなくなれば味方は敗北以前に飢え死にしかねぬ。そのような危険は冒せぬ」

その通りだ、そのような危険は冒せない。だが……。


「大樹は反対かな?」

「いえ、明と事を構える事になりはせぬかと」

懸念を指摘すると父上が頷かれた。

「明が日本に不快感を持つのは確かだ。だが明が琉球を救うために兵を出す可能性は少なかろうな。明にとって琉球は海の向こうの島国だ。それほど重要な国ではない。琉球が日本に服属すると決めたのも明が当てにならぬと思ったからだ。琉球攻めをもたつかねば問題は無い」

なるほど、一気に占領してしまえば明も渋々とは言え認めざるを得ぬという事か。それを咎めて兵を出すまではせぬと父上は見ている。


「まあ色々と影響は出るだろう」

「影響でございますか?」

「うむ、その辺りは近江に戻ってから話す。ただな、琉球攻めの件は近衛太閤殿下が帝にお伝えする事になっている。殿下は京に戻られた」

「帝に」

驚いて問い返すと父上が頷かれた。


「太閤殿下も琉球攻めに御賛同なされているのでございますね」

「そうだ。まあ京に戻れば色々と訊かれるだろうがな」

殿下が帝にお伝えするという事は説得するという事だな。琉球攻めは確定か……。




禎兆七年(1588年)    九月下旬      陸奥国会津郡黒川町  黒川城 朽木基綱




大樹が考えている。明の出方が不安なのかもしれない。悪くないな、むやみに強気になるよりも良い。

「天下統一後は国造りの他に国の外の事も考えねばならぬ。頼むぞ」

「はっ」

大樹が頬を紅潮させている。頼りにされていると思うと力を出すタイプなのかもしれない。ちょっと可笑しかった。


琉球攻めは難しくは無い。島津は三千程の兵で琉球を下しているのだ。高をくくっているわけでは無いが間違いなく勝てる。問題は戦後処理だな。琉球をどの様に統治するか? 琉球王国を残し間接統治を行うか、それとも日本の直轄領に組み込むか……。


史実では島津は琉球王国を残した。島津に服属した琉球はそれまで通り明に朝貢を続けた。中国大陸の統一王朝が明から清へと代わっても琉球は朝貢を続けたし島津もそれを妨げなかった。理由は交易だろう。島津は琉球を経由して明、清との交易を望んだのだ。


朽木の場合は如何か? 中国大陸では日本から昆布、椎茸を輸入している。琉球が朝貢しなくても明との交易は続くだろう。となれば交易のために琉球王国を残す必要性は無い。だが交易では無く明との対話ルートの保持を目的とするならば琉球王国の存続価値は有る。島津同様琉球に朝貢させながら朽木のスポークスマンとして使うという事になるだろう。明が潰れてもその後の王朝に朝貢させれば使える。


だが琉球王国を残せば、そして中国に対して朝貢させれば後々まで日本は琉球の帰属問題を引きずる事になるだろう。東アジアにおいて琉球の地政学面での重要性は俺も良く分かっている。帰属が曖昧になるのは得策とは言えない。そして琉球の住民の忠誠は当然だが琉球王に向かう。つまり日本に対しての帰属意識は無いか、極めて希薄な物になるだろう。呂宋に攻め込むのなら、南方に軍を展開するのならこれも面白くない。


やはり琉球は直轄領にするべきだろう。となればこの面での問題は琉球王家の扱いだ。一番簡単なのは後腐れ無く皆殺しという手だな。琉球で反朽木、反日本の動きが出る時、彼らが旗頭に仰ぐのが琉球王家だろう。それを防ぐ事が出来る。核が無ければ反朽木、反日本の動きも大きくなり辛い。だが残虐な扱いをすれば当然だが琉球人の反発を買う。琉球統治に影響が出る。余り得策とは言えない。


実権を与えず敬意を払いつつ統治に利用する……。一番良いのはこれだろうな。琉球人の人心も安定するし統治もし易い。だが大人しく利用されてくれれば良いがそうじゃなければ厄介な事になる。特に反朽木、反日本の動きに利用されれば琉球王家の人間は不安定要因でしかない。そうなれば日本側は厳しい対応に出ざるを得ない。


やはり潰した大名家と同じ扱いしかないな。領地、領民から引き離して隔離する。日本本土に連れて来よう。それだけじゃ足りないな。琉球の人間に琉球王家が丁重に扱われていると理解させる必要が有る。……実権は与えられない。領地では無く官位を与えて公家として扱おう。家格は清華家か大臣家だ。そしてその事を琉球人に伝える。


自分達の王が敬意を払われているとなればその分だけ琉球人は満足するし敵意は減少する。朽木に対する反抗は琉球王の身分保障を阻害しかねないとも考えるだろう。そうなれば琉球で反朽木、反日本の動きはし辛くなる筈だ。いずれは内親王の降嫁というのも検討するべきだな。この辺りは太閤、関白の両殿下に話す必要が有る。後は税を安くし公平な統治をする事だ。そうすれば琉球は安定する筈だ。


琉球を攻め、呂宋を奪えば色々と影響は出る。銀は勿論だが朝鮮にも影響は出るだろう。日朝関係がどうなるか……。朝鮮との交渉は景轍玄蘇、西笑承兌、柳川権之助調信、柚谷半九郎康広に任せている。控えめに言っても状況は良くない。こちらは国交樹立と交易の開始を望んでいるがまともな交渉にならないらしい。


朝鮮側は倭寇を討伐しろとはいうが国交の樹立と交易については一言も口にしないようだ。こちらが倭寇を抑えれば国交を樹立するのかと問うと首を横に振って否定する。要するに朝鮮側としては俺を対等の相手として交渉するつもりは無いという事のようだ。朝鮮側の認識では俺は謀反を起こして日本国王である足利を滅ぼした油断出来ない悪い奴であり天下を統一したわけでもなければ明に認められた存在でもない。相手にするべきではないという事らしい。儒教国家ってのは面倒だわ。現実よりも建前重視なんだから。


対馬から宗氏を移した事も影響しているようだ。宗氏は内陸に移された事で朝鮮との繋がりを失った。朝鮮から見ればこれまで自分に服属していた宗氏が急に居なくなったわけだ。そして対馬は朽木の直轄領になった。倭寇対策に宗氏を使えなくなったという実害も有るが対馬を奪われた、面子を潰されたと俺に対して強い不快感を持っているらしい。


景轍玄蘇達はイスパニアが九州に攻め込んだ事も伝えたのだが朝鮮側は何の関心も示さないらしい。本来なら再度日本への侵攻が有るか、朝鮮へ攻めて来るかとの質問が有っても良い。或いは日朝で協力してイスパニアの脅威に立ち向かおうとか有っても良いんだがそれが無い。明の冊封体制の中にある限り外敵が攻めて来るとは考えていないのだろう。イスパニアに対する認識も殆ど無いのかもしれない。秀吉の朝鮮出兵で不意を突かれる筈だよ。


この状態で琉球を攻めたらどうなるのかな? 次は朝鮮かもしれないと少しは危機感を持つのだろうか? 危機感を持つなら日朝交渉が進む可能性は有る。しかしなあ、秀吉だって琉球を服属させた。それなのに朝鮮は秀吉の朝鮮出兵にまともに対応出来なかった。如何見ても期待は出来ないな。まあ気長に行くか、と言いたいところだが日本と明の間で緊張が高まった時朝鮮が如何動くか? それが分からん。いや、その前に日明関係が本当に緊張するのか? それも疑問だ。


琉球だけなら明は不快には思っても敵意は持たないかもしれない。だが呂宋を奪えばイスパニアと明の交易が途絶える。その時、どうなるか? 最悪の場合イスパニアと明が同盟を結んで日本に対抗すると周囲には言ったが可能性は低いだろうと思う。


理由は明の上層部にイスパニアの銀が明の経済を支えていると理解している人間が居るとは思えないからだ。つまりイスパニアの重要性を、ルソンの重要性を理解している人間が居ないわけだ。となれば明が積極的にイスパニアと対等の同盟など結ぶとは思えない。つまり要請はイスパニア側からになる。その場合明はイスパニアに対して入貢しろと言い出しかねない。同盟なんて吹っ飛ぶだろう。


それに明とイスパニアは離れている。現代の様に通信技術が発達しているなら同盟関係を結ぶのも難しくは無いがこの時代では使節の船を出すのでさえ二、三年、場合によっては四、五年かかるだろう。となるとだ、呂宋を日本が攻め取っても明が直ぐ動く事はない。


イスパニアから同盟締結の要望が有っても動くのは銀不足が深刻になってイスパニアの銀が明を支えていたのだと気付いてからだろう。気付くかな? 気付くにしても明の財政がかなり悪化してからだろうから最低でも五年以上は掛かる筈だ。丁度イスパニアの使者が来たころになるな。面子を取るか、実利を取るか、見物だな。


つまり実際に同盟が結ばれる可能性は極めて低く例え結ばれても五、六年から七、八年後という事になる。結んだ頃には国際情勢が一変していて何の役にも立たないという事も有り得るだろう。自然な共闘関係は成立するかもしれないが同盟による日本包囲が成立する可能性は極めて低い。勿論、その可能性の無視は危険ではあるが……。


日朝関係は日明関係の影響を受ける。日明関係が悪化もしなければ改善もしないとなれば日朝関係が動く事も無い。となると呂宋を攻め取った後、マカオを攻撃するのは拙策かな? 悪戯に日朝関係を硬化させる事になる。むしろ明に対して交渉でマカオの日本人奴隷の解放を要求したほうが良いかもしれない。


勿論、交渉相手はポルトガル人じゃない、明だ。その方が明の内情が良く分かるだろう。となると時期は琉球攻めの前が良いのかな? 分からんなあ、分からん。頭が痛いわ。うん? 何? 顔を顰めている? 倅達が心配している。気にするな、息子達よ。俺が顔を顰めるのは珍しい事じゃない。付き合いの長い連中はその辺りを理解しているぞ。


日朝関係が動くのは明が傾いてからだな。明が眼に見えておかしくなるのは呂宋攻略から五年以上経ってからだろう。その頃になれば朝鮮も明だけに頼るのは危険ではないかと思う筈だ。それまでは諦めずに朝鮮と接触し続けるしかない。まあその前に琉球と呂宋、いやその前に天下統一だ。九分九厘、天下統一が見えてきたのだ。気を抜かずにやらねばならん。








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― 新着の感想 ―
[一言] 琉球の後は台湾。それからフィリピンかな。
[一言] 琉球は令制国として併合した方が朝廷のウケもいいかもしれませんね。その場合西海道に組み込まれるのかな?
[一言] 思い付きですが、いっそのことイスパニア勢に朝鮮侵攻を勧めてそこを橋頭保に明攻略させるという手も無くはないですね。 そっちは日本関係無いから布教でも徴兵でも好きにすれば?金さえ払うなら物資の補…
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