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第2話 海軍王令法違反

 内科医であり、博物学者であるコメルソンは航海中の船員を診る予定もあったが、真の目的は植物採集である。そのための資材である大量の紙と木枠、重しの類、筆記具に絵具類、採集道具とそれを運ぶ何種類もの鞄類、保管庫としての木箱多数を揃え、盗まれないよう鍵付きの大部屋を占有していた。


 医学校の職員はマリーに文句をぶつけた。

「王の博物学者の権利と言って勝手に校舎を荷物置き場にされちゃあ困るんだ。あんたが知合いなら、さっさと船に移すよう急かしてくれんか」

 マリーは前途多難を悟った。

「ジャンヌが言った通り、コメルソンはどこでも厄介の種を撒くのね」


 鍵付き大部屋の主は部屋の隅に追いやった机で振り向いた。秀でた額に情熱を秘めた黒い眼、高い頬骨に乗った頑固さ。不屈の顔にしては、どこか大人になりきっていない表情の持ち主だった。


 マリーは手短に用件を伝えた。

「ジャンヌ・バレは亡くなりました。ジャンヌの死を見届けた者として、私が船に乗ります。

 私の本名は明かしません。また、私について多くを教えません。私はジャンヌ以上に薬草に詳しく、頑健さは彼女がそうであるようにあなたを助けるためにあり、彼女の遺志と共に船に乗るのです」


 コメルソンは数分沈黙したのち、訊いた。

「ラテン語は読み書きできるのか?」

「もちろんです」

「薬草に詳しいなら、治療薬を作ることは?」

「処方箋に応じて可能です」

「君は男装しなくてはならない。女は王の軍艦に乗れない決まりだ。エトワール号を降りるまで男で押し通すのだ」

「海軍王令法違反ですね。ジャンヌから聞きました」

「ならば良い。私の従者であり助手である博物学者の卵ジャン・バレ。それが君の名だ」


 コメルソンはジャンヌの死について何も訊かなかった。

 エトワール号は出航した。コメルソンは船酔いに加えて持病の痛風発作を起こして寝込んだ。助手の初仕事は看病だった。

 船長のジロデは荷物の多いコメルソンのために船長室を提供した。そこは偽ジャンヌが唯一着替えが出来る場所だった。


「本当にジロデ殿のおかげで男装できたのよ。そう、大西洋を渡り、南米のモンテネグロでブードゥーズ号と合流し、南下してマゼラン海峡を抜けた。太平洋を東から西へ航海し、色々な島を探検した大変な航海だったわ。そしてインド洋の孤島のこの島でエトワール号を降りるまでの1年10ヶ月、私はジャン・バレでいられた。

 師匠はジロデ船長の御厚意を分かっていたのかしら。いいえ、それほど分かってないのかも」


 マリーは過去を追うのを止め、自分の家に入った。

 居間兼寝室と炊事場兼水場だけの小さな家は彼女の全財産だ。王の博物学者の助手を務めた給金で買った。今の彼女は無一文で、頼みの綱はコメルソンの故郷から細々と送られる仕送りだ。


 手狭な炊事場兼水場に入り、潮が沁みた服を水場に放り投げた。彼女は裸のまま熾火壺から種火を取り、湯を張った小鍋に米と魚を入れた。

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