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モブキャラ人生が終了したら二周目が始まったんで、今度は主人公になりたい  作者: 長篠金泥
第3章

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第99話 「異彩を放ってるな……照り焼きチキンライス」

 駅前まで戻る途中、蓼下たでもとと話すのに良さげな店をいくつかピックアップした後、公衆電話から『ヨナヨナ工芸』に連絡を入れた。

 あの喫茶店――『ラージュドール』の場所と電話番号、それから店内のザックリとした被害状況を与那原よなはらに伝え、修理の見積もりを頼んでおく。


『修理じゃなくてぇー、改装みたいなん頼まれたら、どうするぅ?』

「あー……常識の範囲内なら、やっちゃっていいです。料金がドンと上がるようなら、改めて俺と交渉するよう言っといてください。基本、原状回復だけの方向で」

『じゃあ現地を実際に見てからぁー、また連絡するねぇ』


 細かい事情は訊かず、二つ返事で請け負ってくれるのが何とも有難い。

 作業の丁寧さと速さからして、仕事に困ってるってこともなさそうだし、桐子きりこの紹介なのが効いているのだろう。

 受話器を戻せば、約束の時間まで十五分といった頃合いだ。


「面倒な性格してそうだし、少し早めに行くか……」


 そう考えて、待ち合わせの目印にした石碑せきひの前にたたずんでいると、五分ほどでそれらしい男がやってくる。

 黒のジャケットとパンツに白のTシャツ、青系で色の薄いサングラスを着用。

 長めの黒髪を後ろで縛り、身長は俺より少し高いが体格はあまり良くない。

 こちらから会釈えしゃくすれば、「ああ」とか「おう」とか言いたげな雰囲気で小さく頷いた。

 この感じだとやはり、時間ピッタリに着いても文句を言われたクサいな。


「どうも、蓼下さんですか」

「ああ。そっちは薮上やぶがみクン……だっけ」

「わざわざ来てもらって、ありがとうございます」

「ま、ヒマだしな。あの榛井はるいしょうからの頼み事、ってのも興味ある。探偵ゴッコにも参加してやるさ」

「はは……まぁ、立ち話もアレだし、どこか入りましょう」


 そう言って移動をうながし、目星を付けておいた場所の一つへ向かう。

 飲み屋街にウッカリ紛れ込んだ様子の、これといった特徴のない地味な店だ。

 蓼下を先導する形で歩きつつ、色々と話しかけてみるが生返事ばかり。

 小遣い稼ぎで話に乗ったはいいが、学生の遊びに付き合わされる自分が情けなくてムカついてきた、って心境なんだろうか。

 こういう性格が原因で仕事にあぶれてるのでは――などと推測しつつ、客が一組しかいない喫茶店『縁』に入った。


「先、行っとけ」


 入口近くにあるピンク電話に、十円を何枚か投入しながら蓼下が言う。

 そういう用事は来る前に済ませとけよ、との気持ちを作り笑いでまぎらわせ、先客から離れた席を選んで座る。

 固めのソファに高さが微妙なテーブルは、どうにも居心地が悪い。

 長居させず回転率を上げる目的にしても、これでは二度と来ないぞ。

 

 昼飯は半分ぐらい吹っ飛んだし、何か食おうかとメニューをながめた。

 ラミネートされたA4サイズの紙が一枚だけ、なシンプルスタイルだ。

 店名表記が妙に横長なのは、それで「ゆーかり」と読むとの説明があってイラッとする。

 品数は『ラージュドール』の半分くらいで、値段はおおむね三割ほど高い。

 コーヒーはアイスとブレンドのみ、料理も定番ものばかりのようだが――


異彩いさいを放ってるな……照り焼きチキンライス」


 何が出てくるのか注文してみたいが、食いながら話を聞くと機嫌をそこねるかも、と思い至り断念。

 ああいうタイプは総じて、自分の失礼や無礼はまるで気にしないのに、他人のやらかしにはマッハで反応してくるからな。

 そんな偏見を向けられているとも知らず、通話を終えた蓼下は対面に座る。


「待たせたな……注文は?」

「まだです。メニューはこれで」


 手渡したメニューをザッと確認した蓼下は、マスターらしきオッサンを呼んでミックスサンドとオレンジジュースを注文。

 俺はブレンドだけを頼んで、運ばれてきた氷水に口をつける。

 グラスは細かい傷だらけで、そういうデザインと勘違いしそうな状態だ。

 いきなり本題に入るのも何なので、ジャブ的な会話で探りを入れてみよう。


「時間の変更がありましたけど、この後お仕事ですか?」

「ああ……役者の仕事じゃなくて、バイトだけどな」


 いかん、いきなり地雷を踏んだ感がエグい。

 もっと芸能人である特別さを持ち上げる方向で行くか。


「業界は長いんですか、蓼下さんは」

「十年以上だけど、長いだけだな。アンタも知らなかったろ、オレなんて」

「いや、あんまりTV見ないんで……」


 いかん、また別のを踏んだ気がしまくる。

 というか、地雷が多すぎるだろコイツ……ルックス悪くないのに使われないのは、このネガティブハートが原因じゃないのか、やっぱり。

 ジャブを続けてると勝手に落ちていく(ダウンする)予感が否めないので、強引に本題を切り出した。


「デビュー時から、所属はOTRエンターテイメントで?」

「いや、スカウトされたのはもっと小さいとこ。だけど、チャチぃ仕事しか取ってこないんで、誘いを受けてOTRに移籍したんだわ。ま、こっちもロクな仕事ねぇけど」

「けど、移籍を打診だしんされたのは蓼下さんが評価されて、じゃないんですか」

「どうだかな……知り合いがいたから、結局はコネじゃねえの」


 ダメだ、どう切り出してもバッドエンドな会話の流れに誘導される。

 もう友好的な雰囲気作りは諦めて、蓼下のネガ発言を放置したまま、訊きたいことだけ訊いた方がいいか。


「コネって言っても、全然ダメなのには声かけないでしょうから、それはきっと評価されてんですよ。なのに仕事が不調なのは、事務所の問題じゃないですかね」

「あー……ぶっちゃけ、それなんだよな。明らかにオレのイメージから懸け離れた役に起用して、それで演技に文句つけてくるのは無茶だろ」


 事務所を悪者にして愚痴を引き出していると、料理と飲み物が運ばれてきた。

 ブレンドコーヒーは香りがいいのに、味はインスタントと大差ない。

 砂糖とミルクを多めに入れて誤魔化し、もしゃもしゃとサンドイッチを食う蓼下にまた話を振る。


佐久真さくまさんの話だと、事務所の体制が変わって色々バタバタしてるとか」

「どうなってんのか、オレも詳しくは知らんけどな……ウチのドル箱なアイドル部門が、去年くらいからトラブってんのは確かだ」

「改革にせよ改悪にせよ、そういうのを仕切ってる人がいるんですよね」

「ああ、トチナミ……栃木の栃に南って書くんだけど、そいつが来てからどうもな。社長から紹介はされたが、オレ個人は業務上での絡みはない」


 綾子から聞いている、テールラリウムを巡ってのイザコザの数々。

 それもおそらく、栃南とやらが余計なことをしたのだと思われる。

 自分が見聞きした、事務所内でのトラブルを語ってくれる蓼下だが、週刊誌が喜ぶだろうゴシップはあったものの、今回の件と関連してそうな話は聞けない。

 これはハズレだったかな――と思いつつ、ストーカー関連のネタが出てこないかと、話題の転換を試みる。


「そういえばテールのアシスタントマネージャーの、えぇと……」

富田とみたな。アイツがどうかしたか」

「その人と仕事の方針で揉めた、って佐久真さん言ってたんですけど」

「どうだろうな……富田の立場は、あくまでもチーフマネージャーの米丸よねまるの補助だから。何かあっても、そっちに従っただけじゃねえか」

「となると、揉めてた相手はその米丸さん、ってことですか」

「かもな。それに富田は性格的に真面目だし、色々と気を回せるヤツだしな。自分からタレントに突っかかる、ってのも考え難い」


 蓼下の人物鑑定眼が腐っていると判明し、情報の信憑性しんぴょうせいが急落する。

 ここからも更に、色々なタレントや事務所関係者の話が続いた。

 しかしながら、「これは」と思わされるものは一向に現れない。

 そろそろ謝礼を渡してお開きにするか――そう俺が考えているのを察してか、蓼下は不意に真顔になって言う。


「もしもオレの話で物足りなきゃ、栃南か米丸にでも聞くんだな……栃南は難しくても、米丸にはすぐ会える。ただ、アレの話はあんまり信じない方がいい」

「えぇと……それは、どういう意味で?」

「何つうかな、タレントとの距離感がおかしい。特にテール関連になると、仕事熱心とかとはちょっと違って、こう……グワッとなって、ガーッと行く感じになんだわ」


 フィーリングだけで語られても、内容が届いてこなすぎる。

 テンションや熱量が、明らかに異常って印象なんだろうか。

 そう確認してみるが、蓼下は首を縦に振らず横にかしげるばかりだ。


「とにかく、普通に話してるのに話が通じてない、みたいな気分になんだわ。元々、どんな話も都合よく丸め込んでくる感じ、あんだけど」

「口が上手い、ってことですかね」

「そういうのとも違うんだが……ま、実際に会ってみりゃわかるか。オレから話せるのは大体、こんなんだな」


 終わりを予告する言葉が出てきたので、礼を述べて現金入りの封筒を渡す。

 その場で中身を確認した蓼下は、桐子経由で伝えた金額より二枚多いのに気付いてか、フッと顔をほころばせた。


「そうそう……テールといえば、一時期は専属かってくらい撮影に起用されてた、フリーカメラマンの下浦しもうらがいるんだが……ある時期からパッタリ見なくなった、ってのを思い出したわ。そいつを調べたら、何か出てくるかもな」


 それだけ言い残すと、蓼下は足早に店を出て行った。

 冷めたブレンドの残りをすすり、聞いた話を頭の中で整頓せいとんしていると、新たに来店した客が案内を待たずコチラに歩いてくる。

 三十前後の女性、カジュアルというかラフな格好、たぶん面識はない――

 万一に備え尻を浮かせると、女はさっきまで蓼下がいた席に当然のように座った。

 意表を突かれた俺に、薄く微笑ほほえんでそいつは言う。


「ウチの佐久真がお世話になっているようで……ああ、私こういう者です」


 テーブルの上をすべらせて置かれた名刺には、長ったらしい肩書と共に『米丸美茉よねまるみま』の名が記されている。

 登場のタイミングからして、蓼下が電話していた相手はコイツか。

 どういうつもりか読めないので、俺は腰を下ろさず米丸の出方を待った。

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