第99話 「異彩を放ってるな……照り焼きチキンライス」
駅前まで戻る途中、蓼下と話すのに良さげな店をいくつかピックアップした後、公衆電話から『ヨナヨナ工芸』に連絡を入れた。
あの喫茶店――『ラージュドール』の場所と電話番号、それから店内のザックリとした被害状況を与那原に伝え、修理の見積もりを頼んでおく。
『修理じゃなくてぇー、改装みたいなん頼まれたら、どうするぅ?』
「あー……常識の範囲内なら、やっちゃっていいです。料金がドンと上がるようなら、改めて俺と交渉するよう言っといてください。基本、原状回復だけの方向で」
『じゃあ現地を実際に見てからぁー、また連絡するねぇ』
細かい事情は訊かず、二つ返事で請け負ってくれるのが何とも有難い。
作業の丁寧さと速さからして、仕事に困ってるってこともなさそうだし、桐子の紹介なのが効いているのだろう。
受話器を戻せば、約束の時間まで十五分といった頃合いだ。
「面倒な性格してそうだし、少し早めに行くか……」
そう考えて、待ち合わせの目印にした石碑の前に佇んでいると、五分ほどでそれらしい男がやってくる。
黒のジャケットとパンツに白のTシャツ、青系で色の薄いサングラスを着用。
長めの黒髪を後ろで縛り、身長は俺より少し高いが体格はあまり良くない。
こちらから会釈すれば、「ああ」とか「おう」とか言いたげな雰囲気で小さく頷いた。
この感じだとやはり、時間ピッタリに着いても文句を言われたクサいな。
「どうも、蓼下さんですか」
「ああ。そっちは薮上クン……だっけ」
「わざわざ来てもらって、ありがとうございます」
「ま、ヒマだしな。あの榛井肖からの頼み事、ってのも興味ある。探偵ゴッコにも参加してやるさ」
「はは……まぁ、立ち話もアレだし、どこか入りましょう」
そう言って移動を促し、目星を付けておいた場所の一つへ向かう。
飲み屋街にウッカリ紛れ込んだ様子の、これといった特徴のない地味な店だ。
蓼下を先導する形で歩きつつ、色々と話しかけてみるが生返事ばかり。
小遣い稼ぎで話に乗ったはいいが、学生の遊びに付き合わされる自分が情けなくてムカついてきた、って心境なんだろうか。
こういう性格が原因で仕事に溢れてるのでは――などと推測しつつ、客が一組しかいない喫茶店『縁』に入った。
「先、行っとけ」
入口近くにあるピンク電話に、十円を何枚か投入しながら蓼下が言う。
そういう用事は来る前に済ませとけよ、との気持ちを作り笑いで紛らわせ、先客から離れた席を選んで座る。
固めのソファに高さが微妙なテーブルは、どうにも居心地が悪い。
長居させず回転率を上げる目的にしても、これでは二度と来ないぞ。
昼飯は半分ぐらい吹っ飛んだし、何か食おうかとメニューを眺めた。
ラミネートされたA4サイズの紙が一枚だけ、なシンプルスタイルだ。
店名表記が妙に横長なのは、それで「ゆーかり」と読むとの説明があってイラッとする。
品数は『ラージュドール』の半分くらいで、値段は概ね三割ほど高い。
コーヒーはアイスとブレンドのみ、料理も定番ものばかりのようだが――
「異彩を放ってるな……照り焼きチキンライス」
何が出てくるのか注文してみたいが、食いながら話を聞くと機嫌を損ねるかも、と思い至り断念。
ああいうタイプは総じて、自分の失礼や無礼はまるで気にしないのに、他人のやらかしにはマッハで反応してくるからな。
そんな偏見を向けられているとも知らず、通話を終えた蓼下は対面に座る。
「待たせたな……注文は?」
「まだです。メニューはこれで」
手渡したメニューをザッと確認した蓼下は、マスターらしきオッサンを呼んでミックスサンドとオレンジジュースを注文。
俺はブレンドだけを頼んで、運ばれてきた氷水に口をつける。
グラスは細かい傷だらけで、そういうデザインと勘違いしそうな状態だ。
いきなり本題に入るのも何なので、ジャブ的な会話で探りを入れてみよう。
「時間の変更がありましたけど、この後お仕事ですか?」
「ああ……役者の仕事じゃなくて、バイトだけどな」
いかん、いきなり地雷を踏んだ感がエグい。
もっと芸能人である特別さを持ち上げる方向で行くか。
「業界は長いんですか、蓼下さんは」
「十年以上だけど、長いだけだな。アンタも知らなかったろ、オレなんて」
「いや、あんまりTV見ないんで……」
いかん、また別のを踏んだ気がしまくる。
というか、地雷が多すぎるだろコイツ……ルックス悪くないのに使われないのは、このネガティブハートが原因じゃないのか、やっぱり。
ジャブを続けてると勝手に落ちていく予感が否めないので、強引に本題を切り出した。
「デビュー時から、所属はOTRエンターテイメントで?」
「いや、スカウトされたのはもっと小さいとこ。だけど、チャチぃ仕事しか取ってこないんで、誘いを受けてOTRに移籍したんだわ。ま、こっちもロクな仕事ねぇけど」
「けど、移籍を打診されたのは蓼下さんが評価されて、じゃないんですか」
「どうだかな……知り合いがいたから、結局はコネじゃねえの」
ダメだ、どう切り出してもバッドエンドな会話の流れに誘導される。
もう友好的な雰囲気作りは諦めて、蓼下のネガ発言を放置したまま、訊きたいことだけ訊いた方がいいか。
「コネって言っても、全然ダメなのには声かけないでしょうから、それはきっと評価されてんですよ。なのに仕事が不調なのは、事務所の問題じゃないですかね」
「あー……ぶっちゃけ、それなんだよな。明らかにオレのイメージから懸け離れた役に起用して、それで演技に文句つけてくるのは無茶だろ」
事務所を悪者にして愚痴を引き出していると、料理と飲み物が運ばれてきた。
ブレンドコーヒーは香りがいいのに、味はインスタントと大差ない。
砂糖とミルクを多めに入れて誤魔化し、もしゃもしゃとサンドイッチを食う蓼下にまた話を振る。
「佐久真さんの話だと、事務所の体制が変わって色々バタバタしてるとか」
「どうなってんのか、オレも詳しくは知らんけどな……ウチのドル箱なアイドル部門が、去年くらいからトラブってんのは確かだ」
「改革にせよ改悪にせよ、そういうのを仕切ってる人がいるんですよね」
「ああ、トチナミ……栃木の栃に南って書くんだけど、そいつが来てからどうもな。社長から紹介はされたが、オレ個人は業務上での絡みはない」
綾子から聞いている、テールラリウムを巡ってのイザコザの数々。
それもおそらく、栃南とやらが余計なことをしたのだと思われる。
自分が見聞きした、事務所内でのトラブルを語ってくれる蓼下だが、週刊誌が喜ぶだろうゴシップはあったものの、今回の件と関連してそうな話は聞けない。
これはハズレだったかな――と思いつつ、ストーカー関連のネタが出てこないかと、話題の転換を試みる。
「そういえばテールのアシスタントマネージャーの、えぇと……」
「富田な。アイツがどうかしたか」
「その人と仕事の方針で揉めた、って佐久真さん言ってたんですけど」
「どうだろうな……富田の立場は、あくまでもチーフマネージャーの米丸の補助だから。何かあっても、そっちに従っただけじゃねえか」
「となると、揉めてた相手はその米丸さん、ってことですか」
「かもな。それに富田は性格的に真面目だし、色々と気を回せるヤツだしな。自分からタレントに突っかかる、ってのも考え難い」
蓼下の人物鑑定眼が腐っていると判明し、情報の信憑性が急落する。
ここからも更に、色々なタレントや事務所関係者の話が続いた。
しかしながら、「これは」と思わされるものは一向に現れない。
そろそろ謝礼を渡してお開きにするか――そう俺が考えているのを察してか、蓼下は不意に真顔になって言う。
「もしもオレの話で物足りなきゃ、栃南か米丸にでも聞くんだな……栃南は難しくても、米丸にはすぐ会える。ただ、アレの話はあんまり信じない方がいい」
「えぇと……それは、どういう意味で?」
「何つうかな、タレントとの距離感がおかしい。特にテール関連になると、仕事熱心とかとはちょっと違って、こう……グワッとなって、ガーッと行く感じになんだわ」
フィーリングだけで語られても、内容が届いてこなすぎる。
テンションや熱量が、明らかに異常って印象なんだろうか。
そう確認してみるが、蓼下は首を縦に振らず横に傾げるばかりだ。
「とにかく、普通に話してるのに話が通じてない、みたいな気分になんだわ。元々、どんな話も都合よく丸め込んでくる感じ、あんだけど」
「口が上手い、ってことですかね」
「そういうのとも違うんだが……ま、実際に会ってみりゃわかるか。オレから話せるのは大体、こんなんだな」
終わりを予告する言葉が出てきたので、礼を述べて現金入りの封筒を渡す。
その場で中身を確認した蓼下は、桐子経由で伝えた金額より二枚多いのに気付いてか、フッと顔を綻ばせた。
「そうそう……テールといえば、一時期は専属かってくらい撮影に起用されてた、フリーカメラマンの下浦がいるんだが……ある時期からパッタリ見なくなった、ってのを思い出したわ。そいつを調べたら、何か出てくるかもな」
それだけ言い残すと、蓼下は足早に店を出て行った。
冷めたブレンドの残りを啜り、聞いた話を頭の中で整頓していると、新たに来店した客が案内を待たずコチラに歩いてくる。
三十前後の女性、カジュアルというかラフな格好、たぶん面識はない――
万一に備え尻を浮かせると、女はさっきまで蓼下がいた席に当然のように座った。
意表を突かれた俺に、薄く微笑んでそいつは言う。
「ウチの佐久真がお世話になっているようで……ああ、私こういう者です」
テーブルの上を滑らせて置かれた名刺には、長ったらしい肩書と共に『米丸美茉』の名が記されている。
登場のタイミングからして、蓼下が電話していた相手はコイツか。
どういうつもりか読めないので、俺は腰を下ろさず米丸の出方を待った。




