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モブキャラ人生が終了したら二周目が始まったんで、今度は主人公になりたい  作者: 長篠金泥
第3章

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第98話 「心配すんな、俺は平和主義者だ」

 パチ、パチ、パチ――とスローテンポな音が響く。

 見れば、相変わらずな無愛想ぶあいそうさのマスターからの拍手だった。

 滅茶苦茶に店内を荒された直後に、そんな態度はどういうつもりだ。

 イヌの落とした折り畳みナイフを回収しながら、疑念を丸出しに凝視ぎょうしする。

 しばらく無言で続けていると、マスターは半白の坊主頭をでながら言う。


「いやぁ……大したモンじゃねえの、兄さん」

所詮しょせんはガキ二人だからな、どうってことない」

「そうは言うが『犬猫コンビ』は、ここらじゃ知れた疫病神やくびょうがみだぞ」

厄介やっかいは厄介だろうが……数を集めりゃ何とでもなるだろ」


 俺からの反論に、マスターはゆるゆるとかぶりを振る。

 それから、変な形で床に突っ伏して動かないネコを指差して言う。


「こいつら、いつも一緒だからよ。四、五人を集めて囲んでも、咬み破られて終わりだ……まぁ、死んでも構わんのなら、話は変わるんだろうが」

「そこまでするには間尺ましゃくに合わない、ってとこか」

「そういうこった。中坊に食らわされるだけでも情けねぇのに、その報復で人数集めて潰すなんてマネした日にゃ、何を言われるかわかったモンじゃねぇ」


 人を傷つけるのに躊躇ちゅうちょがないガキ共が、場所も手段も選ばずに仕掛けてくるってのは、中々にシャレにならない状況だ。

 なのに、本気で対処すれば「ガキ相手にマジになるな」と笑われる。

 だからといって、雑にあしらおうとすれば大怪我しかねない。

 抜本的ばっぽんてきな解決をはかるなら、殺すしかなくなる。

 関わるだけ損をさせられる、正に疫病神と呼ぶべきコンビだな。


「しかし、アンタは何も思わんのか、自分の店の惨状に」

「フン、赤地蔵あかじぞうで商売してりゃしょっちゅうだ、こんなん。それに、特等席で眺める喧嘩ってのは、半端な格闘技よりよっぽどたぎる」

酔狂すいきょうなこった……にしても、修理代が馬鹿にならんだろ」

「それがな、不思議と暴れ散らかした連中が補填ほてんしてくれんだよ」


 不思議と、と言いながらマスターはそれが当然と思っている様子。

 俺の想像通り、この店は――いや、このオッサンは近隣に影響力を有している、特殊なポジションにあるのだろう。

 となると、迷惑をかけてバックレたら、後々ダルいことになるのは確定だ。

 そして、犬猫の支払い能力は極めて怪しいんで、自動的に俺にツケが回る。


「……知り合いに、腕のいい内装業者がいる」

「物わかりがいいなぁ、薮上荊斗やぶがみけいとくん。ウチの番号は、マッチで確認しな」


 さっきネコに名前を呼ばれたが、それ以前から俺を知ってる感じだな。

 あのビリヤード場(ライクライブ)で暴れたせいで、警戒対象にでも入れられたか。

 ともあれ、無駄に敵を増やすのは避けたいし、ここは出費を受け入れよう。

 このマスターとの繋がりが、何かの役に立つって未来もあり得る。

 店を出たら与那原よなはらに連絡するとして、その前に諸々を処理しておかねば。


「ガキ共を叩き起こして、ちょっと話を訊いてもいいか?」

「構わねぇが……殺すなよ。面倒になる」

「心配すんな、俺は平和主義者だ」


 マスターの苦笑を背に受けて、イヌを拾ってくるため店の入口に向かう。

 レジ前に置かれたカゴから、黒字に白抜きで『喫茶 ラージュドール』の店名と電話番号が書かれたマッチを二つ拾い上げ、ポケットに入れる。

 階段を下りてビルの裏手に回り、窓を突き破ったイヌが落ちたと思しき場所へ。

 どうやら、真下に放置されていたダイハツの軽がクッションになったらしい。


「悪運の強いヤツだな、しかし」


 旧式なミラのルーフは、イヌのダイブを受け止めて盛大にヘコんでいた。

 しぶとく意識を残しているようで、かすかなうめき声が聞こえてくる。

 根性があり余ってるのか痛覚がにぶいのかわからんが、犬猫が野良のらのまま暴れられてたのは、それなりの理由があるってことだな。


「よっ、と」


 襟首えりくびを掴んで強制下車させ、ガラスの破片はへんをザッと払ってからかかえ上げる。

 ネコほどじゃないが、コイツも軽い――確実に栄養が足りてないな。

 ダイエットをやってそうな雰囲気でもないし、生活環境の問題か。

 以前《未来》の仕事で見てきた、貧困と暴力の中で放置されて過ごし、やがて簡単に使い捨てられる子供らの姿が脳裏のうりに浮かぶ。

 あいつらに比べればまだマシなんだろうが、実際は五十歩百歩かもしれない。


「いや……六十か七十歩かもな」


 自己責任なんて言葉も流行ったが、ガキには生まれも育ちも選べない。

 カスみたいな環境を与えられ、そこでまともな大人になれなかったのを「自分自身のせいだ」と言われて、誰が納得できるのか。

 そして結局は、生き方も死に方も選べない人間になる。

 搾取さくしゅされ続ける奴隷モドキか、明日をも知れないチンピラか。

 どいつもこいつも酒や薬で正気を失うか、貧乏暮らしでプライドを失い――


「こんなハズじゃなかった、と愚痴ぐちりながらくたばる」


 というか、この二人はきっとそこまで辿り着くこともない。

 無知で無謀なガキのまま、無理と無茶を重ねて下らない生涯を終える。

 もし途中でそれに気が付いても、止まることも逃げることもしないだろう。

 あまりに容易に想像できてしまう、どん詰まりな未来に嫌気が差す。

 どうにも不快な苦さを感じつつ、グッタリしたイヌを店内に搬入はんにゅうした。


「ロープかテープ、あるか」

「スズランなら」


 マスターから借りたビニールテープで、犬猫コンビの手足を拘束。

 状況を無視してとにかく暴れる、って可能性があるので念の為に。

 それから、氷水の入ったピッチャーを手にして、中身を二人の顔面にそそぐ。


「ぷぁはんっ!」

「うひょぁ!」

「おはようアホ共。まずは自分らの状況を確認して、それから取るべき態度を決めろ」


 二人は「ふざけんな」「殺すぞ」「クソが」「ボケが」「何してくれてんだ」「死ねよ」「マジぶっ殺す」と、賢さの足りない罵詈雑言ばりぞうごんを連発。

 しかし、俺がまったく動じていないのを察してイヌがまず黙る。

 三十秒ほど遅れてネコも黙ったので、改めてコチラから切り出した。


「ちょっと真面目な話、しようか。とりあえず、名前」

「……伊縫いぬい

兼子かねこ、だけど」

「なるほど、略したら犬猫だな。下は」

淳一じゅんいち。コイツは奈月なつきだ」


 そこから質問を重ね、二人についての情報を引き出していく。

 警戒心バリバリなので、住所やら家族構成やらは流石に吐かない。

 だが、大して重要でないと判断したらしい事柄は、ペラペラと語ってきた。

 こういう脇の甘さが目立つのも、どうしようもなくアマチュアだ。


 伊縫と兼子は小三から一緒にいる同年齢の幼馴染おさななじみで、現在は中二。

 学校には殆ど通っておらず、基本的には地元周辺をウロついてる。

 ヤバい仕事でもギャラ次第でけるから、今じゃちょっとした有名人。

 客は選ばないけど、最近は雪枩ゆきまつからの依頼がメインだった――等々。

 どんな仕事でいくら貰った、みたいな話もいくつか出てきたが、内容と報酬ほうしゅうがアンバランスでアンフェアだ。


「……ところで、俺の値段はいくらだったんだ?」

「捕まえた後、大輔だいすけの仲間に連絡入れたら、それで十万」

「まとめてじゃなくて、一人ずつ十万だかんね。そりゃ狙うでしょ」

「そういう感じか……お前らの扱い、大体わかった」


 揃っていぶかしげな表情を見せる二人に、俺は残念なお知らせを告げる。


「俺に懸かってる賞金だがな、水津すいづらの話じゃ百万だ」

「ひゃ――え? 百万円!?」

「そうだ。本来なら受け取るハズの金、殆どガメられんだよ。何もしてない連中が、実際に働いたお前らの四倍、八十万を持ってく」

「そんなワケ……ねぇ、だろ」

「本当にそう思うか? これまで、仕事内容とギャラが釣り合ってないな、とか思ったことなかったか? 依頼は大輔から直接じゃなくて、間に誰か入ってないか?」


 動揺したイヌに、更に疑念がふくらむ問いを投げれば、くもり顔で固まる。

 隣のネコも、半目になって何事かを思い出しているようだ。

 だいぶ効いてる感じだから、ダメ押しの脅しもかけておくか。


「あとな、お前らはうらみを買いすぎてる。これまでは、雪枩の関係者ってことで見逃みのがされてたんだろうが、今後はそうもいかない」

「はぁ? ウチらは誰の下にも――」

「ついてるつもりがなくても、周りがそうは思わない。当人が単発のバイト感覚でも、それが雪枩絡みの仕事で、しかも繰り返し請けてたら、それはもう関係が深すぎるんだわ。世間からの認識じゃ、大輔がお前らの飼い主だ」


 断言すると、犬猫は頭の周りに「?」が飛び交う感じで顔を見合わせた。

 どうやらイマイチ通じていないようなので、要点だけを改めて伝える。


「そろそろ噂になるはずだが、雪枩はもう終わりだ。各方面でやりすぎたせいで、間違いなくド派手な反動が来る。関係者も標的になるだろうから、お前らも逃げるか隠れるか、でなければ新しいボスを探した方がいい」


 そう言いながら、イヌのナイフでネコの手を縛ったテープを切った。

 キョトンとした顔で見てくる犬猫に、置き土産としてアドバイスを贈る。


「いいか、お前らは中坊にしちゃやる方だが、俺に勝てない程度じゃ、暴力だけで世渡りすんのは無理だ。頭を使え。情報を拾え。仲間を増やせ。金の稼ぎ方を学べ……それで、今はとにかく身を守れ。どんなにダサくても、生き残る確率が高い方法を選んどけ」


 伊縫も兼子もアホなので、どれだけ届いているかわからない。

 だが半分弱が理解できれば、あとは野性の勘でどうにかするだろう。

 そう自分に言い聞かせて、ナイフを店の端へと放り捨てる。

 それからマスターに軽く手を振って、駅方面に向かうために店を出た。

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― 新着の感想 ―
>頭を使え いやぁ無理そうだなこれは 頭の回る誰かの下につかなきゃ生き残れまい
説教は効いてなくもなさそうだけど、たぶん時すでにお寿司なんじゃないかな~
次の幕間辺りで新しい飼い主登場かな。誰かさんの下でスタントマンをやるのもありかも。
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