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モブキャラ人生が終了したら二周目が始まったんで、今度は主人公になりたい  作者: 長篠金泥
第2章

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第43話 「次に見かけたら、もっと大事な箇所の骨を折る」

 木曜の放課後、雪枩ゆきまつらとの確執かくしつが決定的になり、面倒な事態になるのを警戒していたが、とりあえず翌日には何も起きなかった。

 とはいえ、校内でのふとした瞬間や、帰宅時の街中などで視線を感じ続けていたので、遠からず何かが起きるのは間違いない。

 そして日曜の夕方、俺は黙々と自宅の敷地内であれこれ動き回っている。


「ガキの喧嘩に保護者が出てくるってのは、どうもな」


 裏口周辺での作業を一段落させ、タオルで汗をぬぐいつつつぶやく。

 学校で監視していたのは雪枩の手下だろうが、学外では距離を置いて尾行びこうしながら観察されていたので、おそらくは探偵術の心得があるヤツが雇われている。

 本物の探偵か真似事かわからないが、距離の取り方や違和感の消し方は中々だったから、一応はプロと名乗っていい水準だ。


「あの坊ちゃんは、面倒な下調べをするガラでもない……となると指示してるのは、雪枩父か高遠たかとお


 コチラに仕掛ける前に、情報収集しておこうとの腹積はらづもりだろう。

 攻撃前に敵を調べておくのは、孫子そんしも言ってる基本中の基本。

 だからといって、素直に調べさせてもやる義理はない。

 自宅がバレているのは仕方ないが、この週末は尾行の大部分を撒いてやった。

 だから恐らく、俺の買い物内容なども把握はあくされてはいない。


「まぁ……わかったところで、どうなるモンでもないが」


 延々地味な作業を続けていると、どうにも独り言が多くなる。

 最低限の仕込みは済ませたし、日も暮れてきたからこの辺で切り上げるとしよう。

 家に戻り、腕立て・腹筋・スクワットでもう一汗追加してから、シャワーを浴びてリビングでくつろぐ。

 今日は――というか、金曜から姉がいないので俺一人だ。


 金曜の夜、鵄夜子しやこの帰りが遅いな、と思っていたら電話が入り「しばらく家に戻れない」と言ってくる。

 まさか雪枩たちにさらわれたのか、と早すぎる動きに焦ったが、事情を聞いてみると大学の友人が厄介事に巻き込まれていて、心配だから一緒にいたいとのこと。

 家から離れてくれるのは好都合だし、俺のことはいいから友達が安全になるまで付き合ってやれ、と返しておいた。


『友達や彼女を呼んでもいいけど、ハメを外さないでね』


 そう言われて、つい「どっちもいないから安心してくれ」と言いかけたが、彼女はともかく友達がいないのは姉を不安にさせそうなので、苦笑いでスルーしておいた。

 来週末には帰る、とも言っていたので、その間にコチラのトラブルを処理せねば。

 友人の厄介事とやらの詳細がわからないのは気になるが、地元の権力者をバックにつけたヤンキー集団との抗争に巻き込むよりは安全だろう。


 夕食はカップ麺で済ませるか――と湯を沸かしかけたが、ふと思い立って外に買いに出ることにした。

 自転車は使わず、徒歩でコンビニの方へと向かう。

 幾つかあるルートの中、今回は人通りの最も少ない道を選んだ。


 家とコンビニの中間あたりの曲がり角の先には、何を作っているのか知らない小さな工場がある。

 その前を通り過ぎる――フリをして入口付近に潜んでいると、不自然に足音の小さい、パーカーを着た男が歩いてきた。

 ここ数日で、何度も聞いた音と目にした顔だ。


「はい、ストップ」

「おっ――ふぉっ――」


 フードを引いてじり、ちょっとばかり首が絞まる状態を味わってもらう。

 その間にパーカーとペインターパンツのポケットを探り、小型のカメラ、マイクロカセットレコーダー、妙に重い煙草の箱、丸めた軍手などを地面にバラ撒く。

 コイツは探偵、もしくは探偵役として俺を監視していた男だ。

 年齢は服装の雰囲気よりも高そうで、三十前後といったところか。


「こんだけ色々持ってんのに、財布がないとか不自然だろ」 

「なっ、何すんだ……いきなり、こんなっ」

「そういう小芝居はいらん」


 フードを握る手をゆるめると、男は抗議の声を上げる。

 だが、その声が小さいことで、自分の立場を半ばバラしているのが何とも。


「かか、金なら、ないって」

「嘘つくな。今回の仕事で、たっぷり貰ってんだろ」

「うっ……」

「もう誤魔化ごまかすのは諦めろ。訊きたいこと訊いたら、解放してやる。大声で助けを求めてもいいが、それで困るのはどっちだ?」


 反論する隙を与えずにポンポン語ると、抵抗は無駄だと悟ったらしい男が肩の力を抜いて項垂うなだれる。

 そして俺の方へと向き直り、半笑いで両手を上げて降参ポーズを披露した。


「参ったな、こんな――いや、オレの負けだ。知ってることなら、何でも答える」


 こんなガキに、と言いかけて軌道修正きどうしゅうせいできるのは、保身に敏感だからか。

 男の持ち物を拾い集めながら、ポイントを絞っての質問を開始する。


「名前と所属」

「ヤマシタシュウイチ……フリーで調査全般を請け負ってる」


 無数にこなしてきた尋問の経験で、こういう状況での言葉の真偽しんぎは大体判別できる。

 名前は出任でまかせだが、仕事内容は本当らしい。


「誰からの依頼だ」

「仲介人がいるんで、依頼者はわからん。仲介人とは手紙と電話でしか接触がないから、こちらも正体は知らん」


 おっと、これも半端に嘘を吐いている気配だ。

 おそらく、普段は謎の仲介人が間に入っているが、今回は雪枩から直接の依頼だったのだろう。


「依頼の内容は」

「オレの担当は、あんたの行動を監視して記録すること。詳しくは聞いてないが、他にも何人か雇われてるハズだ。ただ、そっちの依頼内容は知らん」

 

 この情報はおおむね正しいようだ。

 より細かい情報も引き出せるだろうが、そうなると尋問ではなく拷問が必要になってくる。


「で、調査がバレた探偵さんは、これからどうする気だ?」

「そりゃなぁ……こうなったら、失敗だと先方に伝えて、仕事を降りるしかない。経費として預かった金も返さにゃならんから、タダ働き以下だぜ」


 ウンザリした調子で愚痴をこぼす様は、いかにもそれっぽい。

 しかし、大ボラだ。

 この場でカメラやレコーダーを没収しても、情報は雪枩サイドに伝わるだろう。

 それどころか、仕事から降りるつもりもないようだ。

 ギャラが破格なのか、或いは断れない立場なのか。


「まぁ、どっちでもいいか」

「は? ――あふっ!?」


 丸まった軍手を、ヤマシタの口へと突っ込む。

 それから右手の親指を掴んで、関節の可動域外へと折り畳んだ。


「ふんんんんんんんんんんんんんんぅ!」

「あんたはただ、仕事しただけなんだろうが……コチラとしては、どんな事情があろうと近寄って来る連中は叩き潰す必要がある……わかるだろ?」


 顔を寄せながら訊くが、ヤマシタはデタラメに首を振りながら、言葉にならない音をわめき散らすばかりだ。


「なぁ、わからんのか」

「うもぉおおおおおぉおおおおおおっ!」


 左手の親指もヘシ折ると、病んだ牛のような声をはじけさせた。

 ヤマシタのパンツにシミが広がり、アンモニアの臭いが漂い始める。


「次に見かけたら、もっと大事な箇所の骨を折る」

「おおおぉおごっ、おおおごっ、ぁおおおぉおぉ……」

「どう動くのが正解か、ちゃんと考えろよ探偵さん」


 聞こえてるのかどうか怪しかったが、たぶん大丈夫だろう。

 俺は小便臭い探偵を放置し、コンビニに向かうルートへと戻った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 姉の友人の厄介事は、一回目の人生で姉が失踪した原因のトラブルかもなぁ。
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