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モブキャラ人生が終了したら二周目が始まったんで、今度は主人公になりたい  作者: 長篠金泥
第1章

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第23話 「一万円札って、燃えるとこういう色が出るのか」

「さぁてさてさて、シャチョさん。楽しい楽しい、お話の時間だ」

「ぅごっ――ふっ、ふっ、ふぉ――」


 貞包さだかね襟首えりくびを掴み、応接室から隣の部屋へと移動する。

 首の絞まった貞包が腕を叩いてくるが、当然ながらシカトだ。

 投げ捨て気味に手を離すと、激しく咳込せきこみながらコチラを睨む。


「ゲハ、ゴハ、ゴフォ! ブッフ、ホァ、グフッ! ふぅううぅ……」


 心が折れかけているかと思いきや、まだまだ目は死んでいない。

 これはコチラも、もっと気合を入れて追い込んでいく必要がありそうだ。


「言いたいことがありそうな目だな」

「もう、気は済んだろ……オンナとガキも、返した……これ以上やるなら、こっちも引けなくなるぞ……オレ個人の復讐とかじゃねぇ。洪知会こうちかいがテメェを……まとにかける、ことになる」

「うわー、そりゃー、おっかねぇー」


 半笑いの棒読みで返すと、貞包はあわれみを含んだ表情を向けてくる。


「テメェの強さは、確かに大したモンだが……組織を相手にすることのヤバさが、まったく理解できてねぇ……」

「壊滅ホヤホヤな組織のボスに言われても、説得力ゼロなんだわ」


 俺のあおりに貞包はほおを引きらせるが、怒りを溜息で紛らわせて話を続ける。


「はぁー……ヤクザってのはな、ナメられたら終わりなんだ。ウチらなんかは、商売が優先だからある程度の我慢はする……だがな、あいつらにそんな芸当は無理だ。元から、怖がられるのを前提とした存在なんだ。だから……笑いものにされたり馬鹿にされたりする状況を、ヤクザは絶対に許さない」

「まぁ、許されたいとも思わんが」

「だから、そうやってナメてるとエラいことになる、って言ってんだ。テメェはウチらを相手に暴れただけのつもりでも……木下さんもヤッちまってるし、これはもう洪知会のあきないを邪魔したってことになる」


 そんなのは百も承知だ、と思いつつも反論はせずに目顔めがおで先をうながす。


「テメェ一人は、そのデタラメな強さで何とかなったとしても、だ。狙いやすいところを狙って徹底的に追い込むのが連中のやり方だ……親兄弟がいるなら、当然襲われる。自宅もまぁ、燃やされるのは覚悟しとけ。あの門崎の娘たちも、三日もすればさらわれてるだろうよ」

「随分と実感タップリだな。そういう工作の実行役の経験アリか」

「ああ……指示されてウチで色々やったし……色々とやられた」


 そう言って眉をひそめた貞包の表情には、悔恨かいこんの念があふれていた。

 おそらく、非合法な商売を繰り広げている中でヤクザと利権がカチ合い、身内を攻撃されてあらがいきれず、配下に組み込まれることになったのだろう。


 ワンピなら黒枠で語られるような「悪役の悲しき過去」がありそうだが、そもそも裏だの闇だのに足を突っ込んでいる時点で自業自得だ。

 それに、貞包にはもっと悲惨な未来へと突き進んでもらわねばならない。


「何だかんだ大変だったようだが、それも今日で終わりだ。アンタが洪知会のために働く必要は、もうなくなる」

「は? それは、どういう……」


 困惑する貞包の襟首を再び掴むと、ココから隣の寝室へ、更にそこからつながっているバスルームへと引きずっていく。

 ジタバタ藻掻もがきながらも、何をするんだ、何をされるんだ、と言いたげに見上げてくる貞包に、俺は本日最高の笑顔を返した。


 バスルームの折れ戸を開けると、油のニオイが漂ってくる。

 ユニットバスのカーテンを開くと、バスタブの中には乱雑に破いた書類や束からバラした万札が小山を作っていた。

 瑠佳るかたちに頼んでおいたセッティングは、問題なく完了しているようだ。

 異様な気配を察した貞包が、ブルブルと頭を振りながら震え声で言う。


「やっ、やめてくれ……これは、これはシャレになってない……」

「そりゃあ、冗談の要素は一ミクロンもないからな」

「かか、カネを燃やすとか、イカレてんのかテメェは⁉ それにっ、そこの名簿はぁっ、一冊で何千万にもなるシロモノだぞっ!」

「だとすると、それをぜーんぶ失くしちゃう貞包くんは、きっとこわーいヤクザさんたちにゴリゴリに怒られるね」


 相変わらずの笑顔をキープしつつ言い放つと、青くなったり赤くなったりしていた貞包の顔色が、瞬時に真っ白へと転じた。


「ばっ、そっ……ぬぁおおおおおっ! やめろ、やめるぉおおおおおっ!」

「ダメデース、ヤメマセーン」


 インチキ外国人っぽい発音で応じつつ、足元に散らばっていた借用書を拾い上げると、ササッと紙飛行機を折る。

 そのケツにスギから没収した金ピカなライターで着火して、バスタブに向けてフワッと飛ばした。

 それが短い滞空時間の後で墜落すると「ぽわっ」と音を立てて紙の山が炎で包まれた。


「ひぃあああああああああああああっ! んあぁあああああぁあああぁあああああっ!」

「いい反応だ……それが見たかった」

「なっ、なぁああああああああああああっ! やめるぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「へぇ……一万円札って、燃えるとこういう色が出るのか」


 初めて見る光景に変な感動を覚えつつ、わめき散らす貞包を観察。

 耐えられなくなったのか、バスタブに体ごと飛び込んで火を消そうとする貞包の膝裏を蹴り飛ばし、風呂場の床にひざまずかせる。


「まぁ落ち着けよサダやん。どんな気分だ、人生が完全にぶっ壊れる瞬間を見るのは。何十、何百と人の生活を壊してきただろうけど、自分自身のは初体験だろ」

「おっ、かっ、うぅはっ、おまっ! 殺す殺す殺す殺す殺すころっ――」

「おいおい、サダやん。折角だから、もっと面白い反応してくれよ。億のカネを物理的に灰にするなんて、石油王でもまずやらねぇ特殊イベントだぞ」


 つまらない反応しかしない男の後頭部にヒジを撃ち込んで、全力で殺意を向けてくるのを黙らせる。

 口の中を切ったのか、何かを言おうとする度に血飛沫ちしぶきを飛ばすようになる貞包。

 

「ちなみにだが、貴金属の類はちょっと目を離した隙に門崎かんざきがパクって逃げた。あれはあれで、中々に根性があるクズだな。娘を売るのに何の迷いもなかっただけのことはある」

「ぷぁ……あの、野郎ぉ……」

「アクセを盗まれるのも、カネを燃やされるのも、元はと言えばアンタが金庫を開けっ放しにするからだ。飼い主のヤクザ共に、ちゃんと報告するんだぞ……自分がマヌケなせいでこのザマでございます、ってな」

「くぁ、あ、あ……」


 現実を認知するための感情が追い付かないのか、貞包の反応は不明瞭だ。

 視点も定まっていない感じで、もしかすると気絶寸前なのかもしれない。

 目を覚ましてもらうため、更に過酷な現実と向き合ってもらうとしよう。

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